第147話怨霊編・真その14

 真っ直ぐうちに帰ったが、家には父さんの姿はなかった。炊飯器を買いに行ってから戻ってこないというのも変な話だが、ウチではよくあることだ。おそらく急用が出来たのだろう。せめて連絡ぐらいは欲しかったのだが。

 そして俺は帰宅してから再び富士見に連絡をしてみたが、やはり繋がらなかった。

 続いて智奈、同志先生、シーナ、それから父さんと連絡を取ってみたが誰にも繋がらなかった。俺の携帯が壊れてしまったのだろうか?

 しかし連絡が取れない以上やれることはない。だから俺は大人しく眠りについたのだった。

 そして、翌朝。目覚ましのアラームが鳴り響く。


「う……重い……」


 体が重い。まるで何かが体にのしかかっているかのようだった。


「いやアンタ。よく見ろよ」


「??」


 テーブルに置いてあるヘッドホンは心底嫌そうな声を出した。

 なんだ? 何を見てそんな声を出したんだ? そう思って俺は起き上がろうと体を起こす。


「は……?」


 すると、丁度俺の足を枕にして何故か妹の恵子が眠っていたのだ。しかし意味がわからない。そもそも何故ここに恵子がいるのだ?

 今日は10月3日、月曜だ。学校もあるはずだ。だというのにどうして恵子は俺の家にいて、そして眠っているんだ?


「お、おいヘッドホン。これはどういう状況だ? 俺は昨日の夜、酒でも飲んだのか?」


「知らない。アタシが起きた時にはもう妹はいたよ」


 現在時刻は午前10時。またしても起きる時間が遅くなっていた。そもそも本来であれば今日は学校だ。完全に遅刻なのだが……俺もワルになったもんだ。今日は元々サボる予定だったのだから。

 そしてヘッドホンは大体俺より早く目覚める。おそらく8時ぐらいにはもう目覚めている。その時間に既にいたとなると、一体どのタイミングでウチに来たというんだ?


「しっかし……気持ちよさそうに眠るな」


 俺はぐっすりと眠る恵子のほっぺをつついてみた。マシュマロみたいに柔らかいほっぺだ。昔もよく触ったっけ。


「……ふふ」


「おいアンタ。顔がヤバい。気持ち悪い」


「なっ!!」


 酷いことを言われた。唯一の楽しみを奪われた気分だ。


「っ!! こうなったら最大級のもてなしをしてやるっ!!」


 俺はそう高らかに宣言すると、両手を使って恵子の頬をつまんだ。そしてうねうねと激しく動かす。


「うにゃ……お兄ちゃん……っ!! ちょ、ちょちょ、やめい! やん、やめんかい!!」


「お、起きたか」


「バカ兄貴!!」


 バシッと頭を叩かれた。うん、痛い。


「可愛い妹のほっぺをいじるとかサイテーだから!」


「いや、昔はお前から触って〜ってねだってきたじゃん」


「う、うるさいっ!」


 むすっとした表情をすると、恵子は俺の部屋から出て行ってしまった。

 そして、5秒後に戻ってきた。


「って違う! そうじゃないって兄ちゃん!!」


 バンっと布団を叩く恵子。埃が舞うのでやめてほしいものだ。


「恵子。そもそもお前いつからここにいたんだ? っていうか何しに来たんだよ」


「姉ちゃんがどっかに行っちゃったんだ!」


「は?」


 何言ってるんだ。姉ちゃんがどっかに行った、だと?


「兄ちゃんどうしよう。なんで姉ちゃんいなくなっちゃったの?」


「ま、待て。状況がわからん。とにかく下で話そう」


 まるでわからない。どうして姉ちゃんがいなくなる。しかしそれがただ事じゃない気がしたのは気のせいではないと思う。まさか今回の事件に巻き込まれたとかじゃ……

 とりあえず俺たちはリビングへと向かった。腹も減っていたので適当に置いてあった食パンを手に取る。


「で、まず確認だ。詳しく説明してくれ」


 恵子も腹が減っていたのか、パンを手に取り食べ始めた。


「姉ちゃんが4日にこっちに来る予定だった話は聞いてる?」


 なんだそれは、初耳だ。


「えっと、お父さんには伝えたらしいんだけど……とにかく、姉ちゃんは4日にこっちに来る予定だったんだ」


 父さん、なぜそれを黙っていた……我らの姉ちゃんが来るというに!


