第70話


 ヴィストコートでの気晴らしを終えて、王都に戻った僕等を待っていたのは、

「シズキばっかりずるいと思うの!」

 そう言ってウィンを掻っ攫って抱きしめ、僕に返してくれないミズハの拗ねっぷりだった。

 いやいや、ズルいとか言われても、別に僕が同行しちゃダメって言った訳じゃないのだけれど。


 でもまぁ、まだ十歳位の子供が感情的になってしまえば、そんな理屈は通用しない。

 だから僕は攫われたウィンを救出する為、懸命にミズハの機嫌を取って、品評会に出す作品を完成させ次第、彼女をどこかに連れ出す約束をして許して貰った。

 勿論、連れ出すと言っても遠出は駄目だから、ミズハとウィンを連れて王都の近くの森を案内する位が精々だろうが。

 因みにウィンは、今のミズハに逆らってはいけないと悟ってるらしく、僕に視線で助けを求めながらも大人しく人形に徹してる。


 ミズハはそれでも少し物足りなさそうだったけれど、僕の申し出が最大限の譲歩である事は、ちゃんと理解したのだろう。

 ウィンは返してくれなかったけれど、頷き、僕が鍛冶を終わらせるのを待ってくれた。


 うん、もしかしたらそのお陰かも知れないけれど、小さな少女のプレッシャーに背中を押される僕は、まるでスランプなんてなかったかの様に鍛冶仕事をこなし、納得の行く作品を二週間程でスムーズに完成させる。

 そして少し先の話だけれど、その作品を提出した品評会の結果は、僕が一位に輝く。

 ……何と言うか、ミズハはまだ小さいけれども、だけどもやっぱりカエハの娘なんだなぁと、そう思う。



 さて、と言う訳で、今日はウィンとミズハの二人を連れて、僕は王都の近くで最も大きな森へと来ていた。

 ルードリア王国の森はエルフ達が去った影響で魔物の増殖が起き、今もアイレナを中心としたエルフの冒険者達が総出で間引きを行っている最中だ。

 彼等が危険を感じる程の強い、または多くの魔物が出た場合は、僕にも呼び出しが掛かる事が稀にある。

 しかしこの森は王都に近い為、比較的早い段階で間引きが行われ、既に強い魔物や大きな群れは排除済みで、僕が傍にいる限りは然程の危険もないだろう。


 ミズハは右手に訓練用の木剣を持ち、左手をウィンと繋いで、僕の数歩前を歩いてる。

 今回、彼女がどうしてこんな風に連れ出す事を求めたのかは、……僕にも何となくだがわかる気がした。


 シズキもそうだが、ミズハは、道場の当主の子供として相応しく躾けられていて、普段はあまり我儘を言わない。

 ウィンに対してお姉さんぶったり、シズキと喧嘩をしたりと、子供らしい面を見せる事もあるが、大人に対して接する時は基本的に弁えている。

 ただそれでも、やはり彼女はまだ子供なのだ。


 僕から見てカエハやその母は、最大限の愛情を二人の子等に注いでた。

 そこに疑いを挟む余地はないし、シズキやミズハもそれは恐らく理解をしてる。

 だけどどこかに、父性を求める気持ちもやはりあるのだろう。

 シズキの場合はそれが、まるで対抗心の様な形で発露し、クレイアスに試合を挑んだ。

 その結果は、まぁ微笑ましい物だったが、あれはシズキなりに悩んだ末の行動だった。


 そしてミズハの場合はもっと単純に、……父性を求める心が、甘えたいと言う形で表に出てる。

 尤もその甘えたいはベタベタとしたいと言う類の物じゃなくて、我儘を受け入れて欲しいとか、良い所を見せたい、認めて欲しいと言った承認欲求の様な物だろう。

 それを抱えたままに大きくなると、悪い男に騙され易くなったりしそうで危うく感じるが、僕を相手に少しでも発散出来るなら、多少の我儘につき合うのも悪くはない。


「エイサーさん! みて、あれ! 何かしら?」

 ふと、ミズハが指を差した先を視線で追って認識して、そちらに向かおうとした二人を大急ぎで抱えて止める。

 おぉ、もう、ちょっとびっくりだ。


 ミズハが見つけたのは、地にぽっかりと空いた直径が五十センチくらいの穴。

 隠蔽の痕跡もなく堂々と開いたその穴は、……蛇の魔物の巣であった。

 特異な能力や、毒すら持たないその蛇は、身体が大きく力が強いだけで、魔物としては弱い部類に入るだろう。

 対処の仕方さえ理解すれば、駆け出しの冒険者だって数人で掛かれば十分に狩れる。

 けれども子供にとっては、ウィンは勿論、ミズハであってもぺろりと一飲みにされてしまう脅威だった。


 下手に刺激しない様にそっと通り過ぎようと提案すると、

「えっ、魔物なのに、倒さないの?」

 ミズハは不思議そうに首を傾げて、僕に問う。

 魔物と聞いて怯えるどころか、狩ると言う発想が出て来る辺り、随分と勇ましい。


 やはりミズハも、将来は冒険者になるのだろうか。

 だとすれば、魔物を倒す経験を積んでおくのは決して悪い事じゃないけれど……、

「別に良いけれど、その場合はその蛇がお昼ご飯になるよ。僕は倒すだけ、殺すだけって好きじゃないからね」

 まだ彼女には、少しばかり早かった。

 魔物を倒すと吠えるなら、それを独力でなせるだけの実力を身に付けてからの話である。


 ルードリア王国では一番の都会である王都で育ったミズハには、蛇を食べると言う発想がなかったらしく、明らかに顔色が蒼褪めた。

 因みにウィンは旅の最中に蛇は食べた事があるから、味が決して悪くない事も知ってるし、ケロッとした表情だ。

 寧ろ久しぶりに食べたいとすら思ってるのかも知れないけれど、賢い彼はミズハの顔色を見て、何も言わずに彼女の手を引く。


「……そ、そうね。今日は別に、魔物退治に来た訳じゃないもの。そっと離れましょう。良い、ウィン? そっとよ」

 そうして納得したミズハとウィン、僕は、その場をそっと後にして、更に森の奥を目指す。

 僕等の目的地はまだまだ先だから、こんな場所で時間を食っても居られない。


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