第120話付喪神編 番外編

 どうしても俺は納得がいかない。余計なお世話かもしれないということはわかっている。

 それでも彼女達は本心を隠しているように見えたのだ。だから俺はあえて実行する。そう。名付けて。


「仲直り大作戦を決行するッ!!!!」


 俺は高らかに宣言するが、聞いてる人間は1人もいない。


(おいおい。結局やるのかよ。どうなっても知らねーぞ)


 この俺に取り憑いている幽霊を除いて。


「まあ聞けって。俺には考えがあるんだよ」


(考えねぇ。どうせろくなことじゃないんだろ?)


 ベロスは呆れているのか期待していないのか、適当にあしらってくる。


「ふっ……ならば聞くがいい!! 俺の作戦を!!」


 作戦はこうだ。まず俺たちのクラスが行う文化祭の出し物はお化け屋敷だ。そこで驚かせる当人が恐怖を先に体験することで、どうやったら人を驚かすことが出来るのかを学ぶことが出来る。

 ……という定で天理と富士見姫蓮を呼び出し、2人を一緒にさせて俺はこっそり後ろから付けるという作戦だ。


(いや、2人を一緒にしてそれで仲直りするとでも思ってんのか? むしろ悪化しそうな気がするんだがな)


「ふっ、甘いな。考えてみろ。2人は女子だ。怖いものには滅法弱いはずだ! そして2人っきりになれば嫌でも協力してゴールを目指すしかないだろ? そこで再び芽生える友情……! っていうのをイメージしてる」


(……まあ、いいんじゃね?)


 随分と投げやりな反応じゃないか。まあいい。とにかく実行するまでだ。

 俺は早速天理に電話をした。


『もしもし? どうしたの? 剛』


 まずは肝試しのことを伝えてみた。出来るだけ悟られないように。


『えー! 楽しそう! やろうよ!』


「あ、ああ。それでなんだけどさ……さすがに2人じゃちょっとあれかなって思ってさ。誰か誘いたいんだけど……」


『メイさんは?』


 しまった……まさかここで龍牙さんの名前が出てくるとは思っていなかった。


「あー……龍牙さんは無理だったんだ。そうなると俺たちの共通の知り合いの……」


『……ふーん、そういうこと。剛ってほんとお節介だね』


 あ、やばい。察せられたか……


『どうせ姫蓮を呼ぶんでしょ? いいよ。ていうかむしろ呼んで』


「へ……?」


 なんだと……? 今天理は呼んでと言ったのか?


『いっそのこと今回ではっきりさせてあげるから。私とあの子はもう元には戻れないってことをね』


 なるほど。天理的にはここではっきりさせておこうというわけか。


(ほら言わんこっちゃない。どうなっても知らねーからな?)


 ベロスは先の未来が予想できたのかもうこれ以上は何も言ってこなかった。

 こうして肝試しが決行されることとなった。だがこの時、まだ知る由もなかった。

 あんなことが起こるなんてーー



 どうしてこうなったー!! 俺は心の中で叫んだ。なんで、こんな状況になった!

 現在、俺は天理と富士見の3人で行動している。こうなった理由の全ては、富士見姫蓮の選択によるものだった。

 富士見はなぜか魁斗とシーナちゃんをこの場に連れてきたのだ。そうなると5人という人数になってしまい、さらには2人っきりにすることが出来ない。

 そこで俺は急遽くじを作ることにした。だが、まさかこれが失敗になってしまうとは。

 二手に分かれるところまでは良かった。しかしそのメンバーだ。俺の理想としては……

 俺、魁斗、シーナちゃん組。天理、富士見組。こうなるのが理想だった。だと言うのに。


(まああれだな……乙!!)


 心の中でベロスが叫ぶ。まさかこんなことになるとは。しかも2人とも全然喋らない。天理は俺を気にして隣にいる。富士見は少しずれて後ろを歩いている。

 まずいな……これじゃあ状況は何も変わらない。


「な、なあ富士見さん。あんたは怖いものとかあるのか?」


 とりあえず富士見に話題を振ることにした。その時天理がすごい顔で睨んでいたような気がしたが、あえて見ないでおこう。


「怖いもの? あるわ」


「へぇ、意外だな。あんた怖いものとかなさそうだしなー。それで、何が怖いんだ?」


「私自身の美しさに恐怖を感じるわね」


「え? 美しさ……? お、おう」


 なんだ、こいつは。こんなことを言うキャラなのか?


