我八章 我が師と彼の師

第74話


 前にも後ろにも、右にも左にも、どこまでもずぅーっと山が続く。

 ついでに僕が立ってる場所も、とある山の頂上近くだ。

 いやいや、絶景と言うしかない光景である。


「よー、エルフの。アンタもよぅ付いて来るねぇ。オラァ、エルフってのはもっと軟弱な生き物だと思っとったわ」

 感心した様に声を上げたのは、ルードリア王国で案内人として雇ったドワーフ。

 荷物は彼が全部背負ってくれているけれど、その代わりに僕は背負子を装着してウィンを乗せていた。

 確かに一般的なエルフなら、その状態で険しい山を越えて行けば、殆どが音を上げるだろう。


「そうだねぇ。でもこの子位ならまだ鉄鉱石より軽いし、山は鍛冶場よりも涼しいからね」

 本来ならば吹き荒ぶ風が身体の熱を奪う山地でも、風の精霊が僕等を気遣い、そよ風程度に抑えてくれてる。

 剣を振って槌を振って、身体を使う事に慣れてる僕は、体力的にも並のエルフに比べれば強靭だ。


「そうかそうか。そんならええわい。まだまだ幾つも山を越えるからなぁ。オラァもアズヴァルドの客を置き去りにせんでえぇ。しっかし、その坊主も随分とまぁ、大物だのぅ」

 フンと鼻で笑い、案内人のドワーフは歩を速めた。

 そう、彼の指摘通り、ウィンは背負子の上でぐっすりと眠ってる。

 足場の不安定な山道や岩場を、背負子に乗せられての移動だから、普通なら怯えるのが当然だ。

 なのにウィンと来たら、景色を眺めてちょっとはしゃいで、風の精霊と話して笑って、それに飽きると昼寝なのだから、割と良い身分と言うか、もういっそ図太い。

 まぁそれも、僕を信頼しての事だと思えば、決して悪い気はしないけれども。



 ……ドワーフの国に行くと決めた僕がまず最初にしたのは、ドワーフの案内人を探す事。

 僕は森の中のエルフの集落なら、初見の森でも迷わず辿り着ける自信はあるけれど、……流石に広い山々のどこか、恐らくは地下に隠されてるだろうドワーフの国を、大まかな位置しか知らずに見つけ出すのは不可能だ。

 故に僕は鍛冶師組合に頼り、交易の為にルードリア王国に出て来るドワーフに繋ぎを取った。


 本来ならばエルフは勿論、人間だってドワーフの国には入れやしないだろう。

 但しドワーフの国の要人から許可を受けた者、または大きな国の鍛冶師協会が、より正確にはそこに所属するドワーフが認めた、上級鍛冶師の免状を持つ者は、特別に例外として入国出来るそうだ。

 どうやらドワーフの国で最も重視されるのが鍛冶の腕であるという話は、紛れもない真実らしい。

 そして次代の王を決める競争に参加する程の鍛冶師であるアズヴァルド、僕のクソドワーフ師匠は、紛れもないドワーフの国の要人であったらしく、その手紙も入国許可書の一つとして扱われる。


 つまり僕は自前の上級鍛冶師の免状で一つと、アズヴァルドからの手紙で一つ、二人分の入国許可を持っていた。

 そう、僕とウィンの、二人分だ。

 そのどちらもがアズヴァルドからの物である事を考えると、まるであのクソドワーフ師匠に今の僕の状況を読まれてるみたいで、ちょっと笑ってしまう。

 恐らく彼からすれば、念の為ではあったのだろうけれども。


 当然ながら、たとえ入国許可を持っていても、案内人のドワーフはエルフを国に連れて行く事に、非常に渋い顔をする。

 僕は個人的にドワーフが好きだが、エルフとドワーフは種族的に互いを嫌い合ってるから、それも仕方のない話だ。

 しかし僕はたとえ目の前のドワーフに嫌われていても、こちらは嫌いじゃないから気にしない。

 手元の入国許可は、少なくとも話をする切っ掛けにはなった。


 話す切っ掛けさえあれば、後は非常に簡単だ。

 渋る案内人のドワーフを、僕は強引に酒場に引っ張って行って、杯を重ねながら想いを語る。

 僕がどれ程にクソドワーフ師匠に世話になり、恩を感じ、手伝いたいと思っているのか。

 この手紙を受け取った時、僕がどれ程に喜びを感じたのか。


 空になった杯の数だけ、想いもまた積み重ねて、すると案内人のドワーフは諦めた様に、

「あぁ、えぇよ。よぅわかった。酒はまだまだ入るけれども、アンタの思い出話はもう腹一杯だ。こっから先は酒だけ飲ませてくれりゃあ、それでえぇわ。エルフに山道が付いて来れるなら、連れて行くだけなら、連れてってやる」

 僕の願いを受け入れた。

 その晩、ウィンにはお酒臭いと顔を顰められてしまったが、その分の成果は、あっただろう。



 けれども案内人が居ても尚、ドワーフの国への道はとても険しい物だった。

 岩山の細い崖道は危なっかしいし、避けられない崖は登攀して越えなきゃならない。

 流石に旅慣れてる僕でも、地の精霊が力を貸して足場を作ってくれなかったら、ウィンを背負いながらではこの道のりは越えられなかっただろう。


 でもそれにしても思うのは、矮躯で筋骨隆々としたドワーフが、なのに身軽に崖を登って狭い道を通る姿は、なんとも見ていて面白いと言う事。

 違和感と言うか、ギャップが凄い。


 その案内人のドワーフは、なんだかんだで僕等に親切で、特にウィンに対しては良く気遣ってくれる。

 それを指摘すると照れてるのか怒るけれども。

 だけどそのお陰で厳しい旅にもウィンは、ついでに僕も体調を崩す事もなく、およそ二週間と少しの山歩きを経て、無事にドワーフの国へと辿り着く。

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