第69話 聖騎士と聖石

「ホーリーソード!」


 全身を岩の外皮で包んだ人工魔物が振り下ろす拳を回避する。

 地面にめり込んだ腕を、光属性魔法を纏った長剣が切り裂く。

 魔物の腕を裂いたのも束の間、すぐさま傷口の奥がボコボコと膨れ上がり、凝固して岩となることで傷口を塞いでしまう。

 ダメージが通った素振りは見えない。

 それどころか、無機物めいた動きや反応から、生命体ではないとすら思えてくる。


「ちっ! 倒せる気がまるでしないな!」


 魔物は地面にめり込んだ腕を引っこ抜く。

 今度は両腕を組み頭上を掲げると、それを一気に地面に叩き付けてくる。


「(パワーは61層の階層主と同等、幸いなのはスピードはそれほどでもないという所か)」


 動き自体は散漫なため、アルティアナの身体能力をもってすれば躱すのは容易い。

 だがその威力を見るに、1撃でも食らおうものならHPを根こそぎ持っていかれるであろう脅威が、その拳には秘められていた。


「ディバインアロー!!」


 中級の光属性魔法が発動される。

 アルティアナの手から無数の光の帯が解き放たれると、1本1本が魔物の腕、足、胴、頭部へと被弾する。

 1度に複数の敵を攻撃することが出来る広域攻撃魔法であり、大型の魔物に対しては複数ヒットも狙える利便性の高い攻撃魔法である。


『――――ッッッッ!』


 魔法の帯は手足や頭部を貫通したものも、やはりすぐさま周囲の岩がボコボコと盛り上がり傷口を塞いでしまう。

 胴部に至ってはひときわ太いのが原因か、貫通することさえ叶わなあかった。

 損傷を修復する特性を持った巨人ではあるが、その修復によって全身の岩の密度が下がっている様相は伺えない。


「(体内の魔力を岩に変換しているということか……?)」


「狂信の騎士、アルティアナ・アベールを前にしてもなお、〝聖使徒の石像エンゼルゴーレム〟には歯が立たないと、ふぉっふぉっふぉ、これは良いデータが取れそうじゃ」


「っ! ボルボルス・ボロス枢機卿!」


 歯噛みするアルティアナを嘲笑うが如く、魔物――ゴーレムの後方から1人の老爺が姿を現した。

 薬品の染みがこびりついた法衣をだらしなく肩にかけ、白衣のように着こなしている白髪の老人。

 首には緑色に輝く宝石がついたネックレス――〝聖使徒の心臓〟を装備している。


「まさかあなたもこの計画に加担を……いや、むしろ関わっていない方が不自然と見るべきか」


 そして中央教会に身を置くものであれば誰もが敬服する最高幹部の証、枢機卿章を装備している彼の名はボルボルス・ボロス。

 アーティファクト研究の第一人者でもあり、数々の人工アーティファクトを世に生み出してきた天才研究者である。


 大聖堂の池から姿を現し猛威を奮っている10メートルの巨体を持つゴーレムもまた、ボルボルスの生み出した怪作の1つであった。


 それ以外にも彼は魔導銃の開発者でもあり、彼の生み出した作品群は教会のダンジョン探索において、大いなる貢献をもたらしていると言える。

 1つ難点があるとすれば、己の研究のためならば、非人道的な行為にも躊躇がないという点。

 彼の手により大量の〝シスターズ〟が産み落とされ、そして彼の開発した魔導銃によってまた複数の〝シスターズ〟が命を落としたのだから……。


「狂信の騎士よ、貴殿に〝聖使徒の石像〟の試運転をさせてもらかのう」


「そんなものに付き合っている暇はない。今すぐ廃棄処分にしてくれるわ」


 威勢よく啖呵を切ったはいいものも、アルティアナは未だゴーレムに対し有効打を与える術を見出していない。

 試行錯誤に反撃を繰り出すものも、ただスタミナとMPをいたずらに消費するのみに終わってしまう。


「ひゃひゃひゃ! これは良い! これはまだ試作機であるが、ゆくゆくはその倍、40メートルまで巨大化させる予定じゃ。更にそれを量産すれば、ただ地を進むだけであらゆる土地を更地にすることも不可能ではない」


