第152話


「そういえば、森人様は何しに扶桑の国に? あの国に行く奴なんて、武人として名を上げたい連中ばかりですぜ」

 船旅の最中、ふと船長は、僕に問うた。

 どうやら彼は、この船旅の間は、僕から目を離さない事に決めたらしい。

 この船は交易船で、人を運ぶのは物を運ぶついでだと聞いていたから、要らぬ手間を掛けているなぁと、そう思う。

 初めての海を行く船だからって、少しはしゃぎ過ぎてしまったか。


 船の手配をしてくれたのが、竜翠帝君や長蛇公、黄古帝国の最高権力者達でなければ、一発や二発は殴られていたかもしれない。

 あぁ、ちょっと反省するべきだろう。


 船長の言葉に思い返せば、確かに僕以外の船の乗客は数名いたが、その誰もが尖った雰囲気を持っていた。

 腕自慢の遊侠か、それとも戦い慣れた傭兵か。

 いずれにしてもその武力で糧を得る為、彼らは扶桑の国を目指すのだろう。


 だけど僕の目的は、彼らとは異なる。

「あいにくと観光だよ。でっかい樹があるって聞いたからね。後学の為に見ておこうかと思ってさ」

 僕がそう答えたら、船長は呆気に取られたような顔をして、でもすぐに納得して頷いた。

 この世界では、大樹を見る為に、わざわざ船を使って旅をする様な物好きは、きっとそんなに多くない。

 でもエルフ、あぁ、いや、木々と共に生きる森人なら、そんな事もあるかもしれないと、船長も考えたのだろう。

 別に僕が変わり者だと再認識して納得した訳では、きっとない筈。


 まぁ実際、戦う心算がなくて樹、扶桑樹が見たいって言葉に嘘はない。

 もちろんこれは、今のところはって話だけれど、僕は魔族に、……もといその末裔である鬼族に対して、何の恨みも持ってはいないのだ。

 たとえ大昔のハイエルフが、魔族を危険視して滅ぼそうとしたのだとしても、今を生きる僕がその考え方を受け継ぐ必要は、別にないと思うから。


 それにそもそも、扶桑の国にいる鬼は、魔族じゃなくてその末裔でしかない。

 その違いは、限りなく大きい。

 魔族とは、不滅を目指した者であり、仮に魔族化によって彼らがそれを成しえたのなら、子孫は必要ない筈だ。

 真なる竜が、繁殖して数を増やすような存在ではないように。

 ハイエルフは、まぁ不滅なのは魂だけで、肉体は滅びるのでちょっと話が違う。 


 実際に不滅を成しえた魔族がいるのかどうかは分からないが、少なくとも雲の上の巨人が匿ったのは、子孫を残さねば滅びる魔族ばかりだったのだろう。

 だったらもう、その子孫を敵視する必要は、仮にハイエルフとしての立場から考えてもないように思うのだ。

 鬼を人と考えるか、鬼を魔物として考えるかはまた別の話だが、僕は人も魔物も、無意味に殺したいとはあまり思わない。

 もちろん、鬼が僕を見て何を思うかは、全くわからないけれども。



 扶桑の国は綺麗に湾曲した、三日月の形をした島である。

 大陸から来る物を受け止める形にも見える為、昔は盃の島とも呼ばれたらしい。

 今では北半分を鬼が支配し、南半分を人間や翼人、人魚といった複数の種族が一つの国に纏まって勢力圏としてるそうだ。


 この船が向かっているのは三日月の南端、海陽の港と呼ばれる貿易港。

 扶桑の国に出入りができる、唯一の港だ。

 青海州から扶桑の国、海陽の港へはおよそ一週間前後の船旅になる。

 ただ船足は風や潮の流れ次第で大きく変わるから、一週間という時間は単なる目安に過ぎない。


 そして僕が乗り込んだ船が、その二つに恵まれない筈もなく、船旅は僅か五日で無事に終わった。

 ベテランであろう船長が驚く程に素早く、問題もなくスムーズに。


 表情に安堵を隠さない船長に、僕は礼の言葉を繰り返してから、船を下りる。

 渡し板を通って、揺れない、硬い大地を足で踏む。


 そう、僕は遂に扶桑の国の地に立った。

 ルードリア王国を旅立ってからは、……数えれば驚いた事に、もう十五年程が経っている。

 もっと短い時間で旅をして来たように感じるのだけれど、寄り道は確かに多かったのかもしれない。

 だがそれでも、僕は漸く旅の目的だった場所にまで、やって来たのだ。


 乗ってきた船から降ろされた荷が、小舟に移し替えられて、その小船が数人の人魚に引っ張られて、出港していく。

 この扶桑の国では、海は人魚の領域だった。

 どうやらあんな風に小舟に荷を積み、人魚が引っ張って海を輸送するのが、この扶桑の国では当たり前らしい。

 もちろんそれは、他の場所では見られないだろう光景である。


 ……実に面白い。

 いきなり思いもしなかったものを見せられ、僕は思わず笑みを浮かべてしまう。

 人魚自体は、扶桑の国以外でも、見る事はできると聞く。

 例えば他の大陸との貿易は、途中の海域に住む人魚の手助けなしには成立しないとの話を、……確かヴィレストリカ共和国で聞いた覚えがあった。


 だけどこんな風に、身近で人魚が人間と共に、協力して暮らす姿は、滅多に見れる物じゃない。

 僕はこの国にヨソギ流の源流を探しに、それからついでに扶桑樹を見に来たのだけれど、きっとそれ以外にも、面白い物が沢山見れそうな、そんな予感がしてる。


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