第58話怨霊編その11
目の前に立っている人物の姿に驚きを隠せなかった。
「なっ……あ、あんたは……」
女は帽子をとり、サングラスも外した。そしてマスクも。その下には整った顔つきをした美人な女性がいた。
そしてなにより、その顔は今や誰でも知っているはずだ。なぜならそれほど有名な人物だからだ。
「き、キリコ……だと」
最近有名になりはじめたアイドルだ。今日もドラマの撮影をしていた。
最近テレビでは引っ張りだこで、彼女の顔を見ない人は今やいないだろう。それぐらい有名になっていた。
そのキリコが目の前にいる。普通ならそれだけで驚くだろう。だが今はそれ以上の感情が上回った。
キリコが例の女であり、犯人である可能性があるということ。その事実が俺の感情を震わせた。
「ま、そういうことよ。いやぁ楽しませてもらったよ。ここまで俺の思い通りになるとは思いもしなかったぜ」
なんだ。この違和感。キリコとはこんな人物だったか? 少なくともテレビで見る姿はもっとお淑やかというか……こんな威圧的な態度ではなかったはずだ。
「で、お前は俺の思い通りに俺にたどり着いた。こいつは傑作だな!」
この感じ。どこかで感じたことがある。その人間とは違う存在、まるで何かに乗っ取られているかのような……
「まさか……」
俺は思い出した。かつて恵子が地縛霊に取り憑かれた時の様子を。それに、非常に似ている。となればキリコに取り憑いている幽霊の正体は。
「お前、初代怨霊か?」
俺はあえて初代を付けてそう呼んだ。
「お? 初代怨霊かぁ! そういやそんな風に呼んでるんだっけか。やっぱ知ってたんだな! 誰から聞いたのかは知らんけどな!」
キリコは否定はしない。やっぱり初代怨霊なのか?
「だが残念ながら半分正解で半分不正解だ! 俺はお前らが言う初代怨霊の一部だ」
初代怨霊の一部。風香先輩が言っていた音夜に取り憑いている怨霊と一致する。そしてそれは複数いるとも言っていた。
「じゃあお前が、富士見を……!」
間違いない。今まで出会った怨霊とは別格なのがよくわかる。こいつが犯人だ。
「いやぁお前本当に面白いよな! ここまでバカだと傑作だよなほんと!」
キリコ……怨霊は笑う。本当に心の底から笑われている。
「なんだ……何がおかしい」
「いやお前さ、まだ気づかないのか?」
なんだ。こいつは何を言おうとしているんだ。だが、こいつが今言おうとしていることは全てをひっくり返す言葉……そんな風に感じた。
俺はこれから告げられる真実に、怯えていた。
「
信じたくなかった。こいつがただの冗談を言っているだけだと思いたかった。
「大体お前、
こいつの言葉に間違いはない。確かにキリコは富士見と一度も関わっていない。
風香先輩も言っていたが、ある程度近づかないと取り憑けることは出来ないと。だから俺は今日、富士見と関わった人間を疑っていたわけなのに。
「ここまできたらあとはネタバラシの時間だよな? 俺が親切に教えてやるよ」
怨霊は全て知っている? ニヤリと笑うと語り出した。
「まず怨霊についてだな。お前らの言う初代怨霊ってのが要はオリジナルだ。そこから分裂したのが俺らだ。俺らは人間に取り憑いてこうして行動しているわけだ」
「お前の、お前らの目的はなんだ」
「まあ黙って聞けよ。初代怨霊の目的は本人から聞け。少なくとも俺らの目的は
なんだ、それ。なんで富士見なんだ。
「そして俺たちも初代と同じく自分自身を分裂させて他の人間に取り憑けることができるわけだ」
ここまでの話を聞く限り、初代怨霊とその一部。いわゆるこいつと音夜に取り憑いている怨霊のことだ。音夜達は自らを分裂させ、他の人間に取り憑けることができるということか。
「お前が他の人間に取り憑ける理由はなんだ?」
「簡単な話だ。手駒を増やすためだ。取り憑かれた人間によっても個体差が出るんだよ。例えばそこのマッチョ。こいつは取り憑かれても通常時は普通に平静を保っていた。そしてカメラマン。あいつは暴走した。そしてロン毛と男。あいつらは何もできずに気絶した。俺としてはこのマッチョぐらい強い奴を集めたいんだけどな」
そういうことだったのか。だからそれぞれ個体差があったということか。
「ちなみに俺は今日ずっとお前たちをつけていたんだぜ。気づいたか?」
つけられていたのか!? もしかしてヘッドホンが言っていたのは風香先輩ではなくこいつのことだったのでは?
「俺はその後もずっと富士見をつけていた。あ、途中ドラマの撮影とかいうので一瞬目を離したがな。あん時なー、ちょっとイラッとしちまってつい地面を割っちまったんだよな」
やはりあの地割れは怨霊が引き起こした霊障だったのか。
「そしたら富士見のやろう、まさか音夜と出くわすとはな! こりゃまた面白い展開になると思ったぜ!」
こいつと音夜は別の目的で行動しているのか? まだそれがよくわかっていない。
「音夜のやつが怨霊を取り憑けるわけがないのはわかっていたからな。どうするもんかと見ていたら、クッ……ハハハハハハハハハハ!!今思い出しても笑うわ!!」
「何がおかしい!! やはり音夜がやったのか!?」
「はぁ……とんでもねぇよな。だってよ、
は? 何を言っている、こいつは。
「だからさ、違うんだよ。そもそも」
待て。またか。また根本的に違っていたというのか。もう、勘弁してくれ。冗談だと言ってくれ。
「
しかし俺の願望は打ち砕かれた。怨霊じゃない。だとすれば何が? 何が富士見に取り憑いている?
