第130話
また二年が過ぎた。
要するに僕が遊牧民、バルム族と暮らし始めてから三年が経つ。
子供達はすくすくと成長し、大きくなって行く。
個人的には彼らの成長が早過ぎて、不満を覚えるくらいに。
だって僕は、ハーフエルフのウィンですら、成長が早過ぎて寂しく感じたのに、ジュヤル、ツェレン、シュロの成長速度はその倍以上なのだ。
本当に、もっとゆっくりでも良いと思う。
いやまぁ、彼らはウィンと違って僕の養子ではなく、弟子や教え子といった立場だから、本当は成長の早さを喜ぶべきなのだろうけれども、うん。
……さておき、三人の中でもジュヤルはもう十六歳と、既に一人前とされるべき年齢になっていた。
だからこそ、彼はその決断をする。
切っ掛けは、バルム族の老人衆の死だ。
といっても当たり前の話だけれど、僕が殺した訳でも、ジュヤルが殺した訳でもない。
命の時間が終わり、一人、二人と安らかな眠りに付いただけ。
僕は老人衆との折り合いが悪かったけれども、彼らは彼らなりに、バルム族の事を考えていたのだろう。
争いに敗れて窮地に陥り、やって来た僕とは話が合わなくて反目し合い、それでも穏やかで平和な三年間を見て、彼らは一体何を感じながら、眠りに付いたのか。
彼らは、僕をツェレンに肩入れさせる為に、敢えてあんな風に振る舞っていたのかもしれないと、ふと思う。
または他のバルム族に、偏った意見に固執する姿を見せる事で、僕やジュヤルに対する感情の、一族としての吐き出し口として振る舞っていたんじゃないのかとも。
バルム族は墓を作らず、ただ深く掘って草原に躯を埋める。
そうして草原に、肉と魂を還す。
たとえ獣が掘り起こして躯を喰らっても、または魔力の影響で躯が魔物と化しても、それも草原の一部になったのだと納得するらしい。
大陸の中央部の人間達とは、大きく異なる価値観といえるだろう。
僕は彼らが埋められていく様を見て、……あんなに気が合わなかったのに、少しの寂しさを覚えた。
だが老人衆の死を僕以上に重く受け止めたのは、そう、ジュヤルだ。
何故なら彼にとって老人衆は、真っ向からジュヤルを責めてくれる存在だったから。
この三年で、ジュヤルは随分とバルム族に認められた。
ツェレンは何も言わず、シュロも彼に懐いてる。
ともに仕事をするバルム族の若者は、ジュヤルに気安く話し掛けるようにもなっていた。
だからこそジュヤルは、老人衆がいなくなり、自分がこのままバルム族に許されてしまう事に、怯えてしまったのだ。
故に彼は、
「エイサー、我が剣の師よ。俺はアンタに、三年前の屈辱を晴らす為、決闘を申し込む!」
僕に罰される道を選ぶ。
それが自身の弱さだと知らぬままに。
僕とジュヤルは、武器を手に向かい合う。
場所はバルム族の居住地を離れた、草原の真ん中で。
その決闘を受けるかどうかは少し、いや、かなり悩んだ。
だってジュヤルの目的は明らかで、僕はそんな結末を望まない。
けれども結局、僕は悩んだ末に、彼との決闘を承諾する。
……何故なら弟子の過ちを諫め、導くのは、師たる者の務めだから。
たった三年だけれども、僕はジュヤルに剣を教えた。
精霊術や弓でなく、ヨソギ流をだ。
僕にとってのヨソギ流、カエハの剣は、鍛冶に並んでもう、生き方にも等しい大切な物である。
故にその弟子であるジュヤルに対して、僕は中途半端な真似はできない。
だから僕と彼は、互いに武器を相手に向けた。
尤も、決闘とはいっても、僕が握る武器は魔剣じゃなくて、ナイフ、そう、グランウルフの牙を研いだナイフだ。
その事にジュヤルは僅かに不満げな表情を見せたが、仕方ない。
仮に僕が魔剣を使えば、たった一振り、ジュヤルの剣を斬って、それで終わる。
彼の想いを受け止める事も、僕の答えを告げる間もなく。
カエハの剣技とこの魔剣の組み合わせは、それくらいに相性が良すぎるから、ジュヤルとの決闘には使えない。
しかしナイフといっても、このグランウルフの牙を研いだナイフは決して馬鹿に出来る代物ではなかった。
硬い魔物の外皮を容易く裂くこのナイフは、鈍らな剣ならやっぱり切ってしまえるくらいに鋭いのだ。
また素手で、手刀でヨソギ流の一撃を再現できる僕が、ナイフを使って同じ事をできない理由もない。
まぁジュヤルが持つ剣も僕が鍛えた物だから、このナイフでもそう容易くは切れはしないし、剣とナイフじゃリーチの差も大きいけれど、それくらいは丁度いいハンデである。
切り掛かるジュヤルの一撃を、僕は避けず、受け止めず、ナイフを振るって打ち払う。
まさかナイフ相手に打ち負けるとは思ってなかったのだろう。
