第36話ティーチャー編その2

ティーチャー編その2

 不思議な相談者を連れ、俺は部室にたどり着いた。


「やあ! ここが『幽霊相談所』の拠点かー!!」


 すでに智奈はちょこんと座っており、1人で将棋をいじっていた。突然現れた正体不明の変人ボイスに智奈は驚いていた。


「……⁉︎ か、魁斗先輩……その、この人は……?」


「ああ、そりゃ心配するよな。いきなりこんな変人か入って来たら。安心しろ。この人が相談者だ」


 智奈はそれを聞いてホッとしたようだ。とはいえ警戒は解けていないようだが。


「魁斗君。いきなり変人呼ばわりはどうかと思うけど??」


「いやどう考えてもあなた変人でしょ」


「うぅ、ひどい! 私、魁斗君がそんな人だとは思わなかったよ!」


「智奈。飲み物入れてもらっていいか? 俺はいつもの。この人には……まあ水でいいよ」


「華麗にスルー⁉︎ 魁斗君がそんな子だったなんて……一体お父さんはなにをやってるんだか……あ、私はお茶でお願いね」


「え? あ、はい……魁斗先輩がアイスココアで、その……」


 智奈が言いにくそうに変な人を見る。


「変な人がお茶、ですね……」


 俺は笑いを堪えるのに精一杯だった。智奈。お前は最高だ。風香先輩は風香先輩で、唖然とした顔をしている。これは面白い。富士見にも見せてあげたかったものだ。


「ちょっと智奈ちゃん! 私にはちゃんと名前があるの! 安堂風香だよ! 風香って呼んでね⁉︎」


「……!! は、はい……すみませんでした、風香先輩……」


 智奈がビックリしている。この2人の相性は合わなそうだ。


「ちょっと風香先輩。智奈ビクビクしちゃってるじゃないですか? あんまり怖がらせないでください」


「え? ビンビン??」


「ぶっ!!」


 アホかこの人は! どう聞き間違えたらそうなる!


「ど、どうぞ……」


「あれ、智奈ちゃん顔真っ赤だねー」


「うぅ……」


 風香先輩が智奈をいじる。なんだか智奈がこんな風に弄られているのは罪悪感が芽生えるな。


「と、とりあえず自己紹介を……って、なんで智奈の名前知ってるんですか?」


 そういえば智奈はまだ名乗っていない。なのに風香先輩は最初からいきなり智奈ちゃんと呼んでいた。


「え? ああー、それはネットに載ってるからね名前」


 そういえば『幽霊相談所』に関してネットに載せるって富士見が言っていたな。まさか名前まで公開していたとは。俺たちのプライバシーはどうなっている。


「じゃあ自己紹介は省くか」


「え? いやいや。私、智奈ちゃんの自己紹介聞きたい!」


「はい?」


「聞きたいよー。智奈ちゃん。自己紹介してー」


 呆れたもんだ。これじゃあ話が進まない。大体自己紹介を聞きたいってなんなんだ。


「智奈。自己紹介してやってくれ」


 俺は呆れて智奈に催促した。しかたなく智奈は口を開いた。


「えっと、生田智奈です……よろしくお願いします、風香先輩……」


「うんうん。可愛い! 以上!!」


「なんなんだあんたは! 可愛いのは同意だけど!」


 しまった、つい可愛いと口にしてしまった。


「へぇ〜」


 風香先輩はニヤニヤしながら俺たちを見る。俺はチラッと智奈を見る。俯いているのがよくわかる。めちゃくちゃ顔を赤くしてる。ああ、恥ずかしい。


「と、とにかく本題に入りましょう!」


 俺はなんとか話を本題に向ける。風香先輩は腕を組みながらニヤニヤしている。


「で? 相談とはなんですか? 幽霊に憑かれたんですか? それとも霊障ですか?」


「実はね、そのどれでもないんだ」


「はい?」


 またふざけているのか? 相変わらずニヤニヤしたままだし。


「そのどれかならもっと楽なんだろうけどねぇ……」


「いや、だったらなんなんですか?」


「さて、なにから話すべきかな……」


 風香先輩は自身の頭をポカポカと叩いた。頭の中を整理しているんだろう。少しポンコツっぽいが。


「そうだねー。とりあえず同志先生の話をしようか」


 やっと口を開いたと思いきや意外な名前が出てきた。なぜここで同志先生が出てくる?


「同志先生、ですか……?」


 俺よりも早く、智奈が珍しく反応した。


「あ、智奈ちゃんは同志先生の授業を受けているんだったね」


「はい……」


 そうなのか。それは俺も知らなかった。1年を担当しているのは知っていたので、智奈が授業を受けているのは不思議なことではない。


「智奈ちゃんは同志先生のことどう思う?」


 どういう意図があっての質問なんだ?


