第6話 最初の相談者『井上可憐』4

「ってか、まず『誰も知らないような岩野君の秘密』なんてどうやって調べるんだ?」

「え、先輩、本当に今日、どうしたんですか……?」


 鷺ノ宮が、怪訝な視線を向けてきた。俺は変なことを言っただろうか。

 俺が返す言葉が分からずにいると、鷺ノ宮は、至って真面目に言い放った。


「好きな人のことを、どんな手を使ってでも調べ尽くすのは当然のことじゃないですか!」

「そ……、そうなの、か……?」


 それ、多分お前だけだと思うけどなぁ……


「つまり、井上さんはもう、岩野のことを何でも知ってるはずってことか?」

「当たり前ですよ! ね、井上先輩?」


 さっきからずっと俺たちの会話を、黙って興味深そうに聞いている井上に鷺ノ宮が水を向けた。


 井上は、不甲斐ない自分を恥じるかのように答える。


「いや、ウチはほとんど何も知らない……」

「そ、それはまずいんじゃないですか、井上先輩!」


 鷺ノ宮が慌てて指摘する。いや、井上が普通だって……。


 だが俺たちを頼ってきている井上は、鷺ノ宮の言うことに一切の疑いを持たないのだ。


 井上が、純粋に鷺ノ宮に尋ねる。


「そうだよね……、どうしたらいいかな?」

「岩野先輩のツイッターの垢は知ってますか?」

「うん。ウチってバレないようにフォローしてる」

「なら、詮索開始です!」


 ***


 それからというもの、鷺ノ宮と井上は岩野の今までのツイートや、その投稿時間などを詳細に調べ、彼の趣味思考はもちろん、大まかな生活のルーティンを知ることに成功した。


 怖すぎる。


 そしてそれを元に、一通目のラブレターを完成した。

 内容は、



『岩野君へ

 こんにちは。今回、あなたにどうしても伝えたいことがあります。ウチは、去年、クラスで暗くて目立たないこんなウチに、いつも優しく話しかけてくれた岩野君を尊敬しています。あなたのことを最初は、明るくてちょっとうるさい、陽キャで自分とは別の世界を生きてる人のように思っていました。ですが話してみると、実は気さくでみんなに優しくできる人なんだということに気づき、少しづつ意識するようになりました。

 急に「付き合っって」なんて言っても困らせてしまうだけだと思うので、まずは、ウチの気持ちを知ってほしくてこれを書きました。

 

 二年D組 井上可憐いのうえかれん


 PS 明日、ネッ友と会うんですね。楽しんできてください!』



 といったものだった。最後の一行の恐怖やべぇ……。なんとなしに岩野が呟いていた内容だろう。


 途中までは、岩野のことも考えつつ、自分の気持ちも伝えられてよくできたラブレターだったのに、最後のやつで台無しだろ……


 そう思った俺は、それを鷺ノ宮に言おうと考えたのだが、よく考えたら俺はあくまでも「補佐」だ。それにここまで進めたのはほぼ鷺ノ宮だし、俺が口出しするのは違うと思った。


