大穴ひとつあったとさ


 四人がクヌギの木の上の『山の薬屋さん』に到着したのは、もう夕日が沈んで、空に夕闇が迫ってくる頃だった。薬屋に入るなり、チユのつぶらな瞳がまんまるになって出迎えてくれた。

「無事戻ってきてよかった……。このまま夜まで戻らなかったら、どうしようかと……」

と、心底安堵した表情で呟く友人に、シンはあっけらかんと答えた。

「言っただべ? 心配いらねーべさ!」

「ちゃんと材料三つ揃えてきたよ!」

 シンジがそう言う隣で、ガイが背にしたリュックを下ろすと、チユの父親が中身を覗き込んで大きく頷いた。

「うん、確かに、間違いなく薬の材料だ」

「よかった、間違っていなくて」

 その言葉にヨウサがほっと胸を撫で下ろした。そんなヨウサの前では、シンがチユに様子を伺っていた。

「ところで、薬の準備はどうなんだべ?」

「ああ、下準備は終わった。シンたちが見つけた材料もこれから下準備に入るぜ。ただ問題は……」

と、言葉に詰まるチユに、シンジが心配そうに口を挟んだ。

「フタバくんの解読作業だね?」

 その言葉にチユは無言で頷く。

「まだ終わらねーんだべか?」

「一応昼食を部屋に届けた時に様子は聞いた。でも、その時にはまだ解読は終わってなかった」

 その時だ。バン、と勢いよく扉の開く音がして薬屋に飛び込んできた人物がいた。その場の全員が視線を向けると、そこにいたのは銀髪の美少年――そう、今まさに話題にしていたフタバだった。

「フタバ! 解読どうだった!?」

 姿を見るなり、チユが大声を上げる。今朝見たときより更にやつれた表情のフタバは、片手に大きな本、もう片手には紙切れを持っている。扉により掛かるように立っているその姿は、今にも倒れそうだ。

「フタバくん、大丈夫? なんだかますます調子悪そうよ?」

 心配してヨウサが駆け寄ると、フタバはそんなヨウサの手を振り払うようにして部屋の中に入る。

「フタバ、古文書の解読終わったんだべか?」

 シンが声を掛けると、フタバは無言だったが、うつむきがちに頷いた。その様子に、みんなの顔が明るくなる。――が、フタバの表情は重い。

「どおりで解読しても解読しても、目的の材料がわからないはずだよ。見てよこれ……」

 そう言ってフタバがみんなに見せたのは、分厚い本のとある一ページだった。そこには何種類かの植物の図がならび、その植物も図の隣には説明文が付け加えられていた。どうやら植物図鑑のようである。

