【魔界遺産】イアンノットとベルルッティ



『運命の恋人』という信念がある。それはもう見つけたからには永遠にずっと、魂も絆も何もかも固結して解けないくらい強い強い呪いをかけて、決して何びとたりとも邪魔をさせないという決死の覚悟を、まるで純真な乙女が偶然神様に愛されるまま与えられたかのように享受して。自分受けですけどという顔で天然めいてみせている、その実虎視眈々と着実に攻め。そう、ここは実力主義の世界、滅んでも魔界。



 ある日というか、とにかくそれは前触れもなく突然だった。二人はぴんと背筋を伸ばした。


「いる」

「近いね」


 確信を捉え瞳の色が明々と萌えた。


「そっちも?」

「まさか──おなじひと?」


 ずっとさすらいながら探してきた最愛の人。


「たとえ『同じ人を奪い合う』ことになっても、ズッ友だよ」


 この友情に嘘偽りなんてひとつもなかった。二人はひしと抱き合いお互いの背中を撫でた。この先どんな現実が待ち受けていても。今この時まで最高の友人だった。ありがとう友。でもまさかの時は私のために死んでね。恨みっこなしだよ。そんな女の子のよくある友情。


 泥沼を戦う覚悟は出来ている。



 佇む人影。長身の男は遥か遠方より爆速で突進してくる女子二人に目を細めた。


「あれは」

 見覚えがある。記憶がカシャリと音を立てて動く。なんで今まで思い出せなかったのか、そっちのほうが断然不思議な気分だ。いくつもの頁が急速に更新される。


「ジーク〜!!!」

「オデオン〜!!!」


 それぞれがそれぞれに飛びつき全力のタックル。ゆっくり宙を舞うなか、ジークのマルチタスクが光速で思考を巡らす。

 永遠にも似た一瞬。


(オデオン?オデオン?オデオン?)


「アイーダ。無事で良かった」

 めっさいい顔で言い放つ。(オデオン???)


 ヤミがくれたのはただのテンガロンハットだったはずだ。オデオンは自分をただの帽子だと思っているだろうから見つけるのは難しい的な、そんな話だったはずだ。

 だがヴェルリーブルが抱きしめてうおんうおん泣いている、そのただのテンガロンハットは。


(兄貴。言いたいことはぐっと我慢して、動揺をみせず、今はまず【嬢ちゃんとの再会】に集中してる風を装う心意気、オイラにはわかるんでぃ)

(オ デ オ ン お ま え)


 ずっと頭の上に本物がいたのかよ!!!!というクソデカ感情を飲み干した。堪えた。


「愛してる」

「ジーク!!」

 物事には順番がある。順番は間違えてはいけない。本当に。


(オイラにだって、今の今まで、オイラがオイラでただの帽子じゃねえなんてわからなかったんでさあ)


「オデオン! ︎︎ボクのこと……わかる?……よね」


 目にいっぱい涙を溜めている。


「ヴェル……オイラにかけられたこの防御魔法は、ヴェルが昔施したものでさね」


 消し炭にもならずまだしぶとく残っている。魂も枯渇しているまま。


「だって。オデオンがいつも助けてくれたから。今度はボクがずっとオデオンを守るんだよ」


 ボロボロになっているテンガロンを大切に抱きしめて、ヴェルリーブルは泣き続けた。


 しかし、同じように感動の再会を果たしていたはずのアイーダが、突然顔色を変えた。「え、ジーク、ほかのひとのものになったの」涙も引っ込むし、場は凍るし、それまで大人しく成り行きを見守っていた大勢が臨戦態勢へモード移行を余儀なくされた。太陽魔界を再建するとか、マスターをこっち側に引きずり戻すとか、色々大変な事情をそれぞれが抱えているというのに。それ見たことか、またしても面倒事が勃発したのだ。少年体のヴァインがいればこう言っただろう、もう駄目だ。完全に詰んだ。だから言ったんだ、


 でもだがしかし、いつもは大抵馬鹿師匠が馬鹿だからでおおよそは省力できたが今回に限っていえば、魔界消滅に伴い記憶の大部分を失ったまま、相手の存在を失念していたジークが、成り行きで、面倒事を避けて即座にぷち太陽プリンセスの近衛騎士を承諾したことはもう仕方ない事故でしかない。だからこれは残念な事故だ。


「ハハ、竜騎士も隅に置けないな。恋人がいたのなら紹介してくれ。いや君は前に会ったことがある」


「──ちっさいパパさん……随分大きく……元の姿ってこと。もう前みたく怯えたりしないんだ。ボクの前に、命をもって立てる勇気があるんだね。ボクの殺意があの時の比ではないこともわかっているのに。尊敬に価するけど、だからって気を許したりはしないんだよ」


「所詮、君も僕もバッドエンドしか歩けない同志」

「何を言っているの」

「それで隠しているつもりかいアイアン・メイデン」

「そんな、名前は、知らない。ボクはアイーダ。ジークが名前を。やめろ、ボクを読むな」

「アイアン・メイデン。君は竜騎士にその力を使ったね」

「嘘違うのジーク聞かないで」


「過去を捏造し事実を捻じ曲げる怪異、謡うデスペラードはきっとすべてお見通しだったのではないか」


 ゴルダが小さく笑った。アイーダは驚愕の瞳を見開いて立ちすくんでいる。


「おい」


 ル・シリウスの後ろで小さくダークがコソッと呟く。


「そろそろオレにもわかるように解説してくれ」


 ダークの隣でシルヴィがコクコク頷いていた。


「んもう。仕方ないわね。どっからわからないのかしらん」

「さ、最初からで」「最初からじゃ」


「この場合最初がどこかもわからないですね」


 オレットちゃんがポソッっとこぼして星空を仰いだ。


「ジークの恋人が現れたの。でもジークが勝手にシャインの騎士になっていたから激おこスイッチだったの」

「おおう、シャインよ。賢いのう」

「そしたらヴァインが全面戦争に入る前に、先に相手の急所をついたのよ」

「なんでアイツ頭いいんだよムカつくな」

「ジークの恋人のアイーダちゃんは、ヴァインと同じでヤミヤミグラフの呪縛があって、このままだと本当の意味では幸せになれないの」

「あー。バッドエンド仲間ってやつソレか」


 ル・シリウスもシャインの解説に舌を巻いた。


「でもゴルダちゃんが言ってたでしょ。キングオブエロスは無限の愛で包み込むのよん」

「ちょっと意味わかんないんでオカマの方は黙ってて☆」

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