「へぇ……あんた自分のこと美しいって思ってるのか」


「ええ。正確には超絶美少女なのだけどね。どう? 私の良さ。伝わったかしら?」


「へ……? いやー! 伝わった伝わった!! 美しくてビックリだ!! いってぇ!?」


 突然腕をつねられた。当然犯人は天理だ。天理は鬼のような形相で俺を睨んでいる。


「土津具君は怖いものはある?」


 と、富士見から逆に質問を受けた。


「怖いものか……ない!」


「そう……」


 富士見は小声で返事をすると、何故かチラッと天理の方を見た。


「剛……もしかして私のこと怖いって思ってる?」


 富士見の視線に気付いたのか、天理は俺を睨んだ。


「え!? そ、そんなわけないだろ!?」


 ビックリして声が裏返ってしまった。たまに天理はものすごく低めの声を出すときがある。それは正直怖い。


(おい。怖がってんじゃねーか!)


 ベロスに言われて気づく。まずいまずい。そういう思考は取払わねば。


「私には聞かないの?」


「え?」


「私の怖いもの。聞かないの?」


「え、ああ。その、天理は何が怖いんだ?」


「それはねー、ずっと剛と居られることが幸せすぎて逆に怖いのー!!」


 天理はすっごい笑顔で答えた。そう言われるととても恥ずかしいのだが、せめて2人の時だけにしてほしい。まあもっとも、ベロスがいるから2人っきりというのは無理なのだが。


「ふふ」


 と、誰かの小さな笑い声がした。


「……っ! ねぇ剛、今……笑ってたよね?」


 天理はチラチラと富士見を見ながら、ボソッと俺の耳元で呟いた。確かに小さな笑い声が聞こえた。それは富士見なのだろうけど……


「幸せそうなのは何よりよ。そんなあなたたちにはこれをあげるわ」


 と、今度は俺に謎の固形物を渡してきた。何かの容器に見えるのだが……


「えっと、これは……」


「私のマイ砂糖のあまりよ。大切に使いなさい」


 と、なぜかドヤ顔で言う富士見。


「剛……! 毒を盛られてるかもしれない! 今すぐ捨てた方がいいよ!」


 それを聞いた天理は天理で、わざと聞こえるように変なことを言う。


「安心して。それは私の懐で温め続けた一品よ。そう。こ・こ・で・ね?」


 そんなことも気にせずに富士見は自分の胸を指差す。俺は思わず唾を飲んだ。この砂糖は……あの豊満な胸の中でッ!


「つ、剛!! 待って! 私も! 私もあるよ?  そ、そうワカメ! ワカメがあるよ! 根井九家特製ワカメがあるんだよ! そんな砂糖よりも断然比べて美味しいよ!!」


 天理よ。なぜよりにもよってワカメなんだ……それじゃあ砂糖と比べようがないってもんだ。


「そうね……確かにあのワカ……なんでもない」


「……」


 富士見が何かを言いかけたがやめてしまった。それを見て天理も複雑そうな表情をする。

 なんだ。なんだよ。まさかとは思うがーー


 ワカメがキーワードなのか!?


 可能性は高い! ワカメの話をし始めてから急にしおらしくなった。これはまさか……


(いやいや。そんなわけあるか!)


 ベロスは言うが俺はこの希望にかける!


「いやーそれなら天理! 今度天理ん家でその特製ワカメ食べさせてくれよ!」


「え……剛? そんなに、私のワカメ……食べたいの?」


「ああ! 天理のワカメ! 早く食べたいなー!!」


「剛……そこまで……ああ、私。生きててよかった」


 何を大げさな。そしてここからだ。


「でも先にどんな味か知りたいなー。お? そういえば富士見ー。あんたは天理ん家のワカメ食ったことはないのか?」


「ちょ剛」


 俺はチラッと富士見の様子を伺う。


「あるわよ……」


 富士見は無駄に髪をいじったりして、なぜかソワソワしている。

 おいおい。まさか本当にワカメが突破口になるのか!?


