第85話悪魔編その12

 契約。その言葉を聞いて最初に反応したのはリリスだった。


「なっ、何をバカなこと言ってんだアンタは!? そうなればアンタもタダじゃ済まないってことぐらいわかるだろ!?」


 リリスは無理矢理起き上がって俺の肩を掴んで叫んだ。タダじゃ済まないことぐらいわかってるに決まってる。つい先程話を聞いたばかりだからな。だけど俺もバカじゃない。考えはある。


「……かもな。だけど1つ確認したいことがあるんだ。契約した瞬間にお前は魔界に帰ることは出来るのか?」


「無理だ。さっきも言っただろ? ある程度力を得なければ魔界に帰ることは出来ないんだ。そうなればアンタの寿命は確実に減る! 最悪、アタシが魔界に帰ったと同時に死ぬかもしれないんだぞ?」


 当然、か。やはり契約した瞬間に魔界へ帰すという方法は取れない。


「それじゃあもう1つ。お前は、


「どういう、意味だ?」


 リリスは怪訝そうな表情をする。


「言い方は悪いかもしれないけど、魔界に帰ることはそこまで優先することなのか? 帰るには契約しなければならない。そう言ったよな? それは、


 確信はなかったが、リリスは俺と契約してまで帰りたいと思うのか?


「……アンタと契約するぐらいなら帰りたいとは思わない。そうだよ。アンタの言う通りだ。アタシはそこまでして帰りたいわけじゃない。別にアタシに目的なんて無かったんだ。アタシはただ、誰にも迷惑かけずに消えるつもりだった」


 だから諦めさせるために、自分は帰りたい。しかし帰るには契約が必要だぞ、無理だろ? わかったらこの場から去れ。

 そうして俺を遠ざけて1人でに消滅するつもりだったということだ。


「いや、それがわかればいい。つまりお前は、それほど……いや、はなから魔界に帰る気なんて無かったんだ」


 それがわかれば十分だ。


「だったらわかるだろ? アタシが嘘をついてまで契約したくないって言ってるんだ。確かにアンタが助けてくれるって言ってくれたのは素直に嬉しいさ。でもな、それで迷惑かけるぐらいなら死んだ方がマシだ」


 ひたすらに契約を拒むリリス。でも俺は契約を求めた。


「お前を救うのに契約が必要だ。それは、今のお前だけを救うんじゃない。今後のお前にも影響する」


「なにを……」


 わけがわからない、と言いたげだった。


「なあリリス。契約後、人間側に与えられるメリット。あるよな?」


 1つだけ願いを叶えるというものだ。


「その時俺はこう願う。『』と」


 リリスが悪魔だから生気を吸わなければ死んでしまうのだ。だったら、その前提を覆せばいいのだ。


「そうすればお前は普通に過ごすことが出来るんじゃないか? 契約時のデメリットはあるかもしれないけど、少なくともお前が生気を吸う必要は無くなるはずだ」


 リリスは動きを止めている。まるでそんな考えは思い浮かばなかったと言わんばかりの表情だ。


「ま、待て……た、確かにそれは一理あるが……確実性が無い。それに、悪魔は人間にはなれない。力関係が違いすぎるんだ。悪魔という種族が人間という別存在になるなんてことは、おそらく無意識に拒否しちまう。それが仮に契約の願いだとしてもだ。さっきも言っただろ? 願いには制限がある。おそらくそれは拒否される。アタシの悪魔としての勘がそう告げてる」


「それには同意だ。人間と悪魔は別種族だ。そして悔しいことだが、種族としては悪魔の方が上位種であることに違いはない。そんな悪魔というある種の完成された存在が、仮に少年が望んだところで、リリスは無意識にそれを拒むだろう」


 つまりリリスが人間になることを望んでも、無意識な力に阻まれ実現しないという。


「ならば、人間でなければいいのではないか?」


 不安堂はある提案をした。俺にはわからないが、リリスはそれを聞いて理解していたようだ。


「幽霊だ。人間は悪魔とは別の存在ではあるが、幽霊はそのどちらとも言える存在だ。死んだが幽霊になり、その幽霊が幽霊とはどちらとも共通している存在なのだよ」


「ってことは……アタシを幽霊にしてくれって願えば……」


「人間よりはその方が可能性は高いはずだ」


 そんな考えは俺では思い浮かばなかった。不安堂だからこそ提案できる内容だった。

 しかし、ふと1つ疑問を覚えた。どうして……悪魔の敵であるはずの不安堂がアドバイスをしているのだ?


「ん? なんだその目は。私を疑っているのか?」


「い、いやそういうわけじゃ……ただ気になったんだ。なんであんたが助けてくれるのかって」


 俺の視線に気づいたらしい。不安堂は少し口元を緩めた気がする。


「……これは内密にしてほしいのだがな。私の目的はリリスを消すこと……というのは嘘だ」


「「はぁ!?」」


 俺とリリスの声が綺麗に重なった。


「待てよ! あんたエクソシストだろ? 神魔会だろ? 嘘ってどういうことだよ」


「何、もしもリリスがだったのならすぐに始末していたさ。だが私にはもう1つ。密かに宿している野望があるのだよ」


 不安堂はどこか、少しだが楽しそうに話した。


「私はこの世界のことが知りたいのだ。世界に隠された秘密が知りたい。そして今までの常識を覆す存在。私はそれに興味がある。それがお前たちだということだ」


 不安堂は言った。リリスのような悪魔を見るのは初めてだと。そう思った時点で不安堂の目的は本来のものから、密かに宿している野望へと変わっていたのかもしれない。


「前例がないからこそ面白い。果たして人間と悪魔がわかりあえるのか。私はそれが知りたい。だから見せてくれたまえ。そのためなら私は私に出来る助言をしよう」


 俺としては助けてもらう側だから、文句は言えないが。この男は、狂っているのかもしれない。

 そんな奴が、悪魔を倒すエクソシストの1人が悪魔を見逃すというのだ。誰かに聞かれでもしたらとんでもないことになりそうだ。

 しかしこの男が狂っていて逆に助かった。これでリリスを救えるかもしれない。


「決まりだな」


 俺はリリスを見る。今にも力尽きそうなリリスがこれから幽霊になる。それがどういうことを意味するのか、俺にはまだ理解できていなかった。


「アタシはまだ納得していない。その作戦も上手くいくとは限らないんだぞ? それでも、アンタはやるって言うのか?」


 そんなの、決まっている。


「当たり前だ。可能性があるならやる。俺はそうやって生きてきたんだよ」


 時は刻々と進んでいく。俺たちは最後の準備に取り掛かろうとしていた。

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