第84話悪魔編その11

 ゆっくりと立ち上がったリリスは、目の前で倒れてしまった。


「お、おい!! どうしたんだよ!?」


 俺はとっさにリリスを抱き抱える。俺には霊力だとかそういった力を感じることは出来ない。それでも理解できることがあった。

 弱っている。明らかに力というものが失われ始めている。リリス自身は意識は失っていない。しかしこれではまるで、重大な病に侵されているかのような状態だった。


「しっかりしろ!! くそ!! どうしたってんだよ!」


 なぜだ? なぜこのタイミングで倒れた? なにが原因だ?

 必死に思考を張り巡らすが結論は出ない。当然だ。今までにどれほどの情報を叩き込んだと思っているんだ。一言で言えば、理解が追いつかなかった。


「そうか。やはりそういうことだったのだな」


 と、そこに第三者が現れた。俺は声のする方を見た。廊下から現れた人物は真っ白なコートを着た男、不安堂総司だった。

 本来なら不法侵入ということにツッコミたいところだが、今この男が発した言葉が気になった。


「どういうことだ? なにか知ってるのか?」


 俺は不安堂を睨みつける。先ほどまであんなにビクビクしていたとは自分でも思えないぐらい高圧的な態度だ。


「大体の事情は知ったようだな。なら少年よ。悪魔とは何をすべくこの地上に存在するかわかるか?」


 不安堂は俺とリリスの会話を聞いていたのか? わからないがこの状況を目撃し、そう判断したのかもしれない。


「……人間と契約をする。そして生気を吸って力をつける。だけどこいつは違う」


「ふむ、どうやらそのようだ。私としても人間と契約しない悪魔など初めてなものでな。とても興味深い」


 不安堂は倒れこむリリスをじっと見た。本当に興味深そうに見つめている。


「さて少年よ。私も初めての経験なので聞いたことがあるぐらいなのだが、1つ教えておこう」


 不安堂は再び俺に視線を向けた。そして、その口から衝撃の事実を告げられた。


「悪魔とは契約しなければ地上に存在することは長くは出来ないのだよ。ある程度の期間が過ぎれば……


「は……?」


 消滅。消える。消えるのか? リリスが?


「リリスが少年になんと説明したのかは知らんが、悪魔とは存在なのだよ。人間で例えれば、食事をしないのと同じだ。ある程度の食事をやめたら人間は餓死するだろう。それと同じだ」


 リリスはそんなことは一言も言っていなかった。なんでだ。そんなの自殺行為じゃないか。


「どうして……そこまでして契約を拒むんだ……」


 悪魔側からすればそれは自殺行為だ。ましてやリリスの場合、無理矢理地上に呼ばれたというのに。呼ばれておいてしばらくしたら死ぬだなんて、理不尽にもほどがあるじゃないか。


「理由はもうリリス本人が語っているではないか」


 不安堂も不安堂で、不思議なものを見ているかのような表情をしている。


この悪魔は自分より、人間を優先したのだよ。全く……ありえない話だ」


 ああ、そうだ。言ってたじゃないか。リリスはこの世界にやってきて何を思ったのか。リリスにとってはそれが1番重要だったのだ。


「今思えば納得が出来る。我々がこの街にリリスがいると判明した時のことだ」


 不安堂は再びリリスを見る。何か思うところがあるのだろう。


「我々3人はそれぞれ別行動を取っていた。果子義と真令にはリリスを見つけた場合は私に連絡するようにと伝えていたのだが……最初に発見した果子義は何を見たと思う?」


 不安堂はリリスの腕をなぞるように触れた。


おそらく先ほどの除霊師がやったのだろう。果子義はその状態のリリスを見て、『今なら自分でも始末出来る』とでも思ったのだろうな。わかるか? 契約していないとはいえオリジナルの悪魔が、


 最初にリリスが倒れている現場を発見した時のことだった。あれは果子義がやったのだと思ったが、まさか翔列だったとは。少し恐怖を覚える。

 そして不安堂の言う通りだ。リリスの力は俺も間近で見ている。翔列だけじゃない。あの果子義もだ。俺には。

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「手を抜いていたのだ。だからあの除霊師も、果子義も死んでないのだ。ましてやこの私に対してもな。先ほどの戦闘……いくらなんでも弱すぎる。私には疑問しか覚えなかった。だから思ったのだよ。もしかしたらこの悪魔は本当に人間を庇っているのかもしれない、とな」


