第39話 結婚

 まさかそんな偶然があるとは夢にも思わなかった。それからM達は色々な情報交換をした。その方はご自身以外のLGBTQ+をカミングアウトされている方と会話したことがなかったそうだ。M達は思いがけず同士になった。


「失礼ですが、こういったお話はやはりたくさん受けていらっしゃるのでしょうか」


 Mはそこが気になった。興味がなさすぎてほとんど事前資料に目を通していなかったけれど、まがりなりにも両親が認めた方だから、それなりの家柄の方だろう。それでMよりも年上であれば、いずれMがたどる道を経験されているかもしれないと思ったのだ。


「そうですね、この年になって、特に両親の焦りを感じるようになりました。お知り合いの方の娘さんや息子さんがちらほら結婚し始めていることが原因でしょうね」


 その方はあくまでも誠実にそう答えてくれた。


「ご自身ではどう考えていらっしゃるんですか」


 Mはさらに踏み込んだ質問をした。


「実を言うと生涯独身でもいいと思っていたんです。幸い友人にも恵まれていますし、仕事もやりがいがあります。十分満たされた人生だと思っています。しかし、両親の目にはそんな風には映らないのでしょうね。必死な両親の姿を見ていると、申し訳ない気持ちもあります」


 それはMにもとても良く理解できたので、静かに頷いた。


「ご両親にカミングアウトはされないのですか」


 少し踏み込み過ぎかとも思ったが、どうしても聞きたくて聞いてしまった。


「どうでしょう。今はその気はありません。むしろ誰にも話さず棺桶まで持って行こうと思っていたんです。それがまさかこんなところで話すことになるとは思ってもみませんでした」


 それを聞いて、Mはカミングアウトを強制してしまっただろうかと少し不安になった。しかし、その方はとても爽やかに微笑まれた。その顔には微塵の後悔もないように見えた。


「そうですか。誠実にご回答いただきありがとうございます。とても参考になりました」


 そうお答えすると、貴方はどうですか、と目が語り掛けてくるようだった。


「私はまだ分かりません。その時になってみないと。生涯独身でいることになんら躊躇いはありません。それでも、両親の切なる願いを前にした時、期待に応えたいと思うのか、本当のことを話して理解してほしいと思うのか。その時になってみなければ」


「……そうですね」

 その方は、Mの言葉を受けて先ほどよりも少し陰りのある笑みを浮かべられた。




 気が付くと、それなりの時間が経過していた。あまり長々と待たせると、見合いがうまくいったのではと誤解されてしまう。


「そろそろ参りましょうか」


「あの!」


 Mがそう言うと、その方が少し緊張した様子で声をかけた。


「お互い、考えてみませんか」


 これまでにない切実な声だった。


「考える、とは?」


「今後のことです。例えばお互い恋愛感情はないという前提で、家族になることもできるのではないでしょうか」


 その方の目は真剣だった。


「それはいわゆる、友情結婚というやつでしょうか」


「すいません、その言葉は初めて聞きました。ですが、そうかもしれません。友情前提の結婚。でも、お互いメリットがあると思いませんか。両親を安心させることができます。周囲にもヘタな嘘をつかなくてよくなります。恋愛感情がない分、理性的に家庭内のことを決断できます」


 それだけ言うと、その方は名刺を取り出し、裏に連絡先を書いたようだった。


「もし、前向きに検討いただけるようでしたら、ご連絡ください」


 そして、その名刺をMに手渡した。


「では、参りましょうか」


 気が済んだのか、その方は立ち上がろうとする。


「お待ちください」


 それをMは静止した。


「何でしょうか」


 少し驚いたような顔でその方が尋ねる。


「これはフェアではありません」


 Mが目を見据えていつもの調子でそういうと、その方は困ったように笑った。


「やはりご迷惑でしたか」


 そうおっしゃったので、Mは首を振る。


「そうではなく。一方的に片方が連絡先を知っているのはフェアではないと思うのです」


 そう言って、Mもメモ帳に連絡先を書いてその方に差し出した。


「あなたももう一度真剣に考えて。それでやはりこの話を進めたいと思うのであれば連絡をしてください」


 そう言った。すると、その方は一瞬きょとんとされた後、とても穏やかに微笑まれた。


「ありがとうございます。その通りですね」


 そう言って、Mのメモを受け取った。


「この話がどういう結論になっても、貴方と話せてよかった。これだけは間違いなくそう言えます」


 その方は最後にそう言って、満足そうに微笑んだ。

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