第4話 最初の相談者『井上可憐』2
「やっぱりか……」
俺は鷺ノ宮のこの、狂気に満ちた表情をよく知っている。絶望という言葉がよく似合い、何をしでかすか分からないこの表情を。
こうなる条件はただ一つ。
――俺が、鷺ノ宮以外の人間と長時間話すこと。
ただ、それだけなのだ。その相手が女であろうが男であろうが彼女には関係ない。中学の頃から変わっていないようだ。
俺は井上と少ししか話していないが、鷺ノ宮の中では長時間と判断されてしまうらしい。
そして多分、正気に戻す方法も変わっていないはず。あまり使いたくない方法なのだが……
しかし、躊躇っている暇はないらしい。俺はこの鷺ノ宮に慣れているから別に怖くないが、井上は椅子に座ったまま顔を引き攣らせ、怖気付いてしまっている。
「仕方ないか」
俺は間隣の鷺ノ宮の頭の上に手を乗せ、優しく撫でた。
すると、あっという間に目に光が戻り、彼女は正気に戻った。
「先輩大好きー!」
鷺ノ宮が、純粋で幸せそうな笑顔を向けてくる。これが正気ってのも受け入れづらいが、これが鷺ノ宮哀葉なのだ……。
ふと井上が前のめりになり、興味津々に俺たちを見てきた。
「二人って、付き合ってるの?」
「……やっぱ、そう思われちゃうよなぁ」
「違うの?」
俺は即座に、無駄なことを言いそうな鷺ノ宮の口を抑えて必死に訴える。
「違う、違うんだ!」
「でも……」
「違うんだ! 分かってくれ!」
「わ、分かった……」
突然の俺の勢いに驚いたのか、ちょっと引き気味だったが、井上は多分分かってくれた。
本当に、変な誤解をされるのは面倒なのだ。
俺と鷺ノ宮は付き合っているようにしか見えないと言うことは、認めたくないが自覚している。
別に「付き合っている」と誤解せれるのはいいのだが、そこからは根も葉もない、ただ噂する側が楽しむためだけのような、くだらないデマが流れ始める。それが厄介なのだ。
俺は、鷺ノ宮の口から手を離すと、即座にハンカチで拭いた。
「嘗めてんじゃねぇよ……」
「そんなこと言って〜、私にベロベロされて、嬉しかったくせに」
「はいはい。嬉しかった嬉しかったー」
鷺ノ宮が、抑えていた俺の手をずっと嘗めてきていたので、彼女の唾液まみれになってしまったのだ。本気で今のは引くぞ……現に井上もちょっと引いてるし。
するとそんな鷺ノ宮が、真顔で呟いた。
「ところで井上先輩、相談の要件についてはまだ話さないんですか?」
「お前……」
なんか色々あったせいで、前置きが長引いてしまっている。全部あなたのせいでね。
俺が井上に顔を向けると。
「……あ、……えっと、……その」
突然に慌て出した。壊れたおもちゃみたいな音を出している。いざ自分の相談の話になって、動揺してしまっているのかもしれない。
鷺ノ宮が、優しい口調で話しかける。
「落ち着いてください、井上先輩。大丈夫、大丈夫ですから、言ってみてください」
すると、何が大丈夫なのかは全く分からないが、鷺ノ宮の言葉を聞いた井上は真剣な表情になると、勇気を振り絞るようにして再度口を開いた。
「……ウチ、隣のクラスの
――その瞬間、俺は固まった。ヤバい、マジの恋愛相談がきてしまった。……え、正直俺は、告白の二歩手前くらいのゆる〜いやつを想像してたのだが、よりによって典型的なガチの恋愛相談がきてしまった。
しかも井上は俺たちに、期待の眼差しを向けてきている。これ、絶対にお役に立たないといけないやつじゃん……。
もちろん俺には恋愛の知識などない。なぜ、適当にラブコメの知識だけで書いた恋愛実力テストが高得点だったのか、知りたいくらいだ。
なので俺は今度こそ、ちゃんと実力のある鷺ノ宮に頼ることにする。
「鷺ノ宮、何かいい方法ないか?」
「そういう先輩はないんですか? 先輩だったら素晴らしい告白方法、いっぱい知ってますよね?」
怪訝そうに、鷺ノ宮がこちらを覗いてくる。ってか、なんで俺が「恋愛マスター」みたいにになってるんですか……
しかし、こう言ってしまえば一発だ。
「いや、俺はどうしても鷺ノ宮の意見を聞きたいんだ。絶対に、お前の意見が必要なんだ!」
「私の意見が必要……、私が、必要? ……もちろんです! 私が素晴らしい告白の仕方を教えてあげましょう!」
鷺ノ宮が、デカい胸を張ってえへんと言い張った。
予想通りだ。これくらいのやり取りには慣れている。なんだか勝手に言葉が書き換えられていたような気がしたが、まぁいいだろう。
俺の腕をガシッと掴み、鷺ノ宮がブンブン揺らしてくる。
「その代わり、先輩も補佐はしてくださいね。私、一人じゃ心細いんで」
「ああ、もちろんだ。とにかく鷺ノ宮がアドバイスを出し、俺がアシストする。完璧じゃないか!」
頼んできた鷺ノ宮に対し、大きく頷く。これで、恋愛についての知識がある鷺ノ宮と、特に何ができるわけでもない俺の、恋愛コンサルティング部の最善の形が出来たのではないだろうか。楽だし。
「はい!」
「これからこういうスタイルでやっていこう!」
「もちろんです!」
俺と鷺ノ宮は、硬い握手を交わした。それを井上が、訝しむように見つめてきている。その目は、「やっぱり二人、付き合ってるんじゃ……?」と語っている。
しかし、今のは断じて違う。誰にでもあるはずだ。普段そんなに仲良くない人と、たまたま話が盛り上がるという経験が。今のはそれだ。
藪蛇になっても困るので、俺は井上の視線を無視して、鷺ノ宮に言う。
「じゃあ早速、告白の方法について教えてくれ、鷺ノ宮」
「う〜ん、それなんですけど、その前に井上先輩に聞いておきたいことが」
顎に手をやり考える仕草をしながら、鷺ノ宮が井上を見た。
井上が首を傾げる。
「どうしたの?」
「岩野先輩の、どんなところが好きなんですか?」
「へっ? えーっと……」
それを聞いた井上は、俺たちから視線を逸らして髪を弄り始めた。顔は真っ赤だ。それが、窓から差し込む夕映えを受けたせいでないことは言うまでもなかった。
確かに、岩野とかいう奴のどこが好きか分からなければ、アドバイスのしようがない。鷺ノ宮、まともなことも言えるんじゃないか! ちゃんと恋愛の知識はあるようだし、安心だ。
俺は、回答に手こずっている井上に、参考になるか分からないが、具体例を教えてあげることにする。
「難しく考えなくてもいいんだぞ? 例えば、近くにいる時は一生黙っててくれるとか、三ヶ月に一回くらいメールをくれるとか……」
「先輩、何言ってるんですか?」
途中で鷺ノ宮に遮られてしまった。アホを小馬鹿にするような声音で。
「だって精神削らなくてもいいように関わってくれたら、好きになっちゃうでしょ?」
「あ、それ先輩の恋愛観だったんですね。でも、もちろん冗談ですよね?」
鷺ノ宮が、怖いほどの笑顔を俺に向けてきた。
「いや、結構ガチ」
「冗談ですよね?」
「だから割とガチだって……」
「冗談、ですよね?」
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