第34話 ミライの恋
それは幼稚園の頃。
「みんなは好きな人いる?」
女の子同士で集まって繰り広げる恋の話。私の大好きな時間。
「私はねぇ、ひろくん」
「私はたっくん」
「私もたっくん好き」
当時は恋かどうかもよく分からなかったけれど、それでも好きな人の話というのをみんなでこそこそ共有するのは、ちょっと大人になったような気がしたものだ。
「
そう聞かれて、私は意気揚々と答える。
「かずきくんとゆりちゃんとのぶくん!」
「違うよ、好きな人だよ」
すると、なぜかそう言われてしまう。
「え、みんな好きだよ?」
「あのね、
おませな友達が呆れたようにそう言った。
私には好きな人がたくさんいた。かずきくん、ゆりちゃん、のぶくん。でも、本当に好きな人というのは一人だけなんだそうだ。私にもいつかそんな人が出来るのかと思うと胸が高鳴った。物語のお姫様のように、いつかたった一人の素敵な王子様が現れる。そう信じていた。
小学生になって、ついに私はそんなたった一人の人に出会ったのだと思った。その子はショートカットでボーイッシュな服を着て、困っている子がいたらすぐに助けに行くような子だった。その子は誰よりもかっこよかったし、その子のことを考えるとドキドキして、授業中もついつい目で追ってしまう。本当は一緒に遊んだりもしたかったけれど、恥ずかしくて声をかけられなかった。
「みんなは好きな人いる?」
それはいつもその一言から始まる。
「絶対に内緒にしてね!…………てつくん」
そんな風に答える子。
「今はいないかな。みんなガキっぽいんだもん」
こんな風に答える子。
女の子同士で集まって繰り広げる恋の話は、幼稚園の頃から変わらない。でも、その頃よりは少し事情が変わっていたらしい。
「
いつものように順番が回ってきて、私はどきどきしながら答えた。
「実は、
そうやって告白するのはとっても緊張したし、恥ずかしさからか顔に熱が集まってくるのを感じた。
「あのねぇ、
でも、またも呆れたようにそう言われてしまう。
「えっと」
その反応に私は出鼻をくじかれた気持ちになった。でも、本当に
「仮にそうだとしたら、
友達の一人がそう言った。
「レズ?」
聞いたことのない言葉に首をかしげる。それはみんなも同じようだった。すると、その発言をした子が得意げに言った。
「レズビアンだよ! 女の人なのに女の人のことが好きになっちゃう人なんだって!」
すると、周りの子たちが笑い出す。
「えーなにそれー? 変なのー?」
「あれかな? ホモの女版」
「オカマの反対はオナベじゃなかった?」
そんな風にきゃいきゃい笑っているみんなの中で、自分の心が急速に冷えていくのを感じた。あんなに熱くなっていたのに、今は氷のように冷たい。
「で、
ひとしきり盛り上がった後に、改めてそう聞かれる。
「えっと……男の子の好きは人は、まだいないかなぁ」
努めて明るくそう答えた。すると、
それからはとても情緒不安定な日々が続いた。
「集中できないなら危ないから帰れ!」
師範にそんな風に怒られて、いつもよりもだいぶ早く稽古を切り上げることになった。ふさぎ込んだ気持ちで帰り道の公園に差し掛かった時、よく知った人を見つけた。
「あれ、
その時の自分のあさましい気持ちに、今でも背筋が凍る。自分はもっと純真無垢な存在だとどこかで信じていたけれど、実はとても醜悪で残酷で利己的な一面があるということを知ってしまった。
ああ、
私は苦しみから解放されて、大好きな人と秘密を共有する友達になれた。一緒に遊んでみたい、仲良くなりたい。そんな風に願っていたことが現実になった。一緒の時間を過ごせば過ごすほど、大好きな気持ちはより強くなった。世界というキャンバスの彩度が上がってあざやかに輝いて見えた。何もかもがとても順調だった。
だけど、その後私はまた別の問題に悩まされることになった。好きな人は一人だけ。そのはずなのに、一緒に遊んでいるうちにハルのことも好きになってしまった。ハルは一見すると守ってあげたい雰囲気だけれど、実はしっかり周りを見ていて、ふとした時にするどい指摘をすることがあった。独特の感性を持っていて、お話をしているといつも新しい発見があった。それが楽しくて、もっと話を聞きたくなって、気づくといつも話しかけてしまう。ハルといると安心して、心が温かくなるのを感じた。
私が本当に好きなのは、コウ? ハル? コウは女の子だけど男の子? ハルは男の子だけど女の子? どっちを好きになったら普通? どっちが本当の好きだったら変じゃない?
何が何だかわからなくなって、結局私はこの気持ちに結論をつけることはなかった。両親の方針で中学受験をすることになり、勉強に忙しくなったことも、この問題から目をそらすのに一役買っていた。
その後、無事受験が終わり、小学校を卒業して、私はコウと同じ女子校に通うことになった。コウの進路が決まった時はとても心配したけれど、コウのお母さんがとても厳しい方だということは知っていたし、私にどうこうできる問題ではなかった。それに、女子校というのは同性しかいないことが前提とされている空間で、むしろ性別というものを忘れられる場所だった。コウは最初こそ慣れない環境に苦労していたみたいだけれど、慣れてくるとそれなりに楽しく過ごしているようだった。恒例の恋バナも鳴りを潜め、私は恋愛的な悩みから解放されていた。
そう、マヨちゃんに出会うまでは。
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