第141話怨霊編・真その8

 午後6時。もう日も暮れてしまった。結局変わったことは何もなく、調査は無駄に終わってしまった。

 あれからイベントホール周辺の警備は変わらず、結局爆弾が見つかることもなく、爆発もしなかった。

 やはり誰かのいたずらだったのだろうか? そんな考えが脳裏に浮かぶ。ともあれ、何事もなく今日という1日が終わろうとしていた。

 ただ気になる点が1つあり、富士見や智奈、それにシーナや同志先生などと連絡が全く取れなくなっていることだった。単純に連絡が取れないような状況になっているだけなのか、真相はわからない。

 何かあったのではないか、という考えも否定はできない。しかし携帯で連絡が取れない以上、確認のしようがなかった。

 だから今日はおとなしく帰って明日考えよう。そう思って帰宅しようと思っていたのだ。

 そう、帰宅しようと思っていたのだ。


「さあ、食べなさい。早くしないとせっかくの料理が冷めてしまうわよ?」


 それが、どうしてこうなった。


「それとも何? あなたはもしかして中華はダメだった? イタリアンをご所望だったのかしらね」


 俺は今ある人物と、とある中華料理店に来ていた。その経緯を話そうと思う。

 イベントホールを調べたのち、先ほど語った通りに帰宅しようと思っていた。

 そんな時だった。1人の人物が俺に話しかけてきたのだ。


「あなた、怪奇谷魁斗でしょ? 相談に乗って欲しいんだけど。幽霊の」


 第一声から唐突過ぎると思った。そんな声の主は女の子だった。髪型は富士見と同じぐらいの長さで、どこかの高校のセーラー服を着ていた。肌はかなり白く、透き通っていた。全然日の光を浴びていないかのようにも見えたし、悪く言えば不健康そうにも見えた。

 突然のことに俺も言葉を失ってしまったが、少女は俺に助けを求めたのだ。それに幽霊関係ときた。このタイミング、何かわかるかもしれない。そう思って話を聞くこととなったのだ。

 と、なぜ中華料理を食べることになったのか。理由は単純、彼女のオススメだからだそうだ。


「ちょっと、聞いてるの?」


 少女は不機嫌そうに俺を見る。


「え? ああごめん。中華は好きだぞ。特に麻婆豆腐が」


「いいわね。私も麻婆豆腐は好きよ。でも1番好きなのは回鍋肉ね。あなたも食べてみる?」


 少女は自分で頼んだ回鍋肉を一口、と俺に差し出してきた。そしてなぜか口を開けてあーんとしている。


「お、おい。どういうつもりだ……恥ずかしいからやめてくれ」


「あーんしてあげようと思ったんだけど……嫌ならいいわよ」


 少女はしょんぼりする。おかしいだろ。初対面でいきなりあーんしてくる奴がいるか。


「それで? 相談ってなんだ? っていうか名前をまず教えてくれ」


 少女はなぜか不敵な笑みを浮かべた。


「最近、この街で何か起きていると思うのよ」


 少女は言った。この街で、何か起きていると。


「……どういう意味だ?」


「どういう意味もそのままの意味だけど? この街で何か起きている。それも良くないものが。それはあなたも感じているのではなくて?」


 少女は回鍋肉を口に入れた。満足そうに微笑んでいる。


「そう、だな。どうやらそうなっているらしい。だけどそれがどうして君にわかる?」


 俺には1つの考えが浮かんでいた。この少女は霊力が高いのではないかということだ。霊力の高い人間は幽霊を見ることが出来たりする。彼女もその類ではないかと。


「ねえ怪奇谷魁斗君。あなたは幽霊って信じる?」


 少女は俺の質問に答えずに逆に問いかけてきた。


「今更な質問だな。信じるもなにも、もう何度も目撃している。大体君もそれを知っていて俺に声をかけてきたんだろ?」


 幽霊相談所のサイトというのを見て声をかけてくる人は実際かなりいる。彼女もその1人のはずだ。


「そうね。知ってるわよ。それじゃあ幽霊がいるというのはいつから証明されたのでしょう?」


「幽霊がいるという証明……?」


 しかしどこか、少女は年相応とは言えない語りを続ける。まるで全く別の誰かが語りかけているかのように。


「そう。誰かが幽霊の存在を確認しなければ幽霊なんてものはもしかしたら存在しなかったかもしれない。そうは思わない? いわば、幽霊とは人間が生み出した存在とも言えると」


