第37話

 次の日、鍛冶師組合にやって来た僕に頼まれた仕事は、剣を一本、コストは度外視で全力で打って欲しいと言う物だった。

 何でもそれを見本に、町の鍛冶師達の技術向上を計るそうだ。

 どうやらそれだけ、僕の腕はトラヴォイア公国の鍛冶師組合に認められたらしい。

 実に光栄な事だけれど、同時にプレッシャーも掛かる話である。


 昨日聞いた噂話、戦争の件を聞いてみると、小国家群の北部がダロッテから攻められているのは事実だそうだ。

 但し状況はまだ小競り合いで、小国家群の北部の国々は北ザイール王国に援軍を出すだろうが、アズェッダ同盟の招集が行われるかどうかはまだ不明なんだとか。

 何れにしても、そちらに関して僕に出来る事はなさそうだった。

 恐らく軍の装備に関しては専門に関わる鍛冶師が既に居るだろうし、軍に付き添い、消耗した武器防具を補修する従軍の鍛冶師も必要とされるだろうが、流石に流れ者である僕が頼まれる仕事じゃない。


 まぁ僕としても積極的に戦争に関与したかった訳じゃないのだけれど……、近くで大きな事件が起きているのに、自分は離れた場所で無関係と言うのも、そう、何となく気持ちが落ち着かなかった。

 好奇心は何時か猫だけじゃなくてハイエルフをも殺すだろうが、なんと言うか困った事に、僕はそう言う性分なのだ。


 しかし当たり前の話だが、幾ら落ち着かなくとも、今の僕にはそこに関わる義理も理由も筋合いもない。

 大きな仕事を任されたのだから、先ずはそれに心を傾け、専念する必要がある。

 因みに剣であればどんな物でも良いらしいので、最も理解し、作り慣れてる、ヨソギ流で使われるタイプの剣を打とうと思う。

 要するに、切り裂く片刃の直刀だ。

 僕はこの大きな仕事をこなす心の準備をする為に、鍛冶師組合の建物の屋上を借りる。



 ヨソギ流で使うタイプの剣を打つ準備とは、即ちヨソギ流の剣を振るう事。

 振るう技は、左右の袈裟斬り、左右の逆袈裟、左右の胴薙ぎ、振り下ろし、切り上げで、最後に突きを加えれば九つ。

 その全ての動きに、向いた形、バランス、重心があるだろう。

 分かり易く例えれば、それはヨソギ流ではないけれど、巨大な剣はその重量故に振り下ろしで威力を発揮するが、同じく重量故に切り上げには向かないと言った具合に。


 しかし実際に手に持つ剣は一本で、ヨソギ流を振るうなら、それは全ての動作に適した剣でなければならない。

 これが中々に難しいのだ。

 理想とする剣の姿、形や重さ、バランスを探し求めて、僕はひたすらに剣を振るう。


 けれども勿論、そんな物は見つからない。

 心の中に曖昧な姿は、まるで御簾の向こうの貴婦人の様に、勿体ぶって浮かぶのに、手を伸ばせばするすると遠ざかって行く。

 だけどそれを探し続ける間に、僕の心の中には炉の様に熱が満ち、今の心の中に浮かぶ姿を一部でも、形にせねば居られなくなる。

 それがヨソギ流で使う剣を打つ時の、僕の精神集中だ。


 鍛冶師組合の職員達は、そんな僕を理解し難いと言った目で見てるけれども、欠片も気にはならなかった。

 今の僕を理解できるのは、アズヴァルドかカエハ、僕の二人の師しか居ないだろう。

 そして僕はその二人が理解してくれれば、それで十分に、或いは過分に幸せなのだ。

 他の人々は、僕ではなく結果だけを見てくれれば良い。

 誰の目にも分かり易く、完成品を形にするから。



 それから僕は三週間、正確には間に休みを三日入れたから十八日間を、剣の製作に費やす。

 一日のエネルギーは全てハンマーを通して鋼に注いだから、最初の頃は宿に帰る度にノンナに心配される始末である。

 まぁ流石に、彼女も僕が仕事に精力を注いでる事は理解してくれて、宿では色々と気遣ってくれた。

 汗を流す湯も一生懸命に部屋まで運んでくれたし、食事も母親に叱られない程度に少し多めによそってくれたり。

 一つ一つは些細な事だが、そうして気遣ってくれる少女の姿は、僕にやる気を与えてくれたから。


 僕は今日、完成した鋼の直刀を九度振って、満足してそれを納品する。

 鍛冶師組合の職員達は口々にその出来を褒め称えてくれたけれども、今はあまりその称賛も耳には入って来なかった。

 そう、完全に燃え尽きたって奴だ。

 気持ち的にはもう三日位は何もしたくないし、多分本当に三日位は宿の部屋に籠って何もしないと思う。

 疲労感と満足感が混じり合って心地良く、今はそれに浸りたい。


 報酬は入念な評価後に支払われるらしいが、今はもうそれすらどうでも良かった。

 多分元気になったなら、改めて評価を喜ぶだろうし、金も有り難く思うだろう。


 報酬が入ったら、またノンナを連れてケーキを食べに行こう。

 ホイップクリームの甘味を、脳が欲してる気もするし。

 何よりも今回は、彼女に随分と世話になった。

 甘味位は御馳走しても、きっと罰は当たらない。


 ……あぁ、あぁ、でもあの鋼の直刀をアズヴァルド、僕のクソドワーフ師匠に見て貰えず、カエハに振って貰えないのは、なんだか少し寂しいなぁと、そう思った。

 何枚の大金貨の報酬よりも、それはとても魅力的な事なのに。

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