第117話


「オラッ、逃がすかッ!」

 水面を罵声が響き、網に捕らわれた魔物に向かって船上から槍が突き入れられる。

 あぁ、否、突き刺さった切っ先が抜けないように先端にえげつないカエシがついてるから、どちらかといえば銛と呼ぶべきだろうか。

 国軍の兵士達が川を遡行する魔物を狩るという場所を遠目に見物に来たのだけれど、いやはや、割とえげつない戦い方だ。

 ついでに言えば、僕が人食いの大沼を通り抜ける参考には、全くなりそうにない。


 だって討伐の仕方が複数の船で回り込んで設置した罠の網に追い込んだり、船上から網を投げ入れて動きを阻害し、銛で突き殺すといった物だから。

 しかも魔物に容易くひっくり返されない為か、討伐用の船もかなり大きいし。

 見た目の印象で言うならば、魔物の討伐と呼ぶよりも漁って言葉の方がしっくりとくる。


 聞いた話によると少数の魔物はこうやって処理し、多数の魔物が遡行して来たら川の封鎖や餌を使って、陸地に引き込んで殲滅するそうだ。

 尤も多数の魔物の遡行は、そう頻繁に起こる物じゃないらしいけれども。


 網の間から船上に向かって伸ばされた舌を、大きな盾を持った兵士が割って入って防ぐ。

 どうやら今追い込まれてるのは、蛙の魔物の類らしい。

 蛙の魔物の肉は、僕が以前に火山地帯で倒したラーヴァフロッグもそうだったが、臭みがなく食べ易い。

 更に数が多いとあって、バーダスやオロテナンでは割と親しまれてる食材なんだそうだ。


 僕も酒場で食べてみたが、……うん、ラーヴァフロッグの方がずっと美味しかったけれど、悪くはないかなぁって印象である。

 因みにこの辺りに出る蛙の魔物は、見ての通り舌の威力も盾で防げる程度で、常軌を逸した大ジャンプもしないし、ラーヴァフロッグ程の強さは全く感じない。

 但しそれでも年に何人も、この魔物に飲み込み喰われてしまう被害は出るそうで、それを狩る兵士達の表情は真剣そのものだった。


 冒険者達はもう少し下流で、船を使わずに魔物の討伐を行うそうだが、そちらは流石に覗けないだろう。

 彼らにとって魔物を討伐する手法は命懸けで編み出した技術だから、他人に無料で見せてやる義理は当然ながらない。

 金を払って戦いを見物しようにも、この町の冒険者の誰が信頼できるかも分からなかった。

 下手な冒険者に頼んでしまえば、狩場で事故を装って僕を殺し、荷を奪おうとするごろつき、盗賊紛いを引き当ててしまう可能性もある。

 もちろん僕だって簡単に殺されはしないけれども、返り討ちにしたら、多分それはそれで面倒に巻き込まれるだろうし。


 つまり水棲の魔物に対処する方法は、実際に人食いの大沼に踏み込んでから試行錯誤しなきゃならない。

 まぁこの辺りの魔物に有効な手段が、もっと奥地に巣食う魔物に通用する保証はないし、まぁいいか。

 知った手に固執して思わぬ不覚を取る場合だってあるのだし、どのみち自分なりにその都度その都度で対処法を考える必要はあったのだ。



 それよりも僕的には、兵士が使ってる銛が気になってる。

 鍛冶の師であるアズヴァルドは、僕に幅広い種類の武器の作り方を教えてくれたけれど、その中に銛は含まれていなかった。

 だって銛って、どちらかといえば武器よりも漁具の類になると思う。

 海沿いの国なら兎も角、ルードリア王国の、それも大樹海の傍らにあるヴィストコートの町では、漁具を必要とする人間なんていなかったから。


 槍に近い物ではあるとの予想は付くが、カエシの強度を保つ方法なんかには、恐らく独自の工夫もある筈だ。

 後で町に戻ったら、武器屋や鍛冶屋を回って見せて貰うのも、きっと凄く楽しい。

 できれば自分でも銛を作ってみたいけれども、鍛冶場を借りる程に町に腰を落ち着ける気は、今の所はなかった。

 仮に見様見真似で中途半端な代物を作ったら、その不出来が気になってもう旅どころじゃなくなる。


 なので銛を作るなら、その技術をじっくりと試行錯誤するなら、どこかの町に長く、それこそ年単位で過ごす時になるだろう。

 要するに今から未知の、大陸の東部に踏み込む僕には、暫くの間はお預けだった。


 後は、……あぁ、未知の危険地帯に踏み込むのだから、薬の類も調達しておいた方がいい。

 普通の森や、或いはプルハ大樹海に踏み込むなら、僕は手ぶらであってもそこらで薬草を調達できる。

 木々に聞けばどこに薬草が生えてるかも教えてくれるし、全く未知の草を見付けても、毒の有無や薬効だってなんとなくは分かるのだ。


 しかし今度向かう湿地帯に関しては、僕はあまりに無知だった。

 そりゃあ湿地帯にだって植物は多く生えてるだろうから、ある程度は何とかなると思う。

 でも未知の病原や、予測すらしない障害、そんな何かに出くわさないと言い切れないのが、危険地帯と恐れられる場所。

 だから事前の備えは、できる限り、思い付く限りを固めるべきである。

 多分きっと、それでも万全には程遠いのだから。

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