第185話 サービスタイム
翌朝、昨日のシロナガどうしよかなと考えつつ干し肉とすいとんのスープを作った。
贅沢を覚えてしまった皆は連続で焼き魚なんか食べていられないのだ。
まあ俺も食べるものにこだわりがあって同じメニューを続けて食べたりはしたくないので異論はない。
朝食を終えるとマーくんが漆黒号に乗って村の周囲を調べて来ると言いだした。
これも異論はない、むしろ俺も知りたいと思っていた。
俺たちは村の西側のはしっこにいる、すぐ外には竹林が広がっている。
竹林と村の間は柵があるのだが、あまり立派なものとは言えない。
木製で、魔動車で突っ込んだら余裕で破壊できそう。
そんなことする気はないが、それくらいの破壊力をもった生物が近くにいないとも言い切れないのが不安だ。
「この竹とかいう木が生えてる近辺と村の南側を見て来る、ついでに食料になりそうなものがあるか探してこよう」
マーくんは竹を知らなかった、リンデン王国では見たことが無いそうだ。
ということは当然ディーナも竹を知らない。
アイラは知識として知っていたが見たのははじめてのようだ。
「食べ物探す?じゃアタシも行くー」
探索に参加の意を示したのはタマコだ、ちなみにタマコもなぜか竹を知らなかった。
故郷の村の近辺にはなかったそうだ。
以前に狐人族と交流があったみたいのに知らないのは妙だなとも思ったがタマコのことだから忘れているだけかもしれない。
漆黒号にマーくんとタマコが乗る、この二人ならまあ何かあっても大丈夫だろう。
俺は予備のヘルメットを魔動車から持ってくるとタマコに渡した。
「これいらない、耳が痛い」
最初かぶるのを嫌がるので我慢しろと言ったんだが、耳のことを言われてハッとした。
獣人族だから頭の上に耳がついてるんだった、ヘルメットをかぶると潰れる。
肉体の構造的問題でかぶれないなら仕方ないな…
運転には気をつけて、と言って二人を送り出した。
じゃ探索は任せて俺は村の中でやることをやろう。
「ディーナは魚の骨とか捨てに行ってくれ、魔動車にシャベルがあるからそれで穴掘って埋めといて」
ほっとくとすぐサボリ癖がつくのでディーナに仕事を命じる。
「う、うん、アイラちゃんも一緒でいい?」
「それくらい一人で出来るでしょう」
アイラにも言われてるように二人でやることでもない。
「そうだけどぉ…じゃあアイラちゃん…アレ貸して?」
「アレ…ああ、はい、じゃあ私も行きます」
結局二人で行ってしまった。
俺はなぜアイラが急に気が変わったのか察してしまった。
ディーナが借りようとしていたアレ。
尻に水をかけて洗う道具、携帯ウォ〇レットのことだ…
つまり二人はトイレに行きたかったのだ。
オーキッドにいるうちは全然評価されなかったんだが、旅だってからその価値に女性組が気がついた。
最初は俺が持って管理していたんだけど、途中からアイラに「いちいちヴォルさんに借りたいと言うのが恥ずかしい」という理由で没収された。
女の子からしたらその通りだなと思った。
借りたいってことはまあその、当然もよおしてるわけで。
セクハラしてるみたいな気分になったのでずっとアイラに持たせることにした。
ちなみに携帯ウォ〇レットという名前はタマコがどうも発音しにくいらしく、一向に覚えないので、名前を付けた。
ぬるみず君という。
タマコに「なんて名前がいい?」と聞いたらぬるい水がでるから「ぬるみず」とそのままの名前をつけられた、可哀想なので俺が君を足した。
でも結局アレ呼ばわりされることのほうが多い。
まあいいさ、ぬるみず君が人気ならそれで。
でも作成時、ブロンなんていう汚いドワーフ族のおっさんに評価を求めるんじゃなくて女の子に評価してもらうべきだったなあとは思う。
そうすればちゃんと価値に気づいてもらえて、もう何個か作る気になったかもしれないのに。
二人がテントを離れ、この場には俺一人ぼっちになってしまった。
とりあえず座ってコーヒー飲もうかなと二つのテントの前に敷かれた防水シートに腰を下ろした。
これは俺たちのテントを張るときに使っていたシートだ、魔物の毛皮だと思う、地面に敷くと結構あったかいのでこの上に皆で座って食事をしている。
その毛皮の上にコーヒーメーカーを置き、使っていると、ヤナギとランがこっちに歩いてくるのが見えた。
「一人?他の人はどうしたの?」
「マーくんとタマコは散歩、ディーナとアイラは…まああの、トイレだ」
俺たちの名前は全員分一応伝えてある、ついマグナじゃなくてマーくんと言ってしまったが、二人に伝わってるみたいなのでいいや。
「ところで今日はヤナギも一緒なんだな」
「昨日貰った魚の礼くらいはしようと思うての、人族に礼儀も知らぬとは思われとうない」
律儀なやつだな、好感がもてます。
「なにか欲しいものはあるかえ?」
おっ、今日はどうやって物々交換に持ち込もうかと考えてたけどむこうから言ってきてくれるとは。
せっかくなのであれこれ言ってみよう。
