思い反する対峙4

その言葉にリタが苦しげな表情を浮かべるのと同時に、白い一つ目紳士はかしずくような態度で頷いた。そして無言のまま、顔に張り付いた一つ目を不気味に光らせながらリタの方を向いた。

「クーフさん、気が付いて! 私です、リタです!」

しかしそんな彼女の悲痛な声は届かない。紳士は勢いよく地面を蹴り上げると、彼女の位置目がけて落下してきた。それに気が付いたリタは、即座に近くのテーブルの下に潜り込んだ。直後、彼女の居た位置に刺すように着地する白い紳士の姿があった。その勢いに風が起こり、周りにいた人々が悲鳴とともによろめき倒れ、一部の人は逃げ出した。

攻撃対象が視界から消え、一つ目紳士はその大きな一つ目で右へ左へと様子をうかがっている。そんな彼の背後、死角の位置で黒髪の少女は立ち上がっていた。

「クーフ、後ろよ!」

それを離れた位置で確認していた女魔術師が声を上げた直後だった。リタはその両手を光らせて、それを紳士に向けていた。逃げながら既に術の準備をしていたのだ。

『降臨、月精!』

呪文と共に、彼女の両手から丸い光が放射線状に広がり、その光に紳士は思わず目を背けた。光魔法の中でも高等魔術に当たる、月の光の精霊を呼び出す浄化魔法だった。

「無駄よ! たかが浄化魔法で打ち消せる程度の代物じゃないのよ!」

勝ち誇ったように叫ぶ女魔術師の声に応えるように、一つ目紳士は光が消えると同時にゆっくりと立ち上がった。

「所詮貴女じゃクーフを手に入れることなんてできないのよ。外見の魅力も、そして実力もない貴女にはね」

蔑むように言い放つ女魔術師に見向きもせず、目の前の仲間を見据えながら、黒髪の少女はわずかに首を振った。そして静かに、しかしハッキリと言った。

「クーフさんはそんな……貴方なんかの言いなりになるような人じゃない。必ず自分の意思で、自分の道を選ぶ人だもの……! アニマ、あなたの思惑通りになんて、させない……!」

「じゃあやってご覧なさいな!」

女魔術師の言葉の直後、一つ目紳士も黒髪の少女も即座に動き出した。紳士はリタに突進し、又も鋭い手刀を大きくなぎ払った。しかしリタはその攻撃範囲内でありながら、臆することなく呪文を唱えていた。

『降臨、月精!』 

 紙一重で早かったのは一つ目の方だった。白い紳士の放った手刀は、そのままリタを薙ぎ払うかに見えた。しかしリタにその手が当たると思った直後、まるで壁に弾かれるかのように男の腕は鈍い音と共にその軌道を外れた。そう、これこそが、事前にガイが施した術――物理攻撃を弾く壁だった。その間にも、リタの放った浄化魔法は白い男に降り注いでいた。

「無駄なのよ! 何度やっても効果はないわ! このサイレントエンジェルの術の前ではね」

確かに女魔術師の言う通りだった。少女の放った浄化魔法はただ白い紳士の目をくらませるばかりで、術の一部と思われるその一つ目にも、彼の動きにも何も変化を与えなかった。

「それでも! わたしは諦めない!」

叫びながら、またも距離を取り次の攻撃に備えるリタは口の中で小さく祈るように呟いていた。

(双子さん……どうか間に合って……そしてクーフさんにも、どうか――)

祈りは続かなかった。容赦なく襲いかかる仲間からの攻撃に気がついて、リタはまたも、白いテーブルクロスのかかる机の下に逃げ込んだ。直後、会場からはガシャンガシャンと皿などの割れる音とともに悲鳴が響いた。

上に乗った料理ごと机を蹴り上げて、獲物を探す一つ目の気配を背後で感じながら、リタはまたもその手に術の準備を始めるのだった。


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