「そんな時だよ。昨日のニュース。殺人事件の」


 瀬柿病院で起きた殺人事件のことだ。結局あれから何か進展はあったのだろうか? 富士見達と連絡が取れない以上、現状を把握するにはテレビで確認するしかない。


「そしたら姉ちゃんさ……兄ちゃん達のことが心配になったみたいで……急遽明日行くって言い出したんだ」


 明日、それはつまり今日のことだ。本来であれば4日に向かうつもりが、3日に向かうことにしたというだけのことだ。


「なのに……あたしが気づかないうちに姉ちゃんいなくなってて……それから探したんだけど全然見つからなくて」


 つまり、姉ちゃんは恵子に黙ってこっちに向かった。そう言いたいのか。


「携帯に連絡してもなぜか繋がらないし……それでやっぱりこっちに向かったんじゃないかって思って……それで昨日の夜中にこっちに来たの」


 昨日の夜中か。確か昨日は11時ぐらいにはベッドに向かっていた。恵子がその後に来たとしても気づかなかっただろう。


「あたしはここに姉ちゃんがいると思ってた。だけどいなかった。だから怖くて……だけどあたしも眠気には勝てなかったみたい」


 それで恵子は俺に相談しようとして部屋に来たが、眠気に負けて寝てしまったということか。


「それに……あたし、この前ちょっと怖い夢を見たんだ」


「……怖い夢か」


 まただ。また怖い夢、つまり悪夢だ。もうここまで来ると怨霊と関係なかったら逆に驚く。


「うん……あたしの前から姉ちゃんと兄ちゃんがいなくなっちゃう夢。すごく怖かった……だからそれもあって姉ちゃんがいなくなったのがすごい不安なんだ」


 恵子は俺に近寄って頭を俺の胸に押し付けた。恵子も不安だったんだ。


「そうか。なら見つけよう、姉ちゃんを」


 俺は恵子の頭をポンと叩いた。恵子は急に恥ずかしくなったのか、すぐに距離を置いた。


「ふ、ふん! そんなことより兄ちゃん今日学校はないの? こんな時間まで寝てるなんて」


 恵子はパンを食べきるとココアを入れ始めた。


「いや、あるけど……今日は元々行かないつもりだった」


「何それ。サボり? 兄ちゃんいつからそんなワルになったの? まああたしも人のこと言えないけど」


 やはり恵子も学校があったんだ。それはお互い様ということだ。

 俺には今日、約束があった。万邦夜美奈こと怨霊αと話をするために。

 しかし姉ちゃんのことが気がかりだ。やはり姉ちゃんを探すことを優先すべきだろうか。


「ねえ、そういえばお父さんは? いないみたいだけど……今日は仕事なの?」


「え? いや、わからん。昨日から戻ってないんだ」


「ふーん……」


 恵子はテレビのリモコンを手に取る。


「なんか、よくわからないことだらけだね。なんだかあんまり良くないことが起きてるって感じ」


「……」


 その通りだ。この街では確実に良くないことが起きている。しかしその原因を作っている存在を倒して仕舞えば……


「あ、これ……兄ちゃん見て!」


 恵子の言葉を受け、俺はテレビに目を向ける。そこにはこう表示されていた。


『来遊市で大規模な電波障害発生』


「電波障害……」


 昨日の午後12時あたりから大規模な電波障害が発生していたようだが、一部の携帯には影響がなかったらしい。


「あ、これってエクストリーム4じゃん。これ使ってる人は電波障害の影響受けないの?」


 最近発売された新型の携帯には影響がなかったそうだ。それよりも古い携帯に影響があるらしく、だから俺や父さん達は連絡が取れなかったのだ。在庫がなくなるほどの売れ行きなのだ。手にした人もそう多くないはずだ。