 少女は語る。幽霊の存在について。誰かが確認しなければ幽霊という概念は存在しなかったかもしれない。

 俺も今年の4月までは幽霊なんて存在は信じていなかった。だけど実際に確認してしまった。知ってしまった。幽霊が存在するということを。

 では、それを最初に確認したのは誰だったのか。


「幽霊という存在を知らなければ、除霊師や霊媒師、霊能力者なんて専門家も必要ないでしょう。誰かが知ってしまったのよ。幽霊という存在を」


 少女は淡々と語る。その姿はとても高校生には見えなかった。


「だけど。もしも、先に専門家が存在していたとしたら?」


 少女は目を細めた。


「先に?」


「幽霊という存在を確認する以前から、除霊師、霊媒師、霊能力者ら専門家がいたとしたら? あなたはどうするかしら?」


 少女はなにを言っているのだろう。幽霊に対処するために除霊師などの専門家がいるのだ。幽霊の存在が証明される前にいるわけがないじゃないか。

 それにどうする、とはどういうことだ。俺はどの立場で答えればいいのだ?


「質問が難しい。どうするってのはどういう意味だ?」


「そうね。仮にあなたが除霊師だったとしましょう。除霊師という役職についているものの、幽霊という存在をまだ1度も見たことがない。それどころか、本当に存在するかすらわからない状況。そんな状況であなたはどうするのかしら?」


 そんなこと、考えたこともなかった。いや、あるわけないか。

 幽霊が存在しないのであれば、除霊師など必要はない。そういう結論に至るのが普通ではないのか。


「俺だったら除霊師を辞める。存在していないのにそんな役割を持っていても仕方ないからな」


 第1この質問自体おかしいのだ。先ほども言ったが、除霊師などは幽霊が存在する前提で必要な専門家なのだ。幽霊が存在しなかったら最初から専門家など必要はないのだから。


「ま、そうよね。だけど」


 少女は再び不敵な笑みを浮かべた。


「それとは違う考えを持つ人間がいたとしたら?」


 それとは違う考え。辞めるという選択以外。幽霊が存在しない状況で除霊師などの専門家がいるとして。他にどんな選択肢があるというのだ。


「ま、そんなことはどうでもいいのよ」


 少女はあっさりと今までの話題を切り捨てた。


「私が聞きたいのはそんなことじゃないわ。怪奇谷魁斗君。あなたのことよ」


 少女は回鍋肉を食べ終えると水を飲んだ。そしてそれと同時に店員がデザートのナタデココを持ってきた。


「俺の、こと?」


「そう。あなたのこと」


 俺のこと、とはなんだ。彼女はそもそも何を相談するつもりで俺に声をかけてきたのだ。


「あなたは結局のところ、事件をどう収束させたいの?」


「は……?」


 少女はふざけているようには見えない。なんだ。この感覚は。少女は何を知っている?