体勢を崩し掛けた彼に、僕は次々にナイフを振るって攻撃を繰り出す。
一撃、二撃と辛うじて防ぐジュヤルだが、止まらぬ僕の攻撃に徐々に追い込まれて行く。
……うん、こんなものだろう。
彼も三年で良く成長してるけれど、残念ながらヨソギ流の剣を、もう五十年は振ってる僕と打ち合うには、少なく見積もっても後十年か二十年くらいは修練が足りなかった。
なのでジュヤルが僕の本気を引き出そうとするのなら、彼は己の異能、発火能力の神術に、どうしても頼らざるを得ない。
カッとジュヤルが目を見開き、中空に炎の花が咲く。
咄嗟に身を躱したけれど、その隙を突いて体勢を立て直したジュヤルの振るった剣が、僕の頬を浅く薙ぐ。
鮮血が数滴、宙を舞った。
でもジュヤルの攻撃は途切れない。
斬撃、斬撃、炎。
斬撃、炎、斬撃、炎、そして突き。
剣と発火能力を織り交ぜて、途切れる事無く攻撃が続く。
そう、これだ。
僕はこれを、ジュヤルに教えたかったのだ。
炎を放つしか能のなかった、単調な攻撃しか出来なかった彼が、実に複雑で多彩な攻撃を放つ。
ジュヤルは見事に、たった三年で、僕が教えたかった事を身に付けた。
多分、今、この瞬間に。
……だけど、まだ甘い。
この三年間、彼は発火能力よりも剣に重きを置いたからか、或いは僕を燃やしてしまう事を恐れてか、剣に比べて発火能力による攻撃が、刹那よりも短い時間だけれど、遅かった。
それ故に彼の多彩な攻撃も、完全な連携攻撃とはならず、剣と炎の間隙に、僕のナイフが滑り込む。
ジュヤルの喉元で、ピタリと止まった、僕のナイフ。
僕と彼の視線は絡むけれど、もう発火能力を使ってくる様子は、ない。
暫く見つめ合ったまま、時間はゆっくりと過ぎて行く。
やがてジュヤルの身体からは力が抜け、剣が地に落ちる。
「どうして、どうしてそのまま、刺してくれないんだ……」
そんな彼の口から漏れたのは、泣いているかのような、絞り出された声だった。
罰して欲しいと思って、剣を向けたのに、どうして殺してくれないのかと。
ジュヤルは僕に訴える。
涙は流してないけれど、僕には彼が、泣いているようにしか見えない。
だから僕は、笑みを浮かべる。
「ジュヤルは馬鹿だなぁ……。師は弟子が、間違いを犯そうとしていたら、諫めるのが務めだ。そして間違いを犯した弟子が、心底それを悔いていたなら、許すものだよ」
僕はそう言ってナイフを鞘に納めた。
例えばアズヴァルド、僕の鍛冶の師なら、諫めてくれるし、許してくれる。
カエハだったら、一緒に罪を背負ってくれただろう。
……カウシュマンはどうかな。
分からないけれど、諫めてくれるだろうし、それで僕が聞かなきゃ殴り掛かってきた筈だ。
まぁ返り討ちにするけれど。
故に僕も、そうしよう。
この決闘で間違いを犯そうとしたジュヤルを諫めたし、彼の罪を許す。
それから、うん、ジュヤルが気に病むその罪を、一緒に背負おう。
本当にどうしようもなければ、斬るのも師の役目かもしれないが、彼は決してそうじゃない。
「君は僕の弟子だからね。僕が許すし、バルム族にも僕が謝っておくよ。……だからジュヤル、君はもう、このままダーリア族に帰るといい」
そう言いながらバルム族の居住地の方に目をやれば、背に荷を乗せた馬を引き連れたツェレンとシュロが、こちらに向かってやって来ていた。
二人の行動は、僕が指示した訳じゃない。
僕とジュヤルの決闘の様子を、風の精霊に聞いていたツェレンが、シュロと二人で判断したのだろう。
つまりそれが、二人のジュヤルの罪悪感に対する答えだった。
「本当は後二年が経って、ツェレンが一人前になって、バルム族も無事に立て直せてたら、ジュヤルは僕の旅に連れて行こうと思ってたんだけど、……君はせっかちだし、生真面目だからね」
故郷を捨てさせれば、彼は何時までも悔やむだろう。
自分は逃げたんじゃないかと。
もっと何か、バルム族とダーリア族の為に、自分にできる事があったんじゃないかと。
だったら悔やむ前に、精一杯それをさせてやった方が、きっといい。
やって来たツェレンが、頷いてジュヤルに馬の手綱を渡す。
シュロはジュヤルに抱き着いて、涙を流して別れを惜しむ。
ダーリア族へと戻ったとして、ジュヤルが自身の思う通りに生きられるのか、それは僕にも分からない。
ただそうなればよいと、草原に吹く風に祈り、また僕の弟子だった彼の力を、信じるだけだ。
三年という、僕にとってはあまりに短い時間で、雛鳥が一羽、巣立っていった。
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