怨霊編

第48話怨霊編その1

  8月14日、火曜日。夏休み真っ只中、宿題もろくに終わっていない状態で俺は外へと出ていた。きっかけは昨日の富士見から来た電話によるものだった。


「早かったかな……」


 待ち合わせの時間は午前11時だった。しかしなんというか……気が動転してしまったのか家を早く出てしまった。現在時刻は10時半だ。仕方がない。Gエナジーでも飲んで暇をつぶすとしよう。

 俺は早速自販機を見つけ、いつものドリンクを購入する。


「なあアンタ。ふじみーは何を考えてんだ?」


 ヘッドホンが疑問を投げかける。


「そんなの俺が聞きたいぐらいだ」


 お互い困惑している。なにせ、昨日富士見はこんなことを言ってきたのだ。


『明日、私と1日だけ恋人になってほしいの』


 元々おかしいやつだとは思っていたが、さらにおかしくなったのだろうか? 全く言っていることの意味がわからなかった。


「1日だけ、ね。そんなこと言わずにもう付き合えばいいのに」


 ヘッドホンは軽くそんなことを言う。そんなこと、出来るわけがないのに。

 と、携帯が鳴っているのに気づいた。電話ではなくメールだ。富士見か?


『おはようございます。魁斗先輩。

突然で申し訳ないのですが、今日はご予定はありますでしょうか?

もしなければ付き合ってほしいことがあるのですが……

予定があるなら大丈夫です。』


 と、メールを送ってきたのは智奈だった。


「なんだなんだ。アンタ、急にモテ期がきたのか」


「バカ言うなよ。しかし智奈がね……珍しいこともあるもんだ」


 智奈から何か誘われるなんて珍しいことだ。気にはなるが富士見との約束がある。智奈には申し訳ないが今回は断らせてもらおう。


「ごめん、っと。まあこんなもんでいいか」


「ふーん。アンタは地味子とふじみーだったらふじみーを選ぶってわけね」


「いやそういうわけじゃない。単純に先に誘ってきたのが富士見だったってだけだ。逆だったら富士見の方を断ってたよ」


「ふーん。誰を断るって? 怪奇谷君言うようになったわね」


 と、いつのまにか約束の人物は現れていた。富士見はなんだかいつもと雰囲気が違っていた。それはおそらく服装のせいなのだろうが……


「なに? そんなにジロジロ見て。そんなに私の身体に興味があるの?」


 白いワンピースを着ていた。それにどことなくいつもに増して化粧をしているようにも見える。首にはネックレスまで付けている。

 なんだ。いつもと違うせいかドキドキする。それにここまで気合い入れてきたかと思うと逆に申し訳なくなる。

 俺は全く服装など何も気を使わず、いつも通りで来てしまったからだ。


「お、おう。どうしたんだよ。な、なんていうか……いつもと違うというか」


 富士見はなぜか髪をサッとなびかせた。


「当たり前でしょ? 今日はデートなのよ? デートなのに気合い入れない女がどこにいるというのよ」


 そうか、やっぱりこれはデートなのか。


「と、いってももちろん偽のデートだけどね」


 まあそれはそうなんだろうが、なんとも複雑な気分だ。


「富士見。どういうことなんだ? 何かなければこんなことしないだろ? 何か目的があるんだろ?」


 悪ふざけにしてもこんなことまでしないだろう。何か目的があるはずだ。俺はそれを想像してみたが思い浮かばなかった。


「そうね。一言で言えば私、狙われてるのよ」


「……!!」


 狙われている、だと? まさか、以前富士見の両親を誘拐した男がまた富士見を狙っているのか?


「おい、それはどういうことだよ。まさかまた……」


「あー違う違う。そんなんじゃないわよ。怪奇谷君が考えてるほど危険なことじゃないから。安心して」


 危険じゃない……?


「それじゃあなんなんだよ」


「いやそれがね。私のことを好きだって言う人がいるのよ」


「は??」


「うん、それでね。その人かなり私にアプローチしてきて正直うんざりしてるのよ。そこで思いついたのが、私に彼氏がいるってことにすれば諦めてくれるかなって。そういう作戦なわけ」


 そういうことか。つまり、俺は偽物の彼氏を演じればいいというわけか。


「呆れた……俺はそんなことのために……」


「……なによ。文句あるの? 偽とはいえ仮にもこれからデートするのよ? しかも超絶美少女の私と! 誇っていいことなんじゃないかしらね?」


 相変わらずの自信だ。そこはいつも通りというわけか。


「はぁ……わかったよ。で? これから具体的にどうすんだ?」


「どうって……普通にデートするのよ」


 富士見はキョトンとした顔で俺を見る。


「いや、その。お前は何を言ってるんだ? みたいな顔しないでもらえるかな?」


「怪奇谷君。あなたは何を言っているのかしら?」


「わざわざリピートすんな!」


「……怪奇谷君は私とデートしてくれればそれで問題ないから。おそらく彼は私のことつけてるはずだからね」


「つけてるって……」


 おいおい。それは結構まずいんじゃないか? 下手するとストーカーとも言えるぞ。


「まあとりあえず行きましょうか。私お腹空いちゃった」


 富士見は俺の手を握り、歩き出した。いつもと違う富士見の後ろ姿に、少しドキッとしてしまうのであった。


「やっぱムカつくな。アンタ、付き合うのは無しな」


 なんだかとんでもない1日が始まったような気がした。

 しかしこの時の俺は、想像以上の出来事が起きることをまだ知らなかった。

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