「あなたは何のために怨霊と戦っているの? それは自分の為? それとも」


「お前はーー」


「富士見、のためかしら?」


 少女はニヤリと笑った。心の底から面白がっている。そんな様子だった。


「誰だ」


 俺はシンプルな質問をした。たった一言。お前は誰だと。


「私は万邦夜美奈……正確には万邦夜美奈に取り憑いている怨霊、というべきかしらね」


 少女は……いや。目の前にいる敵はあっさりと答えた。自らの正体を。


「お前が……富士見の言っていた万邦の妹。そして怨霊αか」


「あら。αだなんて名称までつけてるのね。勝手にのことも初代怨霊だなんて命名しちゃってね。となるとあの子たちはなんて呼ばれてるのかしらね」


 万邦夜美奈。例の爆弾魔として捕まった万邦の妹。そして、怨霊αに取り憑かれている少女だ。

 万邦夜美奈は原因不明の病に侵されているらしい。だからだろう。肌がこんなにも白いのは。彼女が外に出ていないからだ。


「どういうつもりだ。なんで敵であるお前が俺に声をかけた? 何が目的だ」


 やろうと思えばすぐにでも体を掴んで吸収することは出来ると思う。

 しかし場所が悪い。周りには普通に客もいるし、店員もいる。そんな状況で俺が無理矢理襲いかかったりなどしたら逆に俺の立場が危うい。


「まずその考えからどうにかしてほしいものよね。私は何もしていないのに敵だなんて決めつけちゃって」


「ふざけるなよ。お前らがどれだけこの街で脅威なのかわかって言っているのか?」


「この街で脅威、ね。それの何が問題なのかしら?」


 怨霊……ややこしくなるからこれから夜美奈と呼ぶ。夜美奈は不思議そうに俺を見た。


「自分の生まれた、育った街で私が活動することになんの問題があるのかしら?」


 夜美奈はナタデココを口に入れた。こんな状況でも食べる手は止まらない。


「それに私、何かあなたに迷惑をかけたかしら? 私の記憶が正しければあなたに会うのはこれが初めてだけど?」


「そうだな。俺とお前は初対面だ。会ったこともないし迷惑を俺にはかけてないかもしれないな」


 だけど。目の前の少女をはっきりと敵と断言できた。


「だけど、俺は知っている。お前が万邦に爆弾を作れと命令したのも。そしてそれを設置したのも。それでどれだけ多くの人に迷惑をかけたと思ってるんだ。少なくとも、俺の身近にいる人に迷惑をかけた」


 富士見もだし、それに同志先生もだ。一歩間違えれば死人だって出ていたかもしれないというのに。


「それに直接お前は関係ないかもしれないが、初代怨霊から分かれた別の怨霊にも会っている。そいつにも随分と遊ばれたな。それにもう1人……音夜斎賀。あいつにもだ」


 当時アイドルのキリコに取り憑いていた怨霊。そして音夜斎賀。会ったことはないが、いわゆる黒幕的存在の初代怨霊。

 全てに共通していることはーー


「何より、お前たちの目的は富士見なんだろ? その時点でお前たちは俺の敵だ。富士見に迷惑をかけている時点でそれはもう、俺に迷惑をかけたのと同じだと思え」


 夜美奈はナタデココを全部食べきった。そしてふう、と一息ついた。


「そう。それは結構なこと。面白半分で接触してみたけど、少なくともあなたの存在は邪魔になりそうね」


「なんだ、俺に怨霊でも取り憑けるつもりか?」


「そんなことが無駄だってわかってるわよ。まあいいわ。もしまた話すことがあれば話しましょう。そうね……明日とかどうかしら? 私としてはまだ話したいことがあるのだけど」


「だれが怨霊なんかと」


「そう? 私の……いえ。私たちの目的を話そうかと思ったのだけど」


 怨霊の目的。それは富士見が狙い、ということしかわかっていなかった。それを、こいつは教えるというのか?


「目的がわからないな。罠にしか思えない」


「それはそうでしょうね。でも私としてもあなたのことに興味があるのよ。それでもダメなのかしら?」


 夜美奈は首を傾げた。考えが読めない。どうして怨霊が俺と話しなんてしたいと思うのか。

 普通に考えれば罠であることに違いはない。しかしだ。逆に考えれば怨霊の目的を知ることも出来るかもしれないし、逆にこっちが利用するというのも考えられる。

 どうする? 俺はどうすべきだ?


「……」


「ま、そんなもの……」


「いいぜ。お前の罠に乗ってやる」


 俺の答えに夜美奈は小さく口を開けてポカーンとしている。


「ふ、ふふ。そう。そうくるのね。罠と知りながらも私に会うというのね。ああ、もちろん罠なんかじゃないわよ? それは保証してあげる。私たちの狙いはあくまで富士見だけなんだから。あなたに興味はない」


「そうかよ。しかしそれじゃあさっきと逆だぞ。俺に興味があって声をかけたんじゃないのか?」


「だからそれは私個人の興味よ。私たちには興味がないだけであって、私には興味があるのよ」


 怨霊全体としては俺のことなどどうでもいい。しかし怨霊αこと万邦夜美奈は個人的に俺に興味があると。


「それじゃあ明日の午前中。ここで会いましょう」


 話を一方的に終えると夜美奈は立ち上がり、財布から札をいくらか取り出してテーブルに置いた。


「は?」


「今日は私の奢りよ。明日はあなたが奢りなさい」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、そのまま立ち去って行った。敵である怨霊に奢られるなんて、どんな状況なのだ。

 ともあれ、これはチャンスと捉えるべきだ。怨霊の目的を知れる。俺は残った麻婆豆腐を残さずに食べた。

 果たして、明日はどう転ぶ? 罠か、あるいはーー

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