 なので何も言わず、ただ二人を見守り続けて三日が過ぎた今日、四月十七日木曜日。


 ついに一通目のラブレターを入れる日になった。


 放課後、HRが終わった俺、鷺ノ宮、井上は、全速力で昇降口に集合した。まだほとんど人は来ていない。


 斜陽に照らされた昇降口は綺麗で、まさに「青春」といった感じだ。なのになぜか、謎の罪悪感が襲ってくる。別に、悪いことはしてないのに……


「入れるねっ!」


 井上が、あまり緊張した様子もなく、ゆっくり岩野の下駄箱が開けた。そして、ラブレターが入れる前に……下駄箱の匂いを堪能し始めた。


「ああ……、岩野君の香りがする……!」


 どう考えても下駄箱の香りだと思うが……。

 ここ三日で鷺ノ宮の洗礼を受けた井上は、性格がだいぶ狂い、言うなれば「鷺ノ宮二号」のようになっていた。思考回路が、鷺ノ宮に近くなったのだ。


 井上は岩野の香りを堪能し終わったのか、ラブレターを入れて、下駄箱を閉めた。


「じゃあウチ、教室戻ってる。後はよろしくお願いします!」


 井上が、妙に礼儀正しく頼んできた。


 ここに居ては、不自然だからだろう。俺と鷺ノ宮は昇降口に残り、何か雑談でもしている風を装いながら下駄箱を監視してようと思っている。


 相談員である俺たちがそこまでする必要はないと思うが、俺も鷺ノ宮も、何かと気になってしまっているのだ。


「ああ」

「任せてください!」


 俺と鷺ノ宮が、迷いなく頷くと、井上は軽い足取りで教室へ戻って行った。もう、最初に部室へきた頃の、緊張した様子は全く感じられない。


 まるで、岩野を手に入れられると確信しているかのようだ……


 少しして、次々と各学年の帰宅したり、部活へ向かう生徒たちが降りてきた。なんか、少し緊張してくる。だが、岩野はまだ降りてこない。


 俺は緊張を解くように、同じく昇降口の壁に寄りかかっている鷺ノ宮に話しかける。


「上手く行くかねぇ……?」

「大丈夫ですよ。先輩、不安ですか?」

「いや、そういうことじゃなくてさ、やっぱりいざ本番となると、なんか緊張するじゃん?」

「あーなるほど。意外と可愛いですね、先輩!」

「うるせぇよっ!」


 からかってきた鷺ノ宮から、目を逸らす。


 するとちょうど、岩野の下駄箱に向かってくる人物が目に入った。


 茶髪で無駄に整えられた髪に、自信に満ちた態度。そして、眩しいくらいの陽キャオーラを放っている。間違いない。岩野だ。


 鷺ノ宮が、俺のブレザーの裾を引っ張ってきて、流行る気持ちを抑えるように小声で呟いた。彼女は、全く気がかりに思っていないようだ。


「来ましたねっ!」

「お、おう……、来たな……」


 俺の返す声は、緊張からか、罪悪感かは分からないが、取り敢えず辿々しいものになった。


 ついに岩野が、下駄箱を開けた。


 特に驚くこともなく、ラブレターを丁寧に通学鞄にしまうと、スマートに去って行く。


 思わず声が漏れた。


「さすが、陽キャだな……」


 しかし、岩野に対してそう思えたのは、束の間だった。


 ***


 ――二日目


 金曜日。前日と同じように鷺ノ宮と二人で岩野を待ち伏せていた。


 今日からラブレターは機械的に入れていくだけなので、井上は最初から教室にいる。変に目立って怪しまれても面倒だからだ。


 まだ井上は、岩野から何の言葉ももらってないらしい。まぁ今の彼女は狂っているので、もちろん何にも気にしていなかったが。


 おそらく理由は、ラブレターに「急に『付き合っって』なんて言っても困らせてしまうだけだと思うので、まずは、ウチの気持ちを知ってほしくてこれを書きました」と書いたからじゃない。


 全部「PS 明日、ネッ友と会うんですね。楽しんできてください!」のせいだ。あの岩野もぞっとして、声をかけられなかったのだろう……。


 そして、その本日の岩野情報は、「岩野君が五日前に飲んでたミルクティー、ウチも飲んだことあるよ。あれ、美味しいよね」だ。


 これは別に、岩野が五日前にミルクティーを飲んだというツイートをしていたわけではない。


 全く別のことに関するツイートに、ミルクティーを購入した際のレシートが写り込んでいたのだ。本当に、恐怖でしかない……。


 そんなことを考えていると、岩野がやってきた。


 彼が、下駄箱を開ける。


「……うん」


 彼は一瞬固まった後、何かを自分に言い聞かせるようにして頷いた。メンタルを整えているようだ。


 そして丁寧にラブレターを鞄にしまうと、なんとかスマートに去って行った。やるなあいつ……と、俺は素直に感心した。


 ――三日目


 週をまたいだ四月二十一日月曜日。変わらずまた鷺ノ宮と岩野を待っていた。もちろんまだ井上は、岩野から何の反応ももらっていない。


 しかし俺は井上を応援する一方で、どこか岩野の精神を応援する謎の気持ちが生まれたきていた。


 何と言っても今日の岩野情報は、「昔やってたゲーム実況見たよ。とっても面白かった!」なのだから。


 実は、中学一年の頃にとある動画投稿サイトでゲーム実況動画をやっていたことが分かったのだ。投稿された動画はそれ一本のみで、再生回数は八回。チャンネルの登録者数は二人だった。


 紛れも無い、黒歴史である。


 その動画について詳しく知れたのは、まだその動画が投稿サイトに残っていたから。


 鷺ノ宮も井上も、よく調べ上げたものである。


 部員の努力に関心していると、今日もご本人が登場した、


 いつも通り、下駄箱の前までやってくる。しかし今日は開けずに一旦立ち止まり、深呼吸をした。


 そして、意を決したような表情をすると、おそるおそる下駄箱を開ける。


「……やっぱりか」


 頭に手をやって大きなため息を吐くと、岩野は仕方なさそうにラブレターを丁寧に鞄にしまい、今日もギリギリスマートに去って行った。


 この日の夜、鷺ノ宮から、岩野が例の動画を削除したという報告が来た。



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