第138話


 激しい抵抗はせず、されど一方的にやられる訳でもなく、時間稼ぎに徹していたジゾウは、僕の姿を見た途端に状況を理解し、あっと言う間に商業組合のならず者達を叩き伏せる。

 僕は彼の実力を、あまりにも軽く見てたかもしれない。

 もしかしなくてもジゾウは、ならず者達がこの場に人質を連れてきたら、抵抗を止めるどころか即座に奪い返して敵を殲滅していただろう。

 いや、まぁその場合は、人質になった誰か以外の酒家の人達の安全は、確実に確保されたかどうか分からないから、僕の行為は無駄ではないが。


 ……しかしそれにしても、凄いというよりも、むしろもうヤバイと表現するしかないジゾウの強さ。

 僕が見誤っていたのは、彼の技量じゃなくて身体能力だ。

 ジゾウは、見た限り柄すらも金属製の重い三尖両刃刀を、片手で軽々と振り回す。


 重量のある長柄武器、ポールウェポンを片手で扱う事その物は、別に異常な事じゃない。

 でもそれは手だけじゃなく体幹を上手く使っての話であって、あんな風に棒切れみたいに、しかも総金属製の塊をブンブン振り回されたら、もはや技量がどうこうって問題じゃなくなってくる。

 だがジゾウに叩きのめされたならず者達が、……当分は立てもしないだろうにしても、誰一人として死んでいないあたり、彼は決して力だけでもないのだ。


 一瞬、僕は彼に勝てるだろうか。

 そんな思考が頭を過ぎる。

 ジゾウと戦う心算なんて毛頭ないから、それは意味のない妄想だ。

 そもそも僕は、そんなに戦いが、優劣を付ける事が好きな訳でもない。

 なのに不思議と、彼とは自分を比べてしまう。


 精霊に頼ればもちろん勝てるだろうが、……武器のみでとなると、少しばかり難しいか。

 魔剣の一撃で彼の武器を切り裂けば勝機はあるが、未知なら兎も角として魔剣の能力が割れていれば、些か以上に厳しいだろう。

 仮に魔剣もなしで戦うならば、それはもうどう頑張っても勝ち目はない。

 たった一合を打ち合うだけでも、腕が圧し折れて敗北だ。


「長引かせると面倒だから、今晩中に片付けようと思うんだけれど、どうかな?」

 僕がそう問えば、ジゾウはニヤリと唇を歪めて、頷いた。

 あぁ、そんな好戦的な表情もするのかと、少し驚く。

 落ち着き払った表情が偽物という訳ではないのだろうけれど、彼の秘めた一面を垣間見れた事に、僕は少し楽しくなる。


 商業組合が拠点とする場所は、この数日で調べてあった。

 以前にも述べた気はするが、彼らのような存在は暴力を背景とした権威で飯を食い、組織を成り立たせている。

 故にその暴力で徹底的に敗北すれば、例えば自ら手を出したにも拘らず、返り討ちにあった挙句に拠点を攻め落とされたとなれば、商業組合はこの町での居場所を失う。

 彼らに上前を撥ねられる商人も、決して喜んでそうされてる訳ではないし、商業組合からの賄賂を受け取ってその活動に目を瞑ってる兵士や役人も、落ち目となった相手を叩き潰す事には容赦をしないだろうから。


 中州にある大きな屋敷が、商業組合が拠点とする建物だ。

 僕が見張りの二人を、駆け寄って一気に鞘に納めたままの魔剣で打ち倒す。

 彼らが上げた誰何の声は、風に遮られて誰の耳にも届かない。

 尤もそんな小細工は、何の意味もなかったけれども。


 ジゾウの振り被った三尖両刃刀が、屋敷の門をぶち破る。

 流石にその轟音は、幾ら風の精霊でも消し切れないから。

 壁を越えて忍び込む心算だった僕は、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 でもこちらの方が派手だし、手っ取り早いし、まぁいいか。



