幕間:ある空巣の日記 2002年
1月1日
開けましておめでとう‼︎この調子なら神も仏もいるのかもな。あの子は元気だ!
乳汁期に母親が形だけでも母乳をやっていたのがよかったんだろうな。
1月3日
記者の家は良い。俺のことを家政婦として使ってるのは気に食わないが、あの男から、育児の支援金を丸々貰えたのはデカい。
福祉万歳‼︎
1月4日
大掃除がようやく終わった。ゴミ屋敷は俺の手で救われた。赤子の命も俺が救った。
連中は正月の間中、何処そこでパーティー三昧だ。まあ、別に構いやしないがな。なあ、陽香?
1月5日
陽香が俺のことを「おいた〜」と言ってくれた気がする。だが、そのあとの「くそたれ〜」は絶対に聞き間違いだ。俺の口癖が写ったなんてあり得るわけがない。
陽香、お願いだ。今すぐその言葉を忘れてくれ。
1月15日
離乳食もよく食べている。少し、離乳食を与えるのが、遅れてしまった気がしていたが、きっと持ち前の生命力がものをいったのだろう。流石、俺の娘だ。
おい、待て。それはマルボーロじゃない、マルボロの吸殻だ。マジで、やめてくれ。
記者の野郎、この部屋でタバコを吸うなと言っただろ?本当に大卒か?
2月9日
本業を忘れているわけじゃないぞ。あの子を担いでのスリ祭りだ。幼児を抱えてる奴がスリ師とは余り思わないもんだ。
それに、盗った財布を隠す場所にも困らない‼︎ 俺たち最強の親子だ‼︎ なあ、陽香?
2月13日
陽香が立ったァア‼︎ スゴイぞ‼︎ 感動ものだ。
記者の醜聞の詰まった本棚を支えに歩いた。順調に成長している証拠だ。頑張って訓練していた甲斐があった。さあ、赤ちゃん体操だ‼︎
2月28日
スゴイ勢いで言葉を覚えていくな。少しだが、歩いてもいる。スゴイ成長速度だ。スゴイぞ、陽香。
3月4日
この子は天才かもしれないな。親馬鹿みたいなセリフだが、一度は言ってみたいものだ。
4月24日
バタバタ走りをし出すようになった。本当に感嘆するほどの成長だ。他所の未開の土地にいる狩猟民族でも、ここまでじゃないだろ。
スゴイぞ!陽香。
5月13日
陽香。そんな雑誌ばっかり眺めてても、面白くないと思うぞ。空巣のおじさんが、『はらぺこアオムシ』読んであげるから、こっちに来なさい。
しかし、陽香は俺の言葉を無視して、Bremsenや新聞のスクラップを眺めている。まあ、口に入れなきゃ何でもいいや。
6月28日
部屋を歩き回る陽香。俺は最下段にあるファイルを本棚から引き出し、積み上げてみる。陽香は遊びと思っているのか、俺が積んだファイルを本棚に一冊ずつ戻して行く。順番通りに。
数字の概念を理解し始めているようだった。余りに酷い知育玩具だが、効果は上がっている。
8月8日
ハッピーバースデー‼︎陽香‼︎
お前が母親のケツからまろび出たのが、いつかは知らないが、少なくとも俺にとってはこの日がお前の誕生日だ。
辛いことも沢山あったが、ちょうど一年この子を護ったのだ。感慨深いものだ。それもこれも陽香のおかげだ。
何たってこの子はスゴイ・カワイイ‼︎ 早熟すぎて驚きだ‼︎
今コレを書いている側で、あの子はBremsenを眺めている。そして、俺と似たような中年の犯罪者の写真を見つけるたびに、指を差しながら「おいた〜」と言うのだ。
陽香よ。舐めて貰っちゃ困る。俺はとっ捕まったことが一度しかない。そんじょそこらの有象無象と一緒にして貰っちゃ困る。
誕生日プレゼントは、最近人気のアニメのキャラの縫いぐるみだ。ほーれ、目玉オ◯ジだぞ〜。
陽香は目玉◯ヤジの顔面にパンチを叩き込んだ。何て酷いことをオヤジにするのだろう。しかし、喧嘩の常套手段としては百点満点の行動だ。初手から目潰しとは、中々やりおるわ。我が娘よ。
9月29日
陽香を連れて近所の公園に遊びに行った。開豪地区の公園はホームレスもおらず、非常に治安がいい。と、いうわけでもなかった。
少年野球でも鑑賞しようかと、運動場に行った所。ゲームは終わっており、代わりに例のオヤジ狩りどもを発見した。運動場の隣のスケートボード場。そこで連中はたむろっていた。武器は持ち合わせていない様だった。
困った事態だった。此方は陽香を連れているし、グロックを持ってきていない。袋叩きにされかねない。いや、絶対される。
俺はそそくさと公園を後にしようした。
しかし、数歩も歩かない内に背後から声がかかった。聞き覚えのある声。俺はポケットの携帯電話に手を伸ばしながら、後ろを振り向いた。
「空巣君。こんな所で何をしているのかね?」
気取ったイントネーション。気取ったスーツ。気取った笑顔。タックス・マンズの気取った幹部、ショウジ・ボネガットがいた。
更なる困った事態。俺は苦笑いしながら、ベビーシッターをしていることを伝えた。
そして次の瞬間、ボネガットは気取るコトも忘れて大爆笑。スラックスからシャツが飛び出す程の笑いっぷり。