「野菜が欲しいんだけど、あと水はどこにある?まだ手持ちがあるにはあるけど、汲んでおきたい」
「あっ」
ランがしまった、という顔をした。
「ラン、水場のことはなんと?」
「申し訳ありません…ついうっかり…教えるのを忘れました…」
元々教えるつもりはあったのか。
「ふむ、水場は村の東に湧き水がある、しかしそこは村人が普段使う場所ゆえ、そなたたちには竹林を流れる川を使って欲しい、場所はランに案内させよう」
「ああ、竹林ならここからも近いしそれでいいよ」
「それと野菜と言ったが何が欲しい?」
「なにがあるか知らんのでこの村にあるものならとりあえずなんでもいいが」
そう聞いてヤナギは「わらわの家にある物を適当に持ってきておくれ」とランに命じて取りにいかせた。
「ときにそなたの手元にあるそれはなんぞ?」
「コーヒー、オーキッドで知り合いから貰った豆を使った茶みたいな飲み物だよ、飲んでみるか?」
ヤナギの分も木のコップに入れて渡す。
「…真っ黒な色をしておる、毒ではなかろうな」
「毒じゃないよ!ほら!」
俺がグイっと飲んでみせる、朝はやっぱりコーヒーやな。
ヤナギも恐る恐るコップに口をつけ、コーヒーを飲んだ。
「ぶふっ、や、やはり毒ではないか!」
「苦かったか?あと毒じゃないと言ってるのに、あーあこぼれちゃったな…お代わりいる?」
「いらぬ!!人族はこんなものを喜々として飲んでおるのかえ…!?気が狂うておるぞ」
無茶苦茶な言われようだ。
「それを飲むのはヴォルさんだけです、人族が皆それが好きだなんて思わないで下さい」
アイラとディーナがトイレから帰ってきた、今の光景を見てたのか。
あと好きなのは俺だけじゃないよ?ロンフルモンも好きだよ?
「もしかしたら狐人族の中にこれが好きな人がいるかもしれない、これで物々効果というのはどうだろう」
「もしそれをやるのならば、わらわはそなたに泥をくれてやろう」
俺のコーヒー普及計画は儚くも消えた。
村人に薦めることすら許されんとは、悲しいことだな。
コーヒーは不評なので代わりにドライフルーツをブレンドしたお茶を入れて出した。
アイラとディーナにも。
ヤナギには「なぜ最初からこれを出さぬ」と言われた。
これはたぶん無くなると皆に怒られるので…出せないと返した。
ほっと一息ついているとランが木箱を抱えてよいしょよいしょと戻ってきた。
さりげなくお茶いる?って聞いてコーヒー出そうとしたらヤナギに睨まれたのでドライフルーツティーをランにもあげた。
「このお茶おいしいね」
飲んでるところ悪いが俺は木箱の中身が気になるので早速確認させてもらう。
ええと、じゃがいもにたまねぎ…この大きい緑の葉はなんだろう。
手に取ってしげしげと眺めていると、ランが教えてくれた。
「ヒユナね、これはエルフ族の商人から種をもらったの、育てやすいからたぶん移住先でも育つって言われて」
「移住先?狐人族は元は違う場所に住んでたのか?」
「あ…ええと、その…」
ランがヤナギの顔色をうかがっていた、なんか聞いちゃまずかったか?
「以前はここよりもっと南東に住んでおった、タマコと知りおうたのも前の村でのことよ」
「そうなんだ?ところでヒユナはどうやって食べる?」
「…大抵の村人は茹でて食べる、魚醬(ぎょしょう)という臭い汁をつけて食べる変わり者もおる」
魚醬!ナンプラーがあるのか!
「この中にはないが魚醬は貰えないだろうか」
「わらわは好かぬので持っておらぬ、持っておる者は個人でエルフ族と交渉して譲ってもろうた分を持っておるだけよ」
「そうかぁ…残念だな、村では作ってないのか?」
「作ってはおるが、出来上がるまで時間がかかるゆえ、まだ渡せるものはない」
あれば料理の幅が広がるのになぁ。
「じゃあここに移住してきてまだあんまり時間たってないのか」
「え、なんでそれ知ってるの?」
ランが唐突に驚いていた。
「魚醬って完成まで半年以上かかったりするんだろ?ここで魚をとって作り始めてまだ完成してないってことはそういうことなんでは?」
「うっ…どうしましょう、ヤナギ様…まさか魚醬の作り方を知ってるなんて…」
「いや、良い…魚醬の話をしたのはわらわよ」
ん、移住したってことはあまり言いたくないことだったのかな。
「海の魚が食べたいから移住したんだよな?」
「そんな訳ないじゃない!兎人(うさぎびと)族のやつらが私たちの土地を襲ってきたから仕方なく」
「ラン、少々黙っておれ」
ヤナギがちょっと怒り気味だった、ははは、ランはうっかりさんだなぁ、たぶんあまり言わないで欲しいことを言いまくってるんだろうなあ。
ランはヤナギの後ろでシュンとして黙ってしまった。
「人族には関係ない話よ、そなたも移住に関しては聞かぬようにしてもらいたい、見ての通りランは少々口が滑ることがあるゆえ」
「あ、はい、言いたくないことであれば別に聞かないから」
うさぎびと、というのは少々気になるが。
バニーガール…いるってことだよね?
