第29話:TROUBLE BUSTER ①


「いいか⁉︎ 田上! 次からは先に一言、言ってから飛び降りろ! アレじゃあ、唯の無理心中だ!」


「あのまま、屑鉄の山になっちまった給水塔の説明をさせられた方が良かったか? 『山羊の悪魔の仕業です』とでも説明するか? ほれ、言ってみろよ。山羊の悪魔ちゃんよ」


「やめろ!やめろ! そのセリフを掘り返すな! 雰囲気でいっちまったんだ。恥ずくて死にたいぐらいなんだよ、コッチは!」


 八島は革手袋をはめた手をぶんぶんと振った。白い肌に赤みが差していた。恥ずかしさを紛らす為に続けて愚痴った。


「イタイ格好、言動に関しちゃ、お前の方が一段上だぜ、田上...」


 八島と田上は休み時間の廊下を歩いていた。

 

 ボロ臭い実習棟の屋上から落下したにも関わらず、双方ともに五体満足、骨の一本も折れてはいない。

 理由は単純。屋上から約2m下、六階の窓の張り出し部分に着地したからだ。

 八島の方はあやうく落ちかけたが、田上が支えた。八島自身も指先をコンクリートにめり込ませ、耐えた。別段、落ちても死にはしないのだが...

 それから、二人は窓から棟内に侵入。施錠された窓は八島がこじ開けた。ねり飴のごとくそれは千切り取れた。中に入った二人はそそくさと本校舎の方へと退散した。


 そして、今に至る。


「それで? 給水塔の件は逃げおおせるとして、私等がノシた連中に関しちゃどう説明するんだ?」


「お前はどうするつもりだったんだ?」


「連中がびびって告げ口しないと踏んでた。例え、教師に泣きついたとしても正当防衛だと正直に申し上げるつもりだった。なにせ、自己紹介の段階からどんな未来が待っているかはクラスの連中には予想がついたわけだしな。“脚”に関しちゃ、まあ、何処かに隠しておこうと思ってた。」


「予想外は、俺だけか?」


「その通り。スーパーガールの御登板は考えちゃいなかった。良い方向に転ぶことを願ってるぜ。ヒロインさん」


「お前の学園生活は終わったも同然だがな」


「うるせぇ、そんなもんハナから求めちゃいない。早く、妙案とやらを見せてみろ」


「そうだな、ちょっと待ってろ」


 田上は立ち止まり、スマートフォンになにかを打ち込み始めた。


「何をやってる? 彼氏に長文でも送ってんのか? 嫌われるぜ」


「俺にいるとでも思ってんのか? 」


 八島はいやらしい笑みを浮かべ、首を振った。


「わざわざ、面白くもない冗談を言うな。どうせ、お前にもいやしないだろ。」


 田上はスマホの画面を荒々しくタップしながら吐き捨てた。

 

「だが、男共に送ってるってのは間違いじゃない。」


「何て送った? 『ヤろうぜ、インポ野郎!』か?」


「惜しいな。『恥をかきたくないだろ?』だ」


「誰に?」


「鈍いやつだな。俺たちがノシた奴らに決まってるだろ。取引を持ちかけたんだ」


「アイツらのアドレスを知ってるとは驚きだ」


「当たり前のことだ。2年A組のグループSNSがあるからな」


「今どき、そんなもんか...」


「亜紀のとこじゃ、無かったのか?」


「そもそも学校自体、初めてだ。ピカピカの一年生だな」


「それでどうやって此処に入れた」


「色々あるのさ。何たって、夜柝市だしな。それに、私立だし..」


 八島は指を鳴らした。パチンッ


「それで、どういう取り引きだい?」


「煙に巻きやがって。まあいい、内容は単純だ。“ドミノスポットがやった。そういうことにしないか”と、言ってやったんだ。」


「自己紹介でもするつもりか? 田上...」


「違う。正体は意地でも明かさない。俺が死ぬまでそのままだ。こいつは、唯の暗喩だ。何かを聞かれても冗談で済まそうと言ってやったんだ」


「アイツらは乗ってくるか? それで教師が納得するか? 私が知らないだけで教師ってのはそんなに頭が弱いのか?」


「さあな。少なくとも、不良共はボコられた件を取り繕うことには賛成するだろう。教師に関しちゃ、連中と俺らがお互いに口をつぐんでいりゃ何も言ってはこない。問題なのは最初から連中と何処で落ととし前をつけるかってことだけだ」