「で? どうだったんだ?」


 俺はさらに畳み掛ける。富士見は答えようか迷っているのか妙に落ち着かない。天理も天理でどういった感情なのかわからない。

 シーンとした空気を変えたのはーー


「それは……」


 瞬間、少し先から何か物音がした。


「うおっ!?」


 ゴンッと何かがぶつかったような音だ。なんだ? なんの音だ??

 音がしたと同時にまた一瞬で静かになってしまった。


(おー、いいねぇ。雰囲気出てきたじゃねーか!)


 ベロスはテンションが上がっているようだ。俺としては今の音が気になって仕方がないんだが。


(なんだ? ビビってんのか? だらしねーな。男だろ? シャキッとしやがれ!)


 う、うるさい! 誰だってこんな夜の墓地で物音がすればビビるに決まってる。きっと2人もそうだ。そのはずだ。


「え? 何今の音? え? ええ? もしかして、いる?」


 は……? 天理?? なんだってそんなに楽しそうに話しているんだ?


「今! 音したよね?」


 天理は俺の手を揺さぶる。


「あ、ああ……したな」


 そう答えた途端に、突然何かが目の前を通り過ぎた。


「うわぁぁぁ!!」


 真っ黒な塊が俺の前を通り過ぎていった。一瞬の出来事だった。なんだよ。何がどうなってんだ。


「剛? 今のは黒猫だよ?」


「へ? 黒猫……?」


 なんだ黒猫か。確かに光っていると思っていたが、あれは黒猫の目だったんだな。


「こっちの方から来たわね。行ってみる?」


 富士見が俺たちの前に進んでいた。それを見て天理も先へと進む。


「剛! 私たちも行こう!」


 嬉しそうにする天理は俺を置いてそそくさと進んでいった。


「お、おい!」


 俺も少しだけ小走りで天理を追いかけた。すると出っ張っている石にぶつかってしまい、俺はうっかりこけてしまった。


「いってぇ……ん?」


 俺は無意識に何かを掴んでいた。なんだろうと思いそれを手にとってみる。それはーー

 浴衣を着た女の子の、人形だった。


「うわぁぁぁ!!!!」


 俺はそれをつい投げ飛ばしてしまった。さすがにまずったか。俺は急いで人形を探した。バチでも当たったらたまったもんじゃない。

 って待て待て。別に無理に探す必要なんてない。むしろ知らんぷりすべきだ。そうだ、それがいい。


「だ、大体なんで墓場に人形なんて落ちてんだよ……」


 おそらく墓参りに来た子供が落としていったんだろう。きっとそうだ、そのはずだ。


「って……あれ?」


 気づいた時には遅かった。天理は? 富士見は? 2人はどこに行った?


「お、おいベロス!! 2人はどこにいった!?」


(知らねーよ。ちゃんと見ておかないからだろ)


 嘘だろ……まさかはぐれたのか? ってことは……俺は、1人か。

 まずい。非常にまずい。ベロスは幽霊だから頼りにならない。っていうか恐怖の対象である幽霊に頼ってどうする。

 とにかく俺はまっすぐ進んだ。どのみち道は一本道だし、2人もここを通ったはずだ。そう言い聞かせて俺はまっすぐ進んでいった。

 音がない。静かすぎる。さっきまであんなにワイワイしていたのに。一瞬で日常が非日常になったかのような気分だ。


(おい。前見えるか?)


 俺は周りをキョロキョロしながら歩いていたためか、目の前をちゃんと見ていなかった。ベロスに言われて初めて気づいた。


「はーー?」


 目の前で、人が。いや、富士見姫蓮が。倒れていた。


「は、はぁ!? な、な、なにが、なにがどう、なって……!」


 俺は遠くから富士見を見る。富士見はうつ伏せに倒れている。なぜ? どうして? さっきまで富士見は天理と一緒に……

 待て。天理はどうした? どうして天理はここにいない? まさか? 天理も何者かに襲われた?

 いや、もう1つ可能性がある。それはーー


「剛」


「ッ!」


 天理の声がした。しかしどこから?