「これじゃあ連絡が取れないわけだ……」


「でも公衆電話なら大丈夫みたいだよ」


 確かにニュースを見るとそう言っている。つまり、新型の携帯か公衆電話なら問題ないということか。


「っても公衆電話なんて今時そうそうないだろ」


「それは言えてるかも。あたしも最近見ないもん」


 そんなことを言っていると次のニュースが流れた。


『えー、今私は瀬柿病院前に来ております。昨日ここで、殺人事件が起きたということですが……』


 瀬柿病院の前でライブ中継をしていた。相変わらず立ち入りは禁止となっているようだ。むしろ、厳重になっているようにも見える。

 そんな時だった。その背景に、とある人物が映った。


「え?」


「なっ……!」


 恵子と俺はほぼ同時に声を上げた。そこには、姉ちゃんが映っていたのだ。もちろんはっきりとではないが、遠目で見てもあれが姉ちゃんであることはよくわかる。

 そして恵子はおそらく姉ちゃんを見て声を出したのだろう。

 だけど、俺は違う。姉ちゃんが映っているという事実よりも、そこに一緒にいた人物に驚愕したのだ。


「なんで……」


 忘れもしない。茶色のジャケットを着ていて、白いスカーフが目立っている男。

 俺はこの男を、いや。俺たちの敵である男を知っている。


「音夜……斎賀……!」


 この2人がなぜか一緒にいるのだ。そして、会話をしているように見える。おかしい。どうしてこの2人が一緒にいる? 共通点なんて全くないというのに。


「兄ちゃん! 姉ちゃんはここにいるんだ! 早く追いかけようよ」


「い、いや待て! この一緒にいる男が危険なやつなんだ。慎重にいかないと……」


 ダメだ。思考が追いつかない。


「そんな危険ならなおさら助けに行かないと!」


 恵子は焦っているのか、急いで廊下に向かって走り出した。


「お、おい! 待てって!」


 俺も恵子を追おうと立ち上がる。理解しようとしても追いつかない。

 そんな時だった。さらなる最悪の悲報が、今告げられようとしていた。


『速報です! えー、昨日の午後8時頃、1人の女性が何者かに刺されたという情報が入りました。刺した人物は錯乱した警察官とのことで、刺された人物は高校の教師という情報も入っています……それから刺された人物のすぐそばにも別の女生徒が倒れていたとの情報も入っておりーー』


 なんだ、それは。刺された? それは誰だ。俺の知らない人間か? それならいいわけではないが、少なくとも俺個人としてのダメージは少なくなる。だというのに。

 どうして、俺はそれが違う。そんなはずはない。そしてそのそばに倒れている人物が誰かなんて想像もしたくない。

 やめてくれ、違うと言ってくれ。だけどーー


『たった今入った情報です。刺された人物は同志辰巳さん24歳。場芳賀高校に勤めている非常勤講師です。刺した警察官はーー』


 それは、叶わなかった。


「なんだよ、それ」


 同志先生が刺された。それも錯乱した警察官だと? それはつまり、怨霊に取り憑かれた人間しかありえない。


「ふざけるな……ふざけるな!」


 どうしてこうなる。なんで同志先生がこんな目に合わなければならないんだ。


「おい。いつまでそこでじっとしてるつもりだ、兄貴」


 と、廊下から声がする。いや、待て。今の声はなんだ? 今ここには俺とヘッドホン。それから恵子しかいないはずだが……


「さっさと助けに行くぞ。それともなんだ? 怖じけずいたのか?」


 廊下から姿を見せたのは恵子だった。だけどそれは恵子であって恵子ではなかった。

 俺はこいつを、知っている。


「地縛霊……お前、なんで……」


 ニヤリと恵子は、地縛霊は笑った。この数分であまりにも色々なことが起きてしまった。少し、頭を落ち着かせよう。そうでもしなければ、まともな思考を保つことは出来ない……

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