 物音に駆け付けてくるならず者達を殴り倒しながら、僕とジゾウは屋敷の中へと踏み込む。

 悲鳴と怒号を浴びながら相手を叩きのめしてると、僕らと彼ら、どっちがならず者か分からなくなって来るけれど、多分先に手を出した相手の方が悪い筈。


 奇襲、強襲の利というのは、大きい。

 何故ならこちらは準備が万全で、相手は少しもそれが整っていないから。

 心理的にも、物理的にも。


 いきなり攻め込まれた事に戸惑ったまま駆け付ける者がいる。

 当然本来の実力は発揮されない。

 心は何とか整えれても、防具を身に付ける時間なんてなく、剣一本だけを握り締めて駆けて来た。

 それなら先程よりはずっとマシだが、やはり万全には程遠いだろう。


 他にも空腹だったり疲労してたり睡眠中だったり、最悪の場合は酒に酔ってたり。

 準備が整わないとは、そういう事だ。


 数の利を生かして人の壁を組み、屋根の上に射手が配置されていたなら、この屋敷は小さな砦として機能しただろう。

 それで僕とジゾウを止められるかはさておいて、多少は粘られたかもしれない。

 しかしバラバラに迎撃に来るならず者を薙ぎ倒しながら進むのは、僕らにとってはあまりに容易い事だった。


 だが先程も述べた通り、戦いに重要なのは準備である。

 商業組合は、僕らの襲撃に対してではないけれど、水運業組合、彼らのいう所の河幇との戦いには、備えていた。

 例えば、そう、僕を弓手として勧誘しに来たように。



 不意に向けられた強い殺気に、

「風の精霊よ!」

 僕が風の精霊に呼び掛けたのと、ジゾウが炎に包まれたのは、ほぼ同時。

 辛うじて間に合った風の障壁が、ジゾウを炎の熱から遮り、護る。


 でも完全には防ぎ切れなかったのだろう。

 苦痛に顔を歪めたジゾウが、三尖両刃刀を振って残った炎を散らす。


 その独特の炎の発生の仕方には、見覚えがあった。

 詠唱も何も聞こえなかったが、それでも僕が見間違う筈もない。

 それは確かに、魔術だ。


「識師が雇われていたか」

 ジゾウの身体を覆う黒曜石が、少し大きくなっていた。

 彼は三尖両刃刀を構えたまま、現れた三人の、独特のゆったりとした衣装を身に纏った男達を、見据える。

 識師……、その名称を、僕は知らない。

 少なくともスゥから聞いた黄古帝国の話には、そんな名前は出てこなかったように思う。


 三人の男は懐から一枚の札を取り出すと、それが炎に包まれて、僕らに向かって放たれた。

 それは間違いなく、火球の魔術。

 だけどやはり詠唱はなくて、また詠唱がないからこそ、その発動は物凄く早い。

 元々火球の魔術は、爆裂する火球の魔術に比べると少しばかり発動が早く、その分だけ殺傷力は低いが、これは幾らなんでも早過ぎる。

 ……けれども魔術師に対しては非常に申し訳なく感じるのだけれど、僕の前では、その魔術が完全に未知の物であるか、不意打ちでもない限りは意味がないのだ。


 風が炎を受け止めて、握り込むように覆い、擂り潰す。

 三つの火球を、同時に、全て。


 彼らにとって、それは必殺の攻撃だったのだろう。

 それが何ら効果を表さず、しかも理解の及ばぬ形で消えた事に、三人の魔術師は明らかに動揺してしまった。

 まぁ普通に考えれば、発動した魔術は人を容易く屠る力だから、その気持ちも多少は理解できるのだけれど。

 しかしジゾウと僕の前で、その動揺は大き過ぎる隙だった。


 鞘に覆われたままの僕の魔剣に、或いはジゾウの三尖両刃刀に、三人の魔術師の意識は容易く刈り取られる。

 本来なら強敵になるのかもしれないけれど、残念ながら魔術を理解したハイエルフには、彼らの攻撃は殆ど通じないから。


 僕は彼らを漁り、先程の物と同じ札を、全て強奪して懐に納めた。

 じっくりと確認してる暇は、今はないけれど、恐らくこれは魔道具の一種だ。

 それも使い捨ての、紙に筆で紋様を描いた、簡易的な物。


 だが魔道具というのは、本当はそんな簡単な物じゃない。

 僕はカウシュマンと魔道具を色々作っていたから分かるのだけれど、紙に書いた紋様なんて、折り目の一つで術式としての効果を簡単に失う。

 だからこの使い捨ての魔道具、札も、何らかの形で紋様を保護してる筈なのだ。

 それも使い捨てである以上、然程には手間の掛からない方法で。


 識師と、ジゾウは魔術師の事をそう呼んでいた。

 この簡易的な魔道具、札を扱うのが、この黄古帝国の魔術なのだろうか。

 ……実に興味深いけれど、まずは商業組合を潰し切ってしまう事が先決だ。


 尤も商業組合にとっての切り札はこの三人の識師だったようで、後は抵抗らしい抵抗は殆どなく、僕とジゾウは拠点の屋敷を半ば廃墟と化し、誰が見ても分かり易い形で陥落させる。

 僕は最後まで魔剣を抜かなかったし、ジゾウも僕に合わせるかのように加減してくれたから人死には出なかったけれども、全員が檻の中に行く事は間違いがない。

 商業組合はもうこれで終わりだろう。

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