第188話

「どういうことだ?」


 車の天井もなく風が直に、その身に当たることから、一人ごとのように呟いた言葉は、誰の耳にも届かないと思ったのだろう。

 だが、身体強化をしている俺の耳は確かに厚木の言葉を拾った。


「――!」


 驚いたような表情。


「俺は耳が良いんでな、時間稼ぎというのは、どういう意味だ?」

「桂木殿。どうかしましたか?」

「どうやら、この爺さんは俺達に隠していることがあるらしい」

「――え?」

「それと、来た道を戻れ。高清水旅館を調べたが、生命反応どころか魔法アイテムの痕跡すら存在してない。おそらく――、これは……ブラフか……」

「どういうことですか?」

「俺達は、この爺さんに――、身を挺した時間稼ぎに、まんまとい騙されたってことだ。とにかく他の魔物に囲まれる前に、ここから離脱しろ」

「――わ、わかりました!」


 俺の言葉に頷き車の向きを変え――、都市の外へと走らせ始める住良木から、視線を厚木へと向ける。


「爺さん。何を企んでいる?」

「……」

「黙秘か?」

「――き、君に答える言葉は持ち合わせてはいない……」

「桂木殿、これからどうすれば?」

「爺さん、あんたは俺達の足止めの為に、あの場に居たな? しかも、魔物に襲われ命を落とすかも知れないと危険を覚悟で」


 俺は厚木の腕を掴みながら問いかける。


「お前に――、人の命の重みを理解することが出来ない化け物に答える義務はない」


 真っ直ぐに俺の目を見てくる厚木に俺は溜息をつく。

 死を覚悟している瞳。

 何か大切なモノや信念を持って行動した結果、それが死に繋がるというなら、それに遵奉するような奴には尋問で話を聞き出すことはできないが――。


「安倍珠江は、何をするつもりだ?」

「……」

「アイツは、この空間にいるのか?」

「……」


 完全に無言で押し通すつもりか。


「桂木殿。一度、対策を立て直した方がいいのでは?」

「そうだな……。まずは、都達が居る岩手県警迄戻って――」


 途中まで言いかけたところで、俺が掴んでいた厚木の電磁波が微かに揺らぐ。


「もう手遅れだよ」


 俺の表情から、察したのだろう。

 だが――、それよりも都という名前を出した時に、厚木が反応を示したということは――、狙われているのは都と言う事になる。


「くそがっ!」

「くっ!?」


 厚木の四肢を動かしている電気信号を破壊し、後部座席に叩きつける。


「住良木! すぐに結界の外へ出ろ!」

「そんな事を言われても」

「安倍珠江が何をしようとしているのかは分からないが、都を狙って移動しているようだ」

「都って、神楽坂都さんですか? どうして、彼女を?」

「分からん。それよりも急いでくれ」

「分かりました!」

「君が……、君が一人で来ていたのなら――、足手纏いを連れていなかったのなら、君の力なら止められたかも知れないな」

「黙っていろ!」


 俺は厚木の腕を握り潰すが痛みを堪え、脂汗を吹き出しながらも厚木は笑う。


「君は危険だ。神の力を得て圧倒的なまでの能力を持っていたとしても、その力は何の苦労も得ずに得た力だろう? 神の力を得て慢心して他者を金銭の取引で殺そうという人間に世界は救えない。救世主には、なりえない……。だから……」


 苛立った俺は厚木の意識を刈り取る。 


「桂木殿? 殺したのですか?」

「まだ殺してはいない。それよりも――、否、なんでない。まずは、結界の外に出ることを最優先にしてくれ」

「わかりました。それにしても平城京の方から相当数の魔物が追ってきますけど……」

「無視だ! 無視!」


 それにしても、世界を救う? 救世主? どういう意味だ? それが俺の力を見る事とどういう関係があるんだ?





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