話題を変えた方がいいな、と思って俺は木箱の中を再び調べた。
「この黒いのは、炭か!」
「魚は炭で焼くと美味なのでな、ランが気を利かせてくれたのであろうよ」
「なんていいやつなんだ…ありがとうラン」
「え、あ、う、うん」
赤鉄板はあるけど炭火焼きのほうが確実に美味い気がする。
「これは今日はまずかまどをつくる石を探さなきゃ」
「なんというか…そなた、本当に訳がわからぬの」
「そう…なにい、卵もあるぞ!しかもでかい!」
「ほほ、食べ物のことがなによりか、案外タマコと同じなのかもしれぬな」
失礼なことを言うな、あれとは違う。
大体あいつは食べるばっかりでちっとも作りやしない。
いやでもそれを言ったら俺以外全員そうか。
「で、これ何の卵?」
聞いてみたがランはさっき黙れと言われたせいか教えてくれない。
「鳥の卵よ」
「なんて鳥?」
「なに、少々変わっておるが鳥は鳥、空を飛び卵を生むのは変わらぬ」
「いやいや、どういう鳥の卵なのか気になるんだけど」
「なぜそこまで気にしておる?」
「いやなんか知らないと怖いし」
俺がそう言うと、何が面白かったのかヤナギが盛大にほほほほと笑った。
「わらわたちのことは恐れぬくせに鳥の卵が恐ろしいか」
こいつ…教えないつもりだな。
ちくしょう、無理やり居座ったことに対する仕返しか?
「気になるのであれば食べて確かめるがよかろう」
「わかったよ…でもいいのか、こんなに貰って、こっちは魚を二匹上げただけなんだが」
「ならばわらわもそなたから貰うとしようか」
「昨日のシロナガならまだあるぞ、さばいちゃってるけど」
するとヤナギは「魚はいらぬ」と言って立ち上がりきょろきょろと辺りを見回した。
「つりざお、とやらはどこにあるか」
「なんだ釣り竿が欲しいのか、ランから聞いたのか?」
俺はテントの横に転がしてあった釣り竿を一本持ってきた。
「ラン、これがつりざおか」
「はいそうです!これがあれば海に潜らずとも魚がとれます!」
そんな画期的な道具みたいに言われてもリアクションに困るんだが。
竹の棒に糸と針がついてるだけなのに。
「こんなもので魚がとれるのか」
「そうだよ、でも狐人族は銛で漁をするんじゃないのか?これはエサがいるぞ」
「わらわたちはあまり泳ぎが得意ではない、誰も好き好んで海などに入りとうない」
「あれ、泳ぎ苦手だったんだ?なんで?」
「見て分からぬか?」
ヤナギを見つめる、ふむ…美人だな、色気を感じる。
巫女服に性的なものを感じるのは果たして俺だけではないはずだ。
「…やめよ、見るでない」
ヤナギはそっぽを向いた、なぜだ、見て分かれといったくせに。
そしてそれでも観察することをやめない俺の顔を払うようにふさふさの尻尾を動かした。
「あっ、ああ~~」
顔をなでるふさふさ感に恍惚としてしまう。
「なんでこの男喜んでるの…」
ランが引き気味の視線を俺に向けるがいやこれは誰でも喜ぶだろう。
「ヴォルさん?」
「はい」
後ろからかけられた低い声で急に我に返った。
しかしなんだったんだ今のサービスタイムは。
「水に濡れたら尻尾が重いってことじゃないかしら」
「しかり」
ああなるほど、ディーナにしてはものすごく勘が働いたな。
ふっさふさだもんな、乾かすの大変そう。
「では食べ物の代わりにこれを貰いたい」
「いいぞ、昨日作ったのがもう一本あるから二本やろう」
こんなものすぐ作れるしな。
「良いのか?わらわからはもう何もやれぬぞ」
「いいんだ、その代わり今の尻尾をもう一回顔に」
サービスタイムをもう一度してもらおうと交渉を試みた。
「ヴォルさん?」
「はい」
また急に我に返った。
これはアイラの見てないところで頼むことにする。
「では早速試してくるとしよう、ラン、共に海に行って使い方を教えておくれ」
「はい、あのでも水場のことはどうしたら」
「ええい、ならばはよう行って教えてこい」
「は、はい!ほら行くわよ!立って!」
なんか急かされるようにその場を立たされた。
…ヤナギも実は釣りがしたかったのか?
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