「そりゃあ連中も平均身長170に満たない女二人に叩きのめされた。なんて言いたくないだろうしな。だが、その為だけに骨折やらを黙っていられるほどタフなのか?」


 田上は八島の目を見据える。人と話す時の基本姿勢だ。目を見て、ハキハキと。


「あの類の連中は、見栄の為だけにあんな格好と言動をしてる。俺達にボコされたとは、意地でも言いやしないだろう。それよりかは、ドミノスポットにやられたなんて冗談を言った方がマシって連中なんだ」


 八島は、右手をポケットに突っ込んだ。思案している素振りを見せた。左手の指を擦り合わせた。考えに考え、結論を得た。

 これ以上どうするべきか、これからどうなるか、皆目見当がつかないということだ。当初の計画よりは悪くならないとは言えるかもしれない。

 田上が裏切らなければの話だが....


「二年近く連中を見てきてるお前が言うなら、そうなんだろうな。私が普段目にするのは見栄すら張れなくなった奴等ばかりだから、同年代の思考の機微はよくわからない。ああいう奴等を見てて分かるのは人間、見栄すら張れなくなったらお終いだってことだけだ」


「どういうことだ? そんな落ちぶれた連中とどうして関わりを持つことがある?」


「ある種のバイトだよ。ほら、放送局の集金人的な奴」


「中々、難儀なバイトだ」


「そうそう。村建地区なんて廻ると、そういう類いのお宅を訪問しなくちゃいけない。あそこのお客さんは手が早いんだ。想像つくだろ?」


「ああ、そいつらをお前がボコボコにしてるのも想像つく。何の集金なのかは聞かないで置いてやる。」


「有難てぇよ、田上。正義の為にお構い無しに殴りかかる奴は、暴力に理解があって誠に結構。行動原理は理解不能だがな」


「お前の袖口からたまに覗く刺青も全く理解不能だ」


「それに関しちゃ、後で嫌というほど聞かせてやるよ。正義論者。お前以上に見栄の為だけにイカれたことやってる奴はそうはいないだろうぜ」


「そいつは違う。そんな奴は溢れに溢れてる。世界史A、B。日本史A、B。どの教科書を開こうがほぼ1ページ毎にいやがる。分かるだろう、それぐらい?」


「自慢じゃないが。私はまだ一度も教科書を開いたことがない。」


「いろんな意味で壊滅的だな...」


 教室が見えてきた。2ーA。二人の在籍するクラス。


 担任がちょうど中から出てきた。出席簿を持っている。二人を見とめた。眉間に皺を寄せ、口泡を飛ばした。


「田上さん!八島さん!何処に行ってたの⁉︎ 授業すっぽかしたでしょ⁉︎ 現代文のキーン先生が煮えたぎってたよ!」


 田上は途端に真面目くさった。真剣に、焦っているふりをした。


「先生!お話しないといけないことが!」


 私は黙っていた。目を伏せていた。不良に締められた後の控えめな少女を演じた。


「山中達が八島を締めようとしてまして、私が止めに入ったんです! それで、遅れてしまったんです!朝のあの自己紹介を覚えていらっしゃるでしょう?」


 担任は目を見張った。二人を観察した。何かを探しているように。二往復して、視線が止まり、再び田上の目を見据えた。


「うーむ。いやというほどその情景が目に浮かぶね。怪我がないようで安心したよ。本当に、ほんとうに」


 安堵したというように腹をすさった。担任からはホームルームでのオドオドした雰囲気は霧散していた。皮膚の上では汗と制汗剤が互いに死闘を繰り広げている。それは鼻腔に飛び火する。鼻腔を焼く。かなり臭い。


「取り敢えず、生徒指導室で話そう。面倒臭いことなのはよく分かってるから。」


 担任は“面倒臭い”を強調して言った。面倒臭い、面倒臭い、面倒臭い。全く持ってそうなんだという感じの雰囲気を出していた...














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