「あんな展開は俺の予想外だったわけだ! もう笑うしかねーって! あんな強力な幽霊がこの街にいるなんてな!」
「なんだ……なんなんだ! 何が富士見に取り憑いた!? 答えろ!!」
怨霊はニヤリと笑うと、あっさりとその正体を明かした。
「
『生霊』怨霊ほどではないが人間に恨みをもつため、人間に明確な敵意を持って襲う。
しかし今までの幽霊とは大きく違うところがある。それは、生きた人間が生み出すということだ。
生きた人間の念が具現化された霊だと言われている。そしてそれは人間の霊力によって力が変わるという。
つまり、霊力が高い人間が生み出すと強力な生霊が生まれるという。
「俺以外に近くにもう1人いたんだよ。そいつが生霊を生み出して富士見に取り憑けたんだよな。まさかそんな瞬間見れるとは思いもしなかったけどな!」
「誰だそれは!?」
「知らねーな。俺は少なくともそいつのことは知らないからな。ただそいつ、ずっとお前たちのことつけてたぞ。確か喫茶店あたりからな」
どういうことだ? つけていたのはこいつじゃないのか? いや、こいつもつけていたんだ。それとは別につけてるやつがいたのか?
風香先輩、そして怨霊に取り憑けられたキリコ以外にも。
「そんでだ。さっきも言った通り俺たちの目的は富士見だ。目的が果たされれば俺としては富士見にはさっさと死んで欲しかったからな」
なんでだ。なんで富士見に死んで欲しいんだ。
「別に俺が殺す必要はないからな。あの時生霊に取り憑かれてザマァって思ったぜ。まあ問題はその後だったわけだ」
「何がだ……何が……」
ダメだ。こいつの発言はいちいちイライラする。
「取り憑かれた富士見をどうするかだ。音夜はそのまま去ってったけどあいつ絶対内心焦ってたぜ!」
風香先輩曰く、音夜は自分からは絶対手を出さないと言っていた。そのことをこいつは知っているのだろう。
「俺はこの時に思い浮かんだんだよ。素晴らしい作戦をな!」
作戦だと?
「あの状況を見ればお前は確実にこう勘違いすると。
実際には俺がそう考えたのではなく、風香先輩がそう予想したから俺はそれに同意しただけだったが……
「どういうことだ?」
「簡単な話だ。俺はずっとつけてたんだからな。誰と関わっていたのかは理解していたわけだ。まず手始めにカップルの男とカメラマンに分身を取り憑けた」
俺はあの時カメラマンが男に取り憑けたのだと思っていたがそれは違った。全部、この怨霊がやったことだった。
「そしてお前が戻ってきたタイミングで2人同時に怨霊を動かしたってわけだ。そうすりゃこいつらが犯人だって思うだろ?」
怨霊は笑う。そしてそのまま続けた。
「だが実際にはあの2人は犯人ではなかった。となればお前が次に誰を狙うかは想像がついた。あのオタク共だ。まあだれでもよかったんだがとりあえずロン毛の気持ち悪いやつにしておいた。あいつらとは午前中にあっていたからな。2回も会うとさすがに怪しまれる可能性があったからライブ会場に向かってる途中にこっそりとな」
丸メガネは午前中に謎の女に会ったと言っていた。俺はてっきりその時にロン毛が怨霊に取り憑かれたのだと思っていたが、それも違っていた。
「で、最後はこのマッチョだ。こいつはこの女の弟らしいからな。楽に利用できたぜ。姉さんの頼みならなんでも聞きます! とかバカかよ!」
松下がキリコの弟だったとは……確かにさっき姉のためならなんでもする、というようなこと言っていた。
「そして最終的には俺にたどり着くと。素晴らしい計画だろ?」
つまり、最初から違ったのだ。俺は今まで関わってきた人物が富士見に取り憑けたのかと思っていた。しかしそうではなかった。実際には富士見と関わってしまったから怨霊に利用されて取り憑けられたのだ。
むしろ、富士見が倒れたあの後に彼らは取り憑けられていたのだ。
しかし、こいつがそこまでする理由はなんだ?
「目的は、なんだ? なんでそれを全部話す?」
「目的?? んなもんねぇよ! 俺はお前が俺の手のひらで踊らされてるのを見たかっただけだ!まさかここまで上手くいくとは思いもしなかったけどな!」
つまりなんだ。俺は目的もなくただ怨霊に踊らされていたのか。
「は、はは。ふざけんなよ。なんだよそれ。富士見を助ける? 何言ってんだ。取り憑いているものですら間違えていたんだぞ? 俺に、何ができるんだよ」
はっきり言って心が折れていた。やっとたどり着いたと思っていた真実が全くの偽りだった。
結局のところ、俺は富士見を助けるために行動していたのではなくて、怨霊に遊ばれていただけだったんだ。
「あぁこのネタバラシをした時の快感よ。これが味わいたかったわけだ!」
怨霊は俺を完全に見下していた。計画とネタバラシをしたのも、ただの自己満足だった。
「ま、俺の目的は果たされた。あとは好きにしろよ。まー今から生霊を生み出した奴を見つけるのは無理だろうけどな」
そう言って立ち去ろうとする。
「待てよ……ただで帰すわけねぇだろ!!」
俺はせめてこいつだけでも吸収してやろうとキリコに摑みかかる。吸収しようとするが、何故か感覚が違う。
「なに……いなくなった……?」
キリコはそのまま気絶して倒れてしまった。キリコに取り憑いていた怨霊は消えていた。おそらく俺に吸収されるまえにキリコの体から離れたのだろう。
「ふざけるな」
怒りがこみあげる。怨霊に対して。しかしそれ以上に。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺の、無力さに。怒りを感じていた。
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