第5話 最初の相談者『井上可憐』3

「……冗談だよ」


 負けてしまった……鷺ノ宮の圧に。 


 俺がこんなに恋愛観狂ったのはお前のせいなんだからな?


 突然、井上が笑いだした。


「なんか二人、面白いねっ」


 俺たち、いや特に俺のゴミ恋愛観を聞いて、井上は緊張感が解けたようだった。肩の力が抜けている。ギャグとでも思ってくれたのだろう。


「「ど、どうも……」」


 それに対し俺と鷺ノ宮が苦笑いしていると、井上は落ち着いた様子でありながら、照れくさそうに言った。


「好きなとこか……。やっぱり……、同じクラスだった去年、いつも優しく話しかけてくれたことかな」


 すると、もう言い終えたということか、井上は居心地悪そうに身体をよじった。

 俺はつい、素直な感想が口から溢れ出てしまう。


「それだけ!?」


 それを受けた井上は、不安そうに聞いてくる。


「え、きっかけってみんなそんなものじゃないの?」

「あー、……そうだな。うん、そんなもんだ」


 俺は慌ててはぐらかした。井上の俺を見る目が、「恋愛に精通している人」を見る目だったからだ。


 危ない、忘れていた。向こうは俺と鷺ノ宮のことをそういう風に思っているんだった。


 恋愛は全くわからんので受け答えにも一苦労である。一般的な恋の落ち方など俺は知らない。


 ここでふと、俺は一つ嫌な予感がした。


「……もしかしてだけど、岩野って人、井上さん以外にも優しい?」

「うん、誰にでも優しいよ? またそこが良くて……」


 井上は、岩野を思い浮かべているのかうっとり顔だ。随分と彼にご心酔なよう。


 でもその岩野って男、今の話からするに、どう考えてもただの性格良さげな陽キャなのでは? うん、確実にそうだろう。


 つまり、向こうは恋愛感情など関係なく、井上に話しかけているということだ。


 井上は、それに気づいている上で岩野が好きなのだろうか。言いにくいが、これは確認しておかなければならない。


「ほぼ確実に、岩野は井上さんに好意を持っているわけではないと思うが、それは分かっているのか?」


 その岩野だって、突然井上に告白されても困るだけだろう。

 井上は一瞬、怯んだような表情になったが、でもすぐにそれを振り払うように力強く頷いた。


「うん。それでも、想いを伝えて、結ばれたい」

「そうか……」


 こんな完全なる片想いを成就させる方法など、当然俺には全く分からない。

 すると鷺ノ宮が、井上の現状を踏まえた上での、考えを口にした。


「う〜ん……、毎日ラブレターを岩野先輩の下駄箱に入れるっていうのはどうですか?」

「毎日!?」

「はい、毎日」


 俺が尋ねると、鷺ノ宮は至って平然と答えた。彼女なりに、真面目に言っているようだ。


 なので俺は鷺ノ宮を信じ、今日、下駄箱に入っていたラブレターが、毎日届くということを、真剣に想像してみた。


「――怖いわ!」

「なんでですか?」

「いや、普通に考えて怖いだろ……」


 あんな長文のラブレターが毎日も下駄箱に入っているなんて、想像しただけでぞっとしてしまう。いや、長文でなくても怖いだろう。


「そうですか?」


 鷺ノ宮は、俺の言っていることが心の底から分からないといった表情で、きょとんと首を傾げている。


 真面目に考えた結果、こんなことを思いつくとか、お前、恐ろしすぎるよ……


「たとえばそれで意識してもらえるようになったとして、その後は?」

「その後は、ラブレターを彼の家のポストにも入れたらいいんです」

「なぜ!?」

「そんなの、学校の下駄箱だけじゃ愛を伝えきれないからに決まってるじゃないですか!」

「もっと別の愛の伝え方があるんじゃ……」


 先程からの、至って真面目な鷺ノ宮の表情から俺は分かった。


 彼女は恋愛実力テストを、ただ自分の思うままに書いて高得点を取ったんだ。恋愛に関する知識があるわけではなく、あくまでも自己流で。


 おそらく彼女の解答用紙は、ものすごい答案で埋め尽くされていたに違いない。なのになぜ、高得点だったのだろうか。まぁそれに関しては、俺についても言えることだが。


 恋愛実力テストとは一体……?


 しかし俺たちはもう、俺たちの恋愛コンサルティング部のスタンスを決めたんだ。今さら変える気はないし、むしろ俺たちにはこの方法しかない。


 だから、このまま続ける以外ないのだ。


「じゃあ、それをやった次も聞いてもいいか?」

「その次ですか? その次はもう、告白するだけですよ?」

「もう告白するの?」

「多分、それで上手くいくと思います」

「そう、かね……」


 妙に自信ありげに言い切った鷺ノ宮に対し、俺は曖昧な反応で返す。


 善し悪しは一旦置いといて、彼女が告白までのプランをあっさり考えてくれたことは素直にありがたいが、しかし、その案には懸念点が見受けられるのだ。


 俺は、したり顔の鷺ノ宮に話しかける。


「ラブレターを送りまくるだけだと岩野に意識はしてもらえても、井上さんに好意を持ってもらえるかは分からないんじゃないか……?」

「ああ、それは問題ないですよ!」


 鷺ノ宮が、ピンと指を立てた。随分と楽しそうだ。


「ラブレターは、ただのラブレターじゃないですから」

「どういう意味?」

「ラブレターには普通、『好きです』ってことを書くじゃないですか?」

「そうだな」

「でも今回はそれだけじゃなくて、その後に毎回、『誰も知らないような岩野先輩の秘密』を一つ書くんです」

「……なんで!?」


 つい、間抜けな声が出てしまった。俺にはその意味が全くわからい。しかし、今の鷺ノ宮が冗談を言うわけがないので、彼女なりの何か、しっかりとした考えがあるのだろう。


 鷺ノ宮が首を横に捻って、さも当然のことであるかのように聞き返してきた。


「なぜって……、岩野先輩に『自分は誰よりもあなたを理解してる』って示すためですよ?」

「あ、あー、そういうこと……」


 なんだかちょっと重い気がするのだが……もう細かいことは気にしないでおく。




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