「なんだ、フタバ、この植物が最後の薬の材料なのか?」

 それを見てチユが問うと、フタバはゆっくり頷いた。

「古代植物『ティートリー』……。それが最後の材料だよ」

「すげーだべな! 無事解読できて、材料わかったんでねーか!」

「これで薬が作れるね! さすがフタバくん!」

 双子が声も明るく嬉々として言うが、予想に反して重い声を発したのはチユだった。

「ティートリー……? なんだ、聞いたことないぞ……」

 チユはそう言って、父親に無言で視線を向ける。すると父親も渋い表情で首を横に振った。その様子に双子は顔を見合わせる。

「どういうことだべ? 薬の材料、わかったんでねーだべか?」

「もしかして、あまり聞かないような珍しい植物なの?」

 双子の問にチユは眉をしかめた。

「少なくとも俺は聞いたことないな……。父ちゃんですら知らないなんて……」

「あ!」

 すると突然大声が響いた。声の主はヨウサだ。ヨウサはフタバが開いていた植物図鑑を見て目を丸くしている。

「これ、ただの植物図鑑じゃないわ、古代の図鑑……古文書の一つじゃない!」

 ヨウサの言葉に、シン達はもう一度図鑑を見た。よく見れば書かれている文字は全て古代文字だ。

「うわ〜……よくこんなの読めるだな〜……。オラじゃ読む気にもならねーだ」

「て、言うか読めないでしょ〜」

「む、おめーに言われたくねーだ!」

 などとシンとガイがやり取りしていると、思いがけずチユが青ざめた表情で口を開いた。

「待ってくれよ……。まさかとは思うが……」

 思いの外、緊迫したその声に、思わずシン達の会話も止まる。みんな沈黙し、シンが恐る恐るフタバを見ると、やつれきったその顔に、悲しげな表情が浮かんでいた。

「……薬のことなら詳しいガイアス一族も知らない、そして現代の植物図鑑にも記載がない……。となると……」

「まさか…………絶滅種……」

 チユが青ざめた表情で続けると、まだ現状のつかめていないシンが、チユとフタバの二人の顔を見ながら首を傾げる。

「ん? どういうことだべ? 『ゼツメツシュ』ってどういうことだべ?」

「絶滅……つまり、過去にはあったけど、今は存在しない植物ってこと?」

 シンジが解説すると、現状をようやく把握したシンが目を丸くした。

「今、ないんだべか! それじゃあ薬が作れねーだべさ!」

「そういうことになる……」

 フタバが苦しげに続ける目の前で、チユが拳を握りしめ床を睨んでいた。

「そんな……。ここまで薬の準備は進んだっていうのに……! 国のみんなを助けられる一歩手前まで来たっていうのに……!」

 ぐっとまぶたを閉じ、涙をこらえる友人の姿に、シンがふいにフタバに向き直った。

「今はないって、他になにか方法はないんだべか?」

「絶滅した植物を探すなんて……残念だけど方法はないよ……」

「ホントのホントに絶滅しちゃったの? 絶対に見つからないの?」

 シンジも食い下がると、フタバは困ったようにうなだれた。

「僕に言われても……。でも、少なくとも今の植物図鑑に載らないくらいだ。学者でも見つけられていないってことだよ……」

「そんな……」

 思わず絶句するヨウサに、その場にいる全員が口をつぐんだ。あと一歩というところで道が絶たれたのだ。解毒薬の解読ができて、材料もあと一つというところまで見つかって、肝心の最後の材料だけが、この世に存在しない……そんな現実をシン達全員、受け入れたくなかった。

「でもさ〜……」

 最初に沈黙を破ったのはガイだった。

「あくまで今の学者が見つけられてないだけでしょ〜? もしかしてもしかしたら、ジャングルの奥のほうにあったりしないのかなぁ〜?」

「やめてくれよ……そんな希望的観測……」

 チユが苦しげにそう答えると、ガイは首を振った。

「いやあ〜……この世界には『古代マテリアル族』ってのがいるじゃない〜? ほら〜、チユの班のメンバーのパープとニパーも『古代植物マテリアル族』でしょ〜? 彼女らもそうだと思うけど、彼らってものすごい秘境に住んでいる事が多いじゃない〜? 同様に古代植物って今に残っていれば秘めている力も強いけど、大抵森の深ーい所とか〜、そうそう人が立ち入れない所にあるじゃない〜。今日見つけてきた『ラベンダー』もそうだったしさ〜。ヤミゴケの解毒剤、進級課題になっているくらいだもの〜。全く可能性がゼロではないんじゃないかなぁ〜」

 寝ぼけた表情をしていても、意外と知識は豊富なガイである。その言葉にチユではなくフタバがうむ、と唸った。

「言われてみれば……まだ可能性が残っているからこそ、進級課題に選ばれたのかも知れないし……一理あるね……」

「で、でもよ……そんな絶滅種がそんな簡単に見つかるとは……」

 そうチユが反論したときだ。唐突に口を挟んだのはチユの父親だった。

「……ヘソなら……あるかもな……」

「へそ?」

 思いがけない言葉に、思わずシンが振り向いた。何を言うんだとばかりの表情の子どもたちをさておき、チユの父親が真剣な表情で続けた。

「ヘソになら……そういった幻の植物があってもおかしくないかもしれん」

「へそへそって……なんだべ、おっちゃん? お腹のへそのことだべか?」

 意味がわからず尋ねるシンに、はっと気がついたように答えたのはチユだった。

「ヘソって……女神のヘソ……のことか……!?」

「め、女神のヘソ?? ますます意味がわからないよ?」

 シンジも首を傾げると、チユは腕組みしながら答えた。

「うーん……いや、女神のヘソってのは、この辺の地名のことだよ。実はあの不気味の森の更に奥に、『古代の森』って言われている場所があってさ、そこにものすごく大きな大穴が空いてるんだよ。あまりのデカさから、大地の女神のおへそみたいだって言って、この辺りじゃ『女神のヘソ』って呼んでるんだけどよ」