 リリスはやろうと思えば殺せる相手を殺さなかった。それが自分の天敵であるエクソシストである不安堂も含めてだ。そう考えれば、今までの戦闘は。


「俺を……逃がすために……」


 リリスは俺が介入しようとするたびに、ことごとく逃げろと言っていた。そして俺が逃げないから仕方なく戦っていた。

 なんてことだ。俺は飛んだ勘違いをしていた。


「おそらくこの悪魔は誰にも迷惑かけずに1人でに消滅する予定だったのだろう。しかし我々に見つかってしまった。逃げようと思えば逃げれただろう。しかしそれをしなかった」


 ここまでくればさすがの俺でも理解できた。そうだ。リリスは。


「殺されるつもりだった……そういうことかよ、クソが」


 ふざけるな。なにが終わらせてほしいだ。勝手に呼ばれて勝手に死んでくなんて。そんなこと、あってたまるか。


「お、おい……そこの……」


 か細い声がした。リリスからだった。


「私か。なんだ?」


「早く……私を終わらせてくれ……これ以上……迷惑はかけたくない……」


 倒れたまま不安堂にそんなこと言う。


「ま、待てよ! 待ってくれよ!! お前はそれでいいのかよ? このまま死ぬんだぞ? おかしいだろ! 勝手に呼ばれて、ただ普通に楽しんで生活していただけなのに、なんで……最後にそんな結末になるんだよ!」


 俺は叫んでいた。やっぱり納得が出来ない。こんなの理不尽すぎる。

 どうして、ただ普通に楽しんで生活していた奴がこんな終わりを迎えなければならないのか。俺にはそれが許せなかった。


「いい、んだ……アタシは、誰も、恨んじゃいない…悪魔としては欠陥品だった、かもしれないけど……最後は……として終われるなら……それで、いい……」


 リリスは満足そうに目を瞑る。もう認めてしまっているのか? 満足しているのか? このまま終わっていいと。

 なら、いいんじゃないか? 本人がそう言ってるんだ。だったらこのまま安らかに終わらせてやればいいんじゃないか?

 俺は倒れこむリリスの手を握った。温かい。彼女の体温を感じる。その腕は人間の女性となにも変わらない。それが、悪魔と呼ばれた女の最後なんだ。


「まだ、終わらせるなよ」


 本当に。少し前までだったらそうしていたかもしれない。


「何勝手に満足してんだよ……お前はそれでいいのかよ。こんな終わりで」


 いや、そうしていただろう。なぜなら他人の意思に興味がなかったからだ。本人が死にたいと言えばどうぞご自由に、と思える。そういう思考をしていたのだ。


「いや違うな。お前の意見なんかどうでもいいんだ。お前が死にたいから死なせるんじゃない……俺がお前を生かしたいから生かすんだよ」


 もしかしたらその考えは変わっていないかもしれない。だけどそれとは別に、俺には俺のやりたいことがあった。だから俺はそれを達成させる。

 また、後悔するかもしれない。結局助けられずに絶望するかもしれない。悪魔を助けたことを批判されるかもしれない。

 それでもだ。俺は。


誰がなんと言おうがな、俺がお前を助けたいから助けるだけだ!!」


 何度も、何度も言ったことだ。助けを求められているから助けるんじゃない。

 俺が助けたいから助けるんだ。それが、俺の出した結論だ。


「アンタは……バカ、なのか?」


 小さな声を漏らしたリリスの口元は、気のせいかもしれないが笑っているように見えた。


「素晴らしい決意だ。だがしかし少年よ。この状況でどう彼女を救う?」


「……あんたもわかってんだろ。エクソシスト」


「ほう……まさかとは思うが……」


「そのまさかだよ」


 悪魔を消滅させない方法。それは誰も望まない1つの結論。


「契約だ。それでリリスを救う」


 俺のこの選択は、希望か。それとも絶望か。

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