「剛。剛、剛、剛、剛、剛、剛、剛、剛、剛、剛、剛、剛、剛、剛、剛、剛、剛、剛、剛、剛剛剛剛剛剛剛剛剛剛剛剛剛剛剛剛剛剛剛剛剛剛」


 もう1つの可能性。それは。


 天理が富士見を手にかけたということだ。


「つよし!!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 俺は死を覚悟した。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 俺が悪かった!! もう勝手なことしないから!! うわあうわあうわあ!!」


「……」


 なにも、起こらない……?


「ふ」


「?」


「ぷっ……ふふふふふふふふふふ」


「??」


 なんだ? なんで天理は笑っているんだ?


「全く。あなたびっくりしすぎよ」


「うおお!!」


 今度は突然立ち上がった富士見が俺のそばで声を出した。


「え……? 富士見、さん? えっと……」


「土津具君。あなたもしかして、こういうの苦手だった?」


 はい? 一瞬思考が停止する。俺は天理と富士見の顔を交互に見る。

 おい、まさか。俺は、はめられたのか。


「ごめんごめん! まさか剛がこんなに怖いの苦手だったなんて知らなかったからー。ついからかっちゃった。ふふ。どうだった? 私の演技。テーマはメンヘラ女子だったんだけどー」


 めちゃくちゃ笑顔でとんでもないことを暴露する天理。なんてことだ。まさか俺を驚かすためにこんなことをしてくるなんて。


「あの演技は……まじに見えたぞ……」


 割と冗談抜きに死を覚悟した。


「それじゃあ行くわよ。ゴールはすぐそこよ」


 と、富士見は先へと進んでいった。


「な、なぁ天理。まさか富士見と協力して?」


「え? ち、違うから! たまたまだよ……姫蓮が急にこけたから私がそれに便乗したまで!」


 と、天理は言う。しかしどうだろう。俺にはそんなようには見えなかった。明らかにわざと倒れたかのような格好だったし、こけただけならなんですぐに起き上がらなかったのか。


「ふふふ。はーたのしー! もっといろんなお化けでないかなー。可愛い子供の幽霊とか〜」


 も、もう勘弁して欲しいです……すると、富士見が立ち止まっているのに気づいた。


「アタシはデジタル時計派なんだよ〜」


「なんだと!? 俺様は当然だがアナログ派だ! お前には一生わからないだろうな」


 なんだ……? かすかだが話し声が聞こえる。女と男の声だ。


「剛。声がするよ。なんだろう! 行ってみよう!」


「へ? ちょ、おい!!」


 再び嬉しそうにしながら、天理は俺を引っ張って先に進んでいく。そしてそのまま着いた先は。


「あれ? ここって」


 ゴールの仏像だった。いつのまにかゴールまでたどり着いていたのだ。


「は、はぁ……つ、疲れた……」


「ねぇ剛。さっき声がしたけど、人らしき人はいないね……もしかして……幽霊?」


「……ッ!」


「ふ、ははははははは! あー面白い! 冗談だよ冗談! ほんと剛はダメだねー」


 天理はかなりご機嫌だ。まさか天理がここまで怖いものに強かったとは。


「……」


 富士見もだ。富士見も全然びびらなかったし。


(まあ結局のところ、1番びびらされたのはお前だったってことだ)


 ベロスの言う通りだ。びびらせるつもりが逆にびびらされていたなんて。

 まあそれは想定外なのだが……どういうわけか天理も富士見もさっきまでは普通に接していたような……気がする。

 少なくとも嫌悪感を抱いているようには見えなかった。今はもう距離を置いているが。


(悪いことばっかじゃなかったみてーだな)


 もしかしたら、天理も富士見も当時を思い出していたのかもしれない。それでつい昔のように接していたのかも。

 少しは、進展したかな? そう思い俺は一息ついた。今日の役目は終わった。後は帰って寝よう。

 それから、天理に幽霊関係の話は控えようと心に置いておこう。

 最後に2人を交互に見た。俺は少なくとも思った。始める前と比べて、2人の距離が近づいている……元に戻りつつあるのではないかと。


 後日、文化祭は俺たちのクラスは大繁盛となった。なぜって?

 それは今回の経験を活かしたからに決まってるだろ!


付喪神編 番外編 完

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