最終話:ふたりの愛



 美しい日々、

 美しい時間、

 あなたと共に過ごした、すべての時間が、

 愛おしくも美しくて、心が乱れていく──




 わたしたちの結婚式は盛大なものになった。

 天界や魔界から多くの者が列席した。リュウセイは内心、照れていたけれど、そんな素ぶりは全く見せず、堂々とした態度だった。


 白い花びらが雪のように舞うなか、わたしは魔族の色、緋色を基調とした華麗な衣装に身を包んだ。


 天界は白を基調色とするから、緋色の衣装はとても目立つ。


 人間界にいるとき、リュウセイと共に王公苑わんごんゆぇんとの戦いに向かった。その時、同じような緋色と金色の襦裙じゅくんに身をつつんだ。あの時は戦闘服だと思いながら身につけたものだ。


 今はちがう。あの人のために装うのだ。わたしを待つ人が、誇らしいと思ってくれることを祈って。


 母が送りだすとき、感極まって泣いた。


 ──なんて美しいの、わが娘は。天界の神仙たちもあなたの美しさを愛でるにちがいないわ。


 花びらを浴び、多くの人びとに見送られ、わたしは彼のもとへ向かう。

 玉帝の第三皇子蒼龍そうろんが待っている。



 天界にある神殿は、白を基調とした品がよく豪奢ごうしゃな建築物だ。その神殿を今日は白い花々が飾り、甘い匂いが周囲を満たしている。


 神殿に入る前には長い階段がある。階段を上ろうとして、わたしは背後を振り返った。

 そこには多くの人びとが立っていた。魔族も神族も共にいた。


 ──これでもう後戻りはできない。幸せなのに、でも、なぜ、悲しいとも感じるのだろう。たぶん、わたしは知ってしまった。永遠に続くものなどないって。


 一歩、一歩、階段を登る。左右にいる侍女たちが、わたしを支えてくれる。


 神殿の入り口に到達した。

 すぐに蒼龍そうろん(リュウセイ)の姿が目に入った。


 ──なぜ、悲しいなんて言葉が浮かんだの? あの人が待っているのに。


 もう彼しか見えない。正式な白い衣装に身をつつんだ彼は輝くばかりで、圧倒される。すべての感情が消え去る。


 わたしがほほ笑むと、彼が口角を上げニヤリと笑った。

 まっすぐに彼へと伸びた絨毯じゅうたんの上を歩む。


 ──あなた、来たわ。

 ──待っていた。俺は待つばかりだな。だが、これからは待つことはしない。永遠に俺のかたわらにいろ。


 彼は、いつもわたしを待ち、そして、いつも言って欲しい言葉を与えてくれる。


 わたしたちは、何度も出会い、何度でも恋に落ちる。

 いったい彼は人間界でわたしだといつ悟ったのだろう。


 以前、彼にそれを聞くと、『あの日だ』という答えが戻ってきた。


『あの日?』

『わがままな王女さまが、牛車から駆け寄ってきた。俺に「無礼な」とか言っていたな。あの様子で気づいたよ。まだ半信半疑ではあったが』

『では、最初から薄々は気づいていたのね。なぜ、なにも言わなかったの』

『信じたか? 天界で会ったことがあると言っても笑うだけだろう』




 祭祀継承者さいしけいしょうしゃが杖を鳴らす。彼は小柄な男で、どこか愛嬌のある容姿をしていた。


 ──これより、玉帝第三皇子蒼龍そうろん魔麗亞まりーあ王女の婚姻式をはじめる。


 祭祀継承者さいしけいしょうしゃが朗々とした声で叫んだ。

 

 ──天に向かって拝礼を!


 蒼龍そうろんとともに床にぬかずき天に向かって拝礼する。


 ──大地に拝礼を!


 わたしたちは並んで大地に向って、厳かに礼をする。


 ──夫婦として契りを結ぶものよ、互いに拝礼を!


 涙が溢れそうになった。リュウセイの顔は優しさに満ちている。わたしたちはお互いに目を見つめ合いながら、礼をした。


 ──これにより、天の定めとして、ふたりを夫婦とする。


 祭祀継承者さいしけいしょうしゃが杖を鳴らした瞬間、花火が天を彩り、そこかしこから歓声がわき上がった。


 花びらが舞い、小鳥たちがさえずり、空は雲ひとつなく、かぎりなく青かった。


 ──また、武神の剣の舞いを見れるのかしら。

 ──マリィー。俺をそそのかすな。

 ──わたしは見たいわ。あなたの舞いが初恋だもの。

 ──祭典ごとに駆り出されるのは、いささかウンザリしている。今日は、ただ、おまえと早くふたりになりたい。


 唇をすぼめ、顔を傾け、う〜〜んと唸ってみせる。彼には、どんなわがままも言える。そのことが楽しくて、つい、限度を越えてしまう。


 ──たく、そんな、あざとい仕草をどこで覚えた。聖母だったのではないか?

 ──どんな経験をしても、性格の本質って、変わらないものなのよ。

 ──俺の聖母。ずっとそのままでいてくれ。


 天界の時は長い。

 多くの儀式やうたげで祝宴が数日は続く。

 天の祝いに、おそらく、人間界なら数ヶ月は過ぎただろう。


 ──これは度がすぎるぞ。おまえではなく、天の掟で今度は待たされるとは。

 ──逃げよう、リュウセイ。


 わたしたちが宴を逃げたのを知っても怒るものは誰もいなかった。彼らは、ただ、笑っただけだ。

 新婚のふたりは、早くふたりっきりになりたいものだと。

 



 それから数年が過ぎた。わたしたちは天界で、もっとも美しいと言われる『天壇の丘』に来た。

 妊娠したわたしを、彼が気遣っているのだ。


 この丘から、雲の中心に浮かぶ神々しい天界樹が見える。いわば天界一の絶景の場所で、天界樹の枝には白い花が揺れている。遠くの雲海まで見渡すと世界の広大さに感動を覚えてしまう。


 ──おまえを、この場所に連れてきたいと、何度も思ったものだ。やっと見せることができた。


 リュウセイは、丘にしつらえて椅子にすわっている。

 椅子の横に腰を下ろして彼の膝に頭をつけると、やさしい手がわたしの髪をもてあそぶ。自分の居場所がここにある。


 暖かい膝と美しい指の動きと。


 あふれる思いは別にして、ここには、ただ、風と、花と、彼がいる。


 ー 了 ー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】紫龍と姫と、天界の神〜魔性の放浪楽士と王女の恋物語〜 雨 杜和(あめ とわ) @amelish

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