第25話 聖騎士ゼークトの追想①

「おい。女には苦労しない色男よ。あいつには手を出すなよ」

 ゼークトは苦笑いをする。

「そういう物欲しそうな顔をしていたか?」

「ああ。聖騎士の名が泣くぜ」

「そうか。まあ確かにいい娘だ」

 ゼークトは落ち着けというように手を上げる。

「心配するな。俺は手を出すつもりはない。それに俺じゃ相手にされんだろうよ」

「はっ。奴隷女なんぞには興味がないってか?」

「落ち着け。何をカッカしてるんだ。俺が相手にしないんじゃなくて、相手にされないって言ってんだ」

 ゼークトは今まで何人もの女を魅了してきた笑みを浮かべる。

「意味が分かんねえぞ、ゼークト」

「まあ、気にするな。ああ、すっかり長居をしてしまった。任務中だったのを忘れるところだったよ」

 玄関まで見送りに出る。

「なあ、ゼークト。もし、俺に何かあったら、あの娘の保証人になってもらえるか?」

「ん? それは構わない。あとでノルンの役場に言っておこう。だが、それほど気になるなら、命を大切にしろ。意地を張らずに軍に入れ」

「それとこれとは別だ。まあ、万一の時のことさ」

 俺たちはがっちりと握手する。ちょっと肩の荷が下りた。

 馬にまたがったゼークトを見送ると、路上に人が多くたむろしていることに気がついた。俺の家を遠巻きにしている。

 隣家を見るとオーディばばあと目が合ったが、頭を下げて引っ込んだ。

 なるほど、聖騎士が俺の家を訪ねてきたことが気になっていたということか。

 大方、俺の捕縛にやってきたとでも想像していたのだろう。聖騎士がわざわざ捕まえに来る盗賊なんてどれほどの大物だよ。俺は可笑おかしくなる。

 まあ、昔のゼークトを知る人間も少なくなったということかもしれない。

 さて、家に戻ってさっきの続きでもするか。


  ◇幕間 聖騎士ゼークトの追想◇


 馬を走らせながら自然と笑みがこぼれる。

 久しぶりに会った友ハリスがあの不幸な事件からすっかり回復した様子だったのが喜ばしい。

 酒で体を壊していないか心配だったが、顔色もよく、元気そうだった。

 部屋の中も相変わらずほこりとガラクタに埋もれているかと思ったら、以前より家の中が片付いている。もともと男所帯で整理整頓とは無縁だったが、一時期それはひどい有様ありさまだった。

 なんといっても驚いたのは、ティアナという娘の存在だ。

 ハリスが奴隷女を買うという行為そのものはあいつに似つかわしくなかったが、まあ、あの気立ての良さなら分かる気もする。

 テーブルにつくように誘われると、以前は酒浸りでろくに食べない生活だったのに、しっかりと食事を取っていた。

 娘が俺に料理を勧めるたびにわずかにハリスのほおがピクと動くのがおかしい。

 実際、あの娘は自慢したくなるだけの料理の腕を持っていた。かいがいしく給仕する様子も好ましい。そして、何より、この俺に対して全く反応しないとは驚きだ。

 両親の残してくれた俺の容貌については、恩恵を受けることも多くあったが同時に数々の問題も引き起こしてくれていた。

 夫の目の前で色目を使ってくる女は論外にしても、さりげない感じで視線を向けられる経験は何度もある。

 それをあの娘ときたら、ハリスの食事の世話に夢中で俺の顔を見ようともしないのだから。

 ほとんど会話はできていないし、短時間で判断はできないが、あの娘がハリスに向けている感情は少なくとも悪いものではあるまい。あの目に浮かんでいたのは尊敬の念だと思う。

 ハリスの方がどう考えているかは想像するまでもなかった。

 あいつはあの風貌に反して実は繊細だ。だから他人に心の内を悟られまいと常にあんな不機嫌な顔をしている。

 長年の付き合いがなければ分からないが、ハリスは相当あの娘にご執心なのだろう。

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