俺は慌てて止めようとしたが、もう遅かった。
笑い声は公園中に余さず響き渡り、あらゆる視線が此方に向かった。当然、オヤジ狩り供も含めてだ。
連中はめざとく此方に気付くと、肩で風切り此方に迫って来た。ショウジはまだ腹を抱えていた。
俺はショウジを連れて退散しようとしたが、聞く耳を持たないどころか、手を引いてもびくともしない。
そうしてる間に連中はやって来た。ガンを飛ばした。叫び散らし、拳を握りしめた。
ボネガットが笑いをピタリと止めた。突然、真顔になると、野球少年達が放置したのだろう金属バットを手に取った。
連中は唖然とした。
ボネガットはズカズカと連中に歩み寄る。振り被る。ベーブルース顔負けのフォーム。
良い音。野球においてはそう形容すべき音が鳴った。リーダー格の少年の頭がかっ飛んだ。ちぎれ飛ばなかったのが不思議なぐらいの吹っ飛び様。
陽香は手を叩いて喜んだ。「くそたれ〜」と叫んだ。
ボネガットは素晴らしい笑みを陽香に向ける。ファンサービスをする。連中に向け、再びバットを振り翳す。
連中は放心から立ち直り、殴りかかる。
ボネガットのフルスイング。二人まとめて腹を捕えて振り抜く。鈍い音が鳴り。二人が地面に投げ出される。もう一人の腹に蹴りを入れ、吹き飛ばす。
ボネガットは倒れた奴等を何度も執拗に殴りつけた。バットがひしゃげて折れ曲がるまでソレは続いた。
残りの連中は家畜の屠殺でも見学しているかのように、立ち尽くした。
「お灸はいらんかね?」
ボネガットは急に顔を上げて言った。ひしゃげたバットを片手に歩み出す。
残りの連中は顔を真っ青にし、逃げ出した。中々の速力。陽香を抱ながらの逃走では捕まっていたかもしれない。
ボネガットは、近くに落ちていた土まみれのボールを拾い上げると、これまた素晴らしいフォームで投擲する。
帽子すらつけていない最後尾のやつの後頭部に命中。前に向かって卒倒した。更にえげつない事にその子は女性だった。
酷い男女平等を見てしまった。陽香の教育に悪いかもしれない。もう手遅れかもしれないが、俺はそんなことを考えていた。
「さあ、昼飯に行こうじゃないか。私の奢りだぞぅ?」
ボネガットは手を払いながら言った。陽香はにっこりと笑った。周囲は騒ぎになり始めていた。
俺達はボネガットに半ば強制的に車に乗せられ、“白灯蛾”へと連れて行かれた。道中であの凶行の説明がなされた。
やっぱり、用意の良い俺はウォークマンで録音してあるので今回は文字に起こしてみよう。
『ボネガットの滑らない話』
そもそもの話だ。私があの場にいたのは、連中を懲らしめるためだった。連中はギャングまがいのことを、金持ちで未成年なのをいいことにやっていたからな。
大した程ではなかったが、間違いなく我々の事業の邪魔になっていた。村建地区なんかで売り捌かなけりゃあ、見逃してやったというのに......
学業の成績と人間性は比例しないんじゃないか? 偉い人の言った格言というのも万能じゃないな、全く........
ヤクを身勝手に撒くなんて、とんでもないことだ。所構わずばら撒けば、ヤク中で溢れ返り、街の外面を損ねる。その上、稼ぎは労力に見合わない。
そうだろう?
顧客は、金と権力を持っていて自分で自分のケツが拭ける奴じゃないといけない。
じゃないと、カスタマーサービスの担当部署で過労死が多発してしまう。観光事業も台無しになる。良い事なんて一つもない。
これはね。凶行なんかじゃない。街の総意だ。犯罪ですらない、不文律による法務執行というヤツだよ。ヤクを扱う者として果たすべき義務だ。
ただ単に、暴力を振るいたいだけじゃないのかって?
確かに、ソレも否定できない。ジム・トンプスンの小説の題名と一緒だな。『俺の中の殺し屋』というヤツだ。
(ボネガットがグラスを傾ける音・喉を鳴らす音・陽香がマルボーロを咀嚼する音)
其処に偶然君達が居合わせたわけだ。君には何の気無しに声を掛けてみたが、中々どうして面白いことをしているじゃないか。それに、私の標的達から逃げようとしている。
おあつらえ向き過ぎて、ダシに使わせてもらうしかないじゃないか。
ああ、もちろん君がベビーシッターをしていることがツボに入ったのは事実だぞ。誇っていい。
(陽香の「くそたれ〜」という声)
ブハハアハッ‼︎
面白いなぁ!君の子は、将来は大悪党間違いなしだ。もしくは、ディック・トレイシーかもしれんな!
陽香ちゃんというのか、面白い子だ。アイスクリームをあげよう。
(ボネガットが備え付けのクーラーボックスを開ける音)
ストロベリー味がいいかい? なに? ラムレーズン? 渋いなぁ、陽香ちゃん。
(たわいない会話・陽香のアイスクリームを舐める音が続いている.......)
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