第164話


「……ほぅ、見事なもの、ですな」

 師でこそないが、僕に扶桑の国の鍛冶技術を教えてくれる、技術交換の相手であるサク爺は、感嘆の溜息を吐く。

 その手には、僕が打ち上げたばかりの両手剣、フランベルジュが握られる。

 フランベルジュはかなり大型の剣だから、結構な重量がある筈なのに、それを手に取り仔細に観察するサク爺の姿勢は、全く揺らがない。


「炎をイメージして生み出された剣だって、師からは聞いてるよ。波打つ刃で付けられた傷は止血が難しいから、殺傷力は高いね」

 僕の言葉に、サク爺は頷いた。

 フランベルジュで切られれば、その場で命を奪われなかったとしても、死亡する確率が高い。

 特徴的な刃に肉を引き裂かれると手当をしても傷を塞げず、傷口が腐って病に倒れるそうだ。


 そう、このフランベルジュは、人の殺害に適した武器であった。

 つまりは鬼に対してもこの波打つ刃は有効である可能性は、決して低くないだろう。


「恐ろしい工夫だ。……されど、いやだからこそ、この波打つ刃は美しい。非常に良きものを見せていただきました」

 サク爺はそう言って、深々と僕に向かって頭を下げる。

 彼は何時もそうだった。

 僕に対しての敬意をあらわに、称賛の言葉を惜しまない。

 だからこそ僕も、サク爺に対してはできる限り多くを、伝えたくなる。

 もちろんその対価に、彼から扶桑の国の鍛冶技術、特に刀の打ち方を教わるという目的もあるけれども。


 お互いの技術交換は、進んでる。

 普通の剣や槍も打ってみせたが、サク爺の興味を強く惹くのは、先程のフランベルジュもそうだったけれど、ハルバードやショーテルといった、一風変わった工夫が込められた武器だった。

 ハルバードは槍であり、長柄の斧であり、馬上の敵を引きずり落とす鉤爪でもある。

 ショーテルは盾を回避する曲がりくねった剣で、そればかりでなく素早い切り返しや、切っ先で敵を引っ掛ける事も可能だ。


 恐らくサク爺は、それらに込められた工夫を噛み砕き、扶桑の国の武器に応用しようと考えているのだろう。

 実にこの、扶桑の国の人間らしいと、そう思える。

 だけどそれは、……恐らくとても難易度が高い事だった。

 僕が刀の打ち方を覚えるよりも、遥かに。


 サク爺がもっと若ければ話は別だが、既に老境にある彼では、その工夫を反映させた武器を完成させる前に寿命に追い付かれる事は、ほぼ間違いがない。

 なのに彼は、新しい事を知る度に、非常に楽し気に、満足そうな顔をする。

 きっとサク爺は、それを自分だけで完成させようとは、最初から考えていないのだろう。

 僕から得たものを弟子に引き継ぎ、何十年か後に新しい武器が完成して、少しでも鬼を倒せればいい。

 そんな風に考えて、彼は僕から少しでも多くの技術を引き出そうとしてる。


 ゴン爺とは大きく違うタイプの老人だけれど、サク爺もまた、とても強い人間だと、僕は思う。

 扶桑の国には、強い人が多い。

 そしてそれは、人間だけでなく、人魚も、翼人も。



 鍛冶場に出入りするようになってから、人魚や翼人と接する機会も増えた。

 市場に出回る武器よりも、更に高品質で己の手に馴染む品を求める人が、紹介を受けて時折鍛冶場にやってくるのだ。

 その中には人間はもちろん、人魚や翼人も含まれている。


 しかし鬼と直接戦う人間や翼人はともかく、どうして人魚までもが質の高い武器を求めるのか。

 最初はわからなかったのだけれど、話をよく聞いてみれば、海で安全に人や物を乗せた小舟を運ぶには、事前にその海域で発生した魔物を狩って危険を排除する必要がある。

 だから自分達にも質の高い武器は必要なのだと、鍛冶場にやってきた人魚は言う。

 考えてみれば当たり前の話で、随分と失礼な質問になってしまったのに、その人魚は全く怒りもせず、僕に色々と教えてくれた。

 海の中に潜む危険や、海獣系の魔物の肉がどれだけ美味いか、またその胆や皮が非常な高値で売れる事を。


 もちろん失礼に気付いた僕は謝罪をしたが、その人魚は、陸と海の常識の違いからくる誤解を、責める意味はないと言って笑う。

 自分達を正しく知って貰えれば済む話だとも。


 また如何にも誇りの高い武人といった風情の翼人も、話し掛けてみれば意外と気さくだ。

 いや、実際に誇り高いのだろうし、腕の立つ武人なのだろうけれども、それを鼻にかけるところをあまり感じない。

 詳しく話を聞いてみれば、確かにその翼人は、自身の腕には自信と誇りを持っている。

 だがそれ以上に、周囲に対しての敬意を忘れていなかった。


 簡単に言えば、町で生活する人々の中には、前線で一定期間を過ごして、その上で生きて戻った古強者も混じる。

 己の腕に増長し、鼻にかけてるところを、そんな敬意を払うべき先達に見られたりすれば、それは大きな恥だと彼は言う。

 またそうでない人々に対しても、彼らの支えがあってこそ前線は今も持ちこたえているのだから、横柄な態度なんて取れる筈がないそうだ。


 僕が思うに、その人魚と翼人に共通するのは、寛容と尊重である。

 そりゃあ全ての人魚や翼人が、周囲に寛容であったり、尊重してる訳ではない筈だ。

 だけど少なくとも、その価値観を貴び育む環境が、異なる種族が並んで暮らす扶桑の国には、間違いなくあった。


 それは共通の敵がいるからこそ、成り立つものではあるのだろうけれど……、いや、むしろ敵がいるからこそ磨き上げられた、この国の強さなのだと、僕は思う。

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