「え? その、私は同志先生の授業は好き、です……その、わかりやすくて……」


「うんうん」


 風香先輩の質問に智奈は答えていく。智奈がしっかりと答えるというのも珍しいものだ。


「魁斗君は?」


 今度は俺に質問をしてきた。と、言っても俺はさっき答えた通りに思ったことを口にするだけだった。


「うんうん」


 妙に納得したように頷く風香先輩。


「えっと、この質問にはちゃんと意味があるんでしょうね?」


「もう。魁斗君私のこと信用しなさすぎじゃない?」


 どこに信用できる要素があるというんだ。


「魁斗君はさっきこう言ったよね? 同志先生の姿は本当の姿じゃないって。もしかするとそれは当たりかもしれないんだよね」


 どういうことだ? つまりそれは。


「まさか、取り憑かれているっていうんですか?」


 幽霊に取り憑かれていたとしたら、今の同志先生は本来の姿ではないということになる。


「いや違うよ。仮に取り憑かれているとしたら学校にいる時は普段の同志先生じゃないとおかしいでしょ?」


 確かにそうだ。取り憑いた幽霊が表に出てくるのは夜だけだ。姉ちゃんに取り憑いた騒霊も、恵子に取り憑いた地縛霊もそうだったように。


「やけに詳しいですね」


「あはは。興味があって調べたりしてるからねー」


 だとしてもこちら側の事情を知りすぎではないか?


「それで、取り憑かれていないんだとしたらさっきのはどういう意味なんですか?」


「ああ、つまりね。私が言いたいのは、同志先生の学校での姿とは姿があるんじゃないかってことだよ」


 学校での姿とは別の姿??


「どういうことですか?」


「私見ちゃったんだ。夜の繁華街で同志先生の姿を」


「いや、別に姿を見たぐらいならどうってことないんじゃ」


「サングラスをかけてミニスカート履いてたけど?」


 それもおかしくはないだろ……と思ったが確かにイメージがわかない。あの同志先生がそんな格好するようには思えないが…


「やっぱりおかしいって思わない? あの真面目な先生が繁華街でそんな格好して夜な夜な遊んでいるとは思えないでしょ?」


 確かにそれは変だ。大体非常勤講師とはいえ先生だ。先生がそんな格好して夜中に遊んでいるというのもおかしな話だ。なによりイメージがわかない。


「で、でも……」


 智奈が珍しく意見を述べた。


「同志先生も人間ですし……もしかしたらその日はたまたま遊びたかっただけかもしれない、と思います……」


 風香先輩はちょっと驚いたようだったが、すぐにそれを否定する。


「そこまではいいんだ。私としてもそこはそんなに重要じゃないんだー。重要なのはその後だよー」


 風香先輩は間をおいて言った。



 なんだって?


「え……?」


「だからね。同志先生は誰もいないところで誰かに向かって話していたんだよ」


「いやいや。そんなのたまたまそう見えただけじゃないですか?」


 ただの独り言かもしれないし、電話をしていたのかもしれない。


「残念だけど、それはないよー。電話らしいものはなにも持ってなかったし、イヤホンとかもなかった。そしてなにより会話をしていたんだよ。『今日は夕飯、どうしようか?』って言ってね、しばらくして『だから私はハンバーグは作らないって言ってるでしょ!』って。この会話が独り言に見えるかな?」


 風香先輩がふざけてるようにもみえない。あくまでこの人は自分が見た光景をただそのまま伝えているだけなのだ。

 だとすれば同志先生は一体会話しているのか?


「ここまで言ったらさすがにわかるよね?」


 風香先輩は俺の目を見て言った。


「同志先生はとお話ししていたんじゃないかな?」


 見えない何か。つまり、幽霊だ。


「なるほど。つまり、同志先生は幽霊が見えてその幽霊と会話している可能性がある。そう思ってここに相談に来たということですね?」


「さっすがー! 飲み込みが早くて私は助かるよー」


 正直身構えて損をした。幽霊が見えたぐらいで騒ぐ必要はない。それを利用して何か問題を起こしているなら大変ではあるが。


「そんな、同志先生が……」


「智奈。別に落ち込むことではないだろ。幽霊が見えて話してるだけだったらだけどな」


 話しているだけならいいんだ。だが、他の何かを企ていないとは限らない。


「で、俺にどうしろって言うんですか?」


 俺は風香先輩に確認する。


「うんうん。私の予想ではおそらく明日も同志先生は繁華街に現れる。だからその後をつけて真実を暴いてほしいってとこかな?」


「それは、どうして? ぶっちゃけたところ、風香先輩にはなにも関係ないことですよね?」


 俺はなぜ風香先輩がわざわざこんなことを俺に頼むのか。その理由がわからなかった。


「あー、単純に興味だよ」


「へ?」


「知っちゃったからには気になるじゃん! 果たして同志先生は一体誰とお話をしていたのかっ! ……ってね」


 なるほど。この人はただ気になるからという理由で俺に頼んでいるのだ。


「はぁ、まあ確かに万が一面倒なことになっていたりしたら困りますからね。いいですよ。引き受けます」


「か、魁斗先輩……! そ、その……わ、私も手伝わせてください!」


「智奈……」


 智奈がこんなに積極的になるのは珍しい。


「うん。私も智奈ちゃんにもお願いするつもりだったんだ。魁斗君1人じゃ不安だしね」


「って、風香先輩は来ないんですか?」


「うん。私も忙しいんだよ? だから結果だけ教えてね」


 なんて人だ。まさかの人任せとは。


「はいはい。わかりましたよっと」


 納得は出来ないが、これも相談所の役割であると割り切るしかない。こうして今後の方針と目的が決まった。

 明日の夜8時。繁華街におそらく現れる同志先生の後をつけて真実を暴く。という事だ。

 ついでに夜の繁華街であのような格好でいる理由も知りたいらしい。これはもしわかったら教えると約束した。


「さて、今回はどうなるやら」

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