第64話怨霊編その17

 俺は今、病院の別室に来ていた。そしてこの病室には、1人の少女が眠っていた。

 生田智奈。生霊を生み出した張本人だ。


「……智奈」


 眠っている智奈を見た。静かだ。とても安からに眠っている。

 俺は迷っていた。これから智奈になにを話せばいい。俺はどう接すべきなのか。また嫌われるようにしなければならないのか? そんなことを考えていた。


「魁斗、先輩……」


「智奈!」


 智奈はゆっくりと目を開けた。その目はまだ少し朧げだった。


「魁斗先輩……私……姫蓮先輩は……」


 まだ整理ができていないのだろう。とにかく1番初めに伝えなければならないことを告げなければならない。


「大丈夫だよ。智奈。富士見は無事だ」


「あ……」


 その言葉を聞いて安心したのか智奈は涙を流した。なんだか泣かせてしまったみたいで気がひける。


「魁斗先輩、やっぱり……ですね?」


 智奈は俺を見てそんなことを言った。


「やっぱり?」


「やっぱりあれ、


 あれ、とは俺の演技のことだろう。


「最初はビックリしました……魁斗先輩があんなこと言うわけないって。あんなこと言う魁斗先輩なんて好きじゃないって本気で思いましたもん……俳優さんが向いてるんじゃないですか?」


 智奈は気にしてないのか小さな笑みを浮かべた。


「智奈、ごめん」


 俺は素直に謝った。理由はどうあれ、ひどいことを言ってしまったのだ。謝らずにはいられない。


「いいんです。実際に、あの時の私を見て付き合うなんて言うわけないですもんね」


 俺は答えなかった。そうじゃない、とは言えずに。


「最初に私メールしましたよね? 実はアイドルの合同ライブがあって、それに同志先生も出るって聞いてたんです。だから魁斗先輩を誘って行こうかなって思ってたんですよ?」


 そうだったのか。俺はそのライブを少しだけ見てしまったが。


「そしたらたまたま喫茶店から魁斗先輩と姫蓮先輩が出てくるのを見ちゃって……そのあと好奇心でつけてしまったんです……話し声とか聞こえなかったから何を話してるのかはわからなかったですけど……すごく楽しそうだなって……」


 今思えば、あの偽のデートは3人の人物にずっと見られていたのか。そう思うと恥ずかしくなる。


「そしてあの公園で、なんだか悪そうな男の人と話してる時に……聞こえちゃったんです…魁斗先輩が姫蓮先輩のことを彼女だって言ってるところを……そしたら私、なんだか頭の中がおかしくなっちゃって……」


 智奈はその時のことを思い出して俯いた。生霊は最初は自覚がない。だからその時は何がなんだかさっぱりわからなかったのだろう。


「怖かったんです……何もかもが……」


 智奈は遠くを見つめた。


「あの時、まだ他にも解決法はあったんですよ?」


 智奈はポツリとそんなことを呟いた。


「調べたところ、生霊って生み出した人間がいないと存在できないって書いてありました……それってつまり、


 俺はその言葉につい息を飲んだ。


「でも私はそれをしなかった……何故だかわかりますか? ……。魁斗先輩が、もしかしたら私と付き合うって選択をしてくれるんじゃないかって……」


 智奈は、俺に期待をしていたのだ。自分も救ってくれるんじゃないかって。


「ひどいですよね。姫蓮先輩が酷い目にあってるのに、私は自分の幸せを願ってしまった……だってあの時はまだ魁斗先輩と姫蓮先輩が付き合ってるって勘違いしてたわけですからね……ほんとに、ひどいですよね」


「ひどくねぇよ」


「……え?」


 智奈はポカンとしている。


「智奈はひどいことなんてしてないよ。大体自分の命を簡単に捨てようとする方がおかしいんだ。俺はそういう奴を1人知ってるけどな。だからお前は普通なんだよ。自分の身を守ってなにが悪いんだ? それにその状況の中、ちゃんと富士見を救う方法を考えてたじゃないか」


 だけど俺はそれに答えようとしなかった。それが心苦しい。


「だから智奈はなにもひどいことなんてしてない」


 智奈はまた少し笑った。


「やっぱり……私はそういう魁斗先輩が好きなんです……」


 智奈の言葉は嬉しい。だけど俺はをしっかりと否定しなければならない。


「智奈。俺は、お前のこと……」


「待って」


 言葉は智奈の呟きによって遮られた。智奈は俯いている。


「もう少しだけ……待ってくれませんか?」


 智奈が求めていることは理解した。しかしそれでは辛いのは本人だろうに。


「わかってるんです……魁斗先輩の答えなんて……だけど今それを聞いてしまうと……今度こそダメになっちゃいそうで……」


 こんなにも辛いことがあろうか。1番辛いのは結果がわかっている本人だというのに。


「いいのか……? 俺はいつかはそれを伝えるぞ。それでも……いいんだな?」


 俺は念を押した。嫌がらせなどではない。智奈にしっかりと理解してもらうためだ。


「はい。私、こう見えて諦めが悪いんですよ?」


 最後に智奈は不敵な笑みを浮かべた。俺は心の中で思った。

 本当に、智奈を救えたのだろうか?

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