「これもまた軍事兵器の1つということか」


 アルティアナは考察する。

 耐久力自体は一般的な岩と同じ強度。

 アルティアナのステータスであれば表面を削る程度であれば不可能ではない。

 だが削ったそばから修復が始まってしまう。

 修復の原理――それは〝聖使徒の心臓〟と同じであるとアルティアナは予想を立てた。

 つまり地下にある魔宝石に溜め込んだ、マリアンヌの魔力が常時供給されており、その魔力を動力及び修復エネルギーとして使っているということ。


『――――ッッッッ!』


「くっ!」


 脳内で様々な仮説を並べながら、ゴーレムの攻撃を回避し、時には反撃を入れていく。


 アルティアナは考察を続ける。

 であればゴーレムのどこかに〝聖使徒の心臓〟同様、緑色の宝石――魔力の供給先であるコアが埋め込まれているはずなのである。

 それを破壊出来ればゴーレムを停止させることが出来るかもしれない。


「(コアの位置は……恐らく胸部!)」


 先程アルティアナがゴーレムの至る所に放ったディバインアロー。

 唯一胸部に放った聖なる矢だけが貫けなかったのを思い出す。

 それに10メートルの巨体を動かすエネルギーを魔力で賄うとすれば、それだけ大きな動力装置が必要になってくるのであろうことは、アーティファクト学に乏しいアルティアナでも凡そ予想出来る範疇だ。

 そして手足の長さに対してずんぐりとした印象を与える太い胴部。


「(コアはあそこかっ!!)」


 ゴーレムが次々と繰り出す攻撃を躱し続けながら、アルティアナはコアが埋め込まれているであろう胴部に見切りをつけた。


「(どうせこのままではジリ貧だ。例え相打ちになったとしても、ここでこの土人形は破壊する!)」


「そろそろ諦めたらどうじゃな?」


「ほざけ! 貴様はデカブツを処分したあと、マリアンヌ様に行った悪行の数々を償わせてやるから懺悔の言葉を用意していろ!!」


 この巨大なゴーレムが引き続き暴れ続ければ、確実に周囲に被害が及ぶ。

 そしてそれは彼女が使えるべき主、マリアンヌにもその火の粉が降り注ぐことだろう。

 ならば、例えこの身と相打ちとなったとしても、ゴーレムは必ず破壊する!


 アルティアナは手の平を広げたゴーレムの叩き付け攻撃を、指を切り落としながら大きく飛び退ることで回避する。


「はああああああああ!!」


 アルティアナは力強く握りしめた長剣を頭上に掲げ、膨大な魔力を練り上げていく。

 光属性を示す白い魔力が剣を真っ白に染め上げ、魔力の波動が高い位置で結んだ髪を煽る。


 ただひたすらに、狂信的なまでの信仰の末に得た光の力。

 聖者の子孫への忠誠に人生を捧げた、聖騎士の剣。


「打ち抜け!」


 掲げた剣を振り下す。

 同時に解放される高密度の魔法攻撃が、ゴーレムの胸部を打ち砕く!




「ファナティックキャリバー!!」




【ファナティックキャリバー】

 消費MP1000

 自身のHPを1にし、筋力と魔力に応じた高威力の遠距離魔法攻撃を繰り出す。

 削ったHPに応じてダメージを上乗せさせる。

 使用後【致命】状態になる。



 彼女の総MPの3割にも達する1000のMPと、HPを1まで削ることと引き換えに放たれる、全てを飲み込む光の奔流。

 数秒の後、ファナティックキャリバーの光が収束する。

 果たして――


「ダメか……っ!」


「素晴らしい! ゴーレムのコアは狂信の剣さえも受け止めるか!!」


 ――ゴーレムの胸部装甲の岩は根こそぎ剝ぎ取られ、内部に隠されていた緑色の石が露出している。

 その石にもわずかに亀裂が入っているのを認めるが、それでもゴーレムが停止する素振りは見せない。

 絶望に打ちひしがれるアルティアナに、歓喜に身を震わせるボルボルス。


「はぁ……はぁ……く、くそっ」


 彼女は全身に襲いかかる脱力感に抗うべく、大地に剣を突き立てて身体を支えるも、息も絶え絶えで視界も霞んでいく。

 そうこうしている間もゴーレムの胸部は、破損部分を埋めるようにボコボコと盛り上がりコアを包み込んでいく。

 桁外れのMPを保有するマリアンヌの魔力、そんな彼女を何十体も複製し、何十日もかけて貯蔵してきた無尽蔵のエネルギーは、剥ぎ取られた外皮を再び修復することなど造作もなかった。


 対するマリアンヌは繰り出した必殺技の代償に満身創痍で、剣を地面に突き刺し身体を支えて立っているのがようやくといった死に体であった。


「申し訳ございません、マリアンヌ様……」


 意識が遠のく。

 アルティアナは立ったまま、その意識を手放した。

 ゴーレムの修復が終了する。

 振り上げられたゴーレムの拳を退ける手段は、もうない。

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