スカッカム海峡撤退支援.1
「詳しく説明しますね」
招集された竜騎兵たちの前で、コレスタフは二枚の紙を広げた。
「こちらが元のスカッカム海峡の地図、こちらはピクシーの通信記録を元に作られた現在の地図です」
ジャンユーが地図を拳で叩いた。
「スカッカム海峡は王都の北方に位置する暗黒大陸、つまり、魔物に生存圏を奪われた土地に隣接している。しかし、海があるお陰で魔物の侵攻は少なく、駐屯兵で押し返せた」
ヴァイカーは二つを見比べて言った。
「海峡ってことは、陸地間が狭い海で分断されてるはずだよな……」
「それがどうした」
セラヴィーが鋭く問う。
「見ろ。現在の地図の方、陸地に橋がかけられてる」
「あっ、本当だ」
カイルは目を見開いた。王都最北の砦と対岸を繋ぐように、不可解な斜線が何重にも描かれていた。
「これ王都軍がやったのか?」
「やる訳ねえだろ」
ジャンユーが低く唸る。
「三日前、海峡に突如巨大な陸地が出現したらしい。正体はゴーレム。土を主成分とする建造物型の魔物だ」
「ゴーレムは普通六、七フィートがせいぜいなんですが、これは離島級の大きさです。異常ですね」
コレスタフが眉を下げる。
「そのゴーレムが大橋の代わりとなり、半島の砦に魔物の軍勢が雪崩れ込んだ。アリアード王子率いる王都合同騎兵隊が防衛戦に発ったが、間もなく魔物に囲まれ孤立した」
「その魔物の大軍ってのは?」
「寒冷地に生息する強靭な毛皮を持った狼型魔物のリカントと、高い知能と射撃能力を持つ人型の魔物エルフだ」
「俺が魔物の総大将ならこうしただろうってくらい、人類には最悪の布陣だな。海峡を潰すやり方といい、魔物にこんなことできるか?」
ヴァイカーの呟きに、ティッキーが肩を竦めた。
「魔物以外に誰がやるんだよ。まさか、人間が入れ知恵してるって?」
ジャンユーが手を打ち鳴らした。
「無意味な考察は不要。兵士ならまず手足を動かせ。第一目的は孤立した王都合同騎兵隊の撤退支援だ。人選もそれを考慮する」
「シャハリヤさんとルキヤーノ君はそれぞれ別の任務なので……ふたりがいれば心強かったんですけどね」
「ないものを当てにするな。今から作戦のメンバーと騎乗する竜を読み上げる」
ジャンユーの吊り気味の目が竜騎兵を一瞥した。
「カイル・ベアキャット、"薫風渡り"ユーサー! セラヴィー・トリダン、"月檻"レギンレーヴ! 二名が作戦の要だ」
カイルは小さく敬礼し、セラヴィーは無言を返した。
「ドン・リーミン、"白雨夫人"シャンシー! お前は王都合同騎兵隊との連携が任務になる」
「了解、王族なんてちょっと緊張するな」
歯を見せて笑うリーミンを見て、トニが呟いた。
「王族と関わっても大丈夫そうな面子を選ぶんだね。よかった……」
小さな声を聞き漏らさず、ジャンユーは軍票を捲る。
「その通り。よって、お前も配置する。トニ・クラマー、"啄み嵐"フルフル!」
「何で! 嫌がらせ?」
「騒ぐな、殺すぞ。規定事項だ」
トニが肩を落とす横で、ヴァイカーは目を伏せた。
––––王族の命が最優先なら、ナグルファリは危険がデカすぎる。今回の襲撃はなしか。
「ティッキー・ノック、"星盗み"ポルクス、ヴァイカー・アトキンス、"錆の爪"ナグルファリ!」
ヴァイカーは思わず顔を上げる。
「何驚いてる、サボれるとでも思ったか」
「いや……ナグルファリを出していいのか? あいつの咆弾は」
「危険すぎる。しかし、巨大なゴーレムを打ち破るにはお前たちしかいない。ティッキーをバディにつける。ナグルファリに酸の咆弾を使わせるときはお前らだけで臨め。わかったな」
ティッキーが口笛を吹いた。
「英雄と心中なんて光栄だな。同じ地獄に行こうぜ、ヴァイカー」
「お前は地獄の最下層だろ。ついていけねえよ」
吐き捨てながら、ヴァイカーは装備の金具を握りしめた。
ゴーレムの打破を考慮した作戦なら、敗走ではなく戦勝をもぎ取る意思はある。また戦える。また勝てる。