 そこまで説明して、チユは自分の父親に向き直った。

「父ちゃん、ホントか? あそこになら古代の植物があるのか?」

 すると、チユの父親は難しい表情で唸った。

「絶対とは言い切れないが……だが、俺のじいちゃん――あ、チユの曾祖父さんな――が、昔言ってたんだよ。古代の森は、その名の通り、古代文明時代から続く森で、古代種が数多く生息すると。特に女神のヘソの中は、あまりに深くて人も入れない。だからこそ、あの中には絶滅したと思われる植物が数多く存在していてもおかしくないってな」

 その言葉に、双子は顔を見合わせ頷いた。

「可能性が少しでもあるなら……」

「行ってみるっきゃねーだな!」

 双子のその反応に、チユは唇を噛んだ。

「……本気なのか、お前ら……。古代の森はかなり深い森だ。女神のヘソまでたどり着くのだって大変なんだぞ。その上、女神のヘソは国のみんなも行ったことがある奴なんてそうそう居ない。魔物がどのくらい潜んでいるかもわからない、本当に危険な場所なんだぞ。……いいのか?」

 チユの重い言葉に、ヨウサは不安げに双子を見、ガイは思わずゴクリと喉を鳴らす。しかし双子は真っ直ぐにチユを見た。

「そこに、材料がある可能性があるんでしょ」

「やるしかねーべさ。迷っている暇なんてねーだべ」

 双子の強い言葉に、チユの瞳が潤んでいた。


 この日はさすがに遅くなったため、女神のヘソには翌日早朝からいくことになった。

 夜になると、四人はシン達の男子部屋に集まって、明日の作戦会議を始めていた。チユは夕食をシン達の部屋に運びにきて、そのまま話に混ざっていた。因みにフタバは、古文書の解読を終え、ようやくお役御免。自分の部屋で早々に床についていた。

「女神のヘソまでは結構距離があるみたいだよ〜。順調に行っても数時間はかかるよ〜」

 地図とにらめっこをするガイの言葉に、同じく地図を覗き込んでいたシンジがあごを押さえる。

「森を抜けるのは、正直なんとかなると思うんだよね。僕もシンも森の攻略には慣れてるから。問題はその女神のヘソだよ。穴の中にどうやって入ろうね?」

「オラは飛べるから問題ねえだが……シンジ達は飛べねーだしな……」

 シンがそう言って唸ると、ヨウサが口を挟む。

「それこそ長ーいロープが必要じゃないかしら。どのくらい深いのかわからないから、準備が大変だけど」

「ロープなら……『ツルの種』を使うか?」

と、提案してきたのはチユだ。

「この辺りの植物なんだけど、種を植えて、強い魔力のこもった水、例えば聖水とか癒しの水とかを与えると、急激に成長する『ツルの種』ってのがあるんだ。それこそ水をかけた途端、一気に成長するから、すごい長さのツタになる。それをロープ代わりに俺たちの国ではよく使うんだ。始め持っていくのは種だけだから、荷物にもならないしな」

「それは便利そうだべな! ぜひ使わせてくれだ!」

「後は一日で帰って来れるかどうか、だよね。病気の人達のためにも、早く帰らなくっちゃ」

 シンジが真剣な表情でいうと、残る三人も大きく頷いた。

「絶対帰ってくるべさ!」

「準備も万全にして、ルートもバッチリ確認して挑まなきゃだわ」

「もちろん、リュックもしっかり持っていくよ〜!」

 そんな四人のやり取りに、チユがうつむいた。

「……ホント……シン達って、迷いないんだな……」

「そりゃそーだべさ!」

「迷ってる暇ないもんね!」

 チユの言葉に、双子はそんな様子であっけらかんとしている。しかしその隣で、ヨウサがふっと優しい笑みを浮かべていた。そしてこっそりとチユに言う。

「シンくん達はね……友達のためってなると、絶対諦めないからさ。例え分が悪くても、諦めないんだよね……。そういうとこ、私も憧れてるの」

「宿題となると、すぐ諦めるんだけどね〜!」

 急にガイがそんなことをチユに言う。

「む、誰が宿題やらねーだべか!?」

「シンでしょ〜!」

「ガイも宿題よくやらねーだべさ! おめーに言われたかねーだっ!」

「あれ、ガイもやらない、とまでは言ってなかったような……」

 たちまち賑やかに言い争う三人をみて、ヨウサとチユは思わず笑っているのだった。



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