ジャンユーはそれを見透かしたように言った。
「今回は勝つことは考えなくていい。第二皇子の無事が最優先だ。越権行為はするな。特にヴァイカー! お前は作戦より自分の経験と技術を元に行動する。絶対に妙な真似はするな」
「当たってるから何も言えねえ……」
ヴァイカーが小さく舌打ちする。カイルが温和な笑みを浮かべた。
「いいじゃないか。勝てればそれに越したことはないしさ。俺たちは新規の部隊だから熟練兵がいるのは心強いよ」
「後輩を甘やかすな。竜の負担を極限まで減らすため、海峡までの移動は船で行う。準備に取り掛かれ」
ジャンユーが苛立ち混じりに告げ、会議が終わった。
王都を発った船は北へと直進していた。
竜を護送するための大型蒸気外輪船は鉛で加工され、石棺のようだった。
巨大な外輪が海に浮かび始めた氷塊を砕き、飛沫と共に散らすのが窓外に映る。ヴァイカーは深く息をついた。
「とんだ扱いだな」
竜騎兵たちは船底の倉庫じみた一室で肘を抱えていた。波が寄せるたび船内が大きく振動し、転げた樽が縦横無尽に走り回る。
カイルは横から飛んできた樽を足で抑えた。
「しょうがないさ。竜に準竜種、兵站に火薬、寒冷地だから竜鱗の凍結防止用油膜剤まで乗せてるから。これの中身もそう」
「やけに詳しいな」
「俺、元は準竜種兵だからさ。生まれは農家だけど、魔物に畑が焼かれて、爺さんと弟妹養うために志願したんだ。つまんない話だろ」
ヴァイカーは硬くなった足の筋肉を伸ばしながら首を振る。
「境遇と経歴はどうでもいい。興味があるのは準竜騎兵から頭角を現した実力だ。どうやって竜を得た?」
カイルが小さく吹き出した。
「ジャンユーの言う通りだ。本当に空中戦第一なんだな」
「あいつが?」
「ジャンユーとは同期だからよく話すんだ。新兵の訓練の一緒にやるし」
薄目を閉じて壁にもたれていたティッキーが目を開けた。
「いい騎士と悪い騎士だよね」
「何だそれ?」
「尋問でよく使うやり口だよ。口割らせるにはまず恐い騎士に締め上げさせた後、優しい騎士が出てきて励ましたり守ったりしてやると、信用して何でも話すってやつ。ジャンユーにビビってる兵士もこいつがいれば脱走しないから好都合ってこと」
カイルは怒るでもなく苦笑した。
「ジャンユーも大変なんだよ。恨まれ役をひとりで買ってるし、責任も重大だしな。だから、ヴァイカーが来てよかった」
「俺が? 何で」
「あいつより年上で経験豊富な兵士だからさ」
「最年長の新人で悪かったな」
「そう言うなって。あいつも内心助かってると思うよ。口が裂けても言わないだろうけど」
「言われても困るからいらねえよ」
鉛張りの船室が振動し、扉が開いた。
「噂をすればかよ」
鉄扉を足でこじ開けたジャンユーが眉間に皺を寄せる。
「何の話だ。全員甲板に上がれ。陸地が見えた。コレスタフ曰く合同騎兵隊が魔物と交戦してるそうだ」
「あいつが哨戒に?」
「いや、船酔いでずっと甲板で吐いていた」
「ろくなもんじゃねえな」
カイルは白い息を吐く。
「先生には横になってた方がいいって言ったのに……わかった、俺が出るよ」
「セラヴィーも出撃させる。ついてこい」
ふたりが去った後、ヴァイカーは波の衝撃が走る室内を見渡した。
ティッキーは座ったまま喉のチョーカーを弄んでいた。
「古傷が痛むのか?」
「そんな訳ないだろ。カイルのお節介がうつった?」
ティッキーは首元から手を離す。
「ヴァイカー、行かなくていい訳? お前の仕事は身内の世話じゃなく敵の撃墜だろ」
荒波が窓の外を黒く塗り潰した。ヴァイカーは胸ポケットに隠した琥珀色の結晶に触れる。
シャハリヤからの撃墜記録はまだ届いていない。
「だよな」
ヴァイカーは冷たい鉄の床から立ち上がった。
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