21  連行


 幻霞げんかが両手を上げた格好で歩き、その少し後ろを少年が一桜いおを小突いて歩いた。


 背に当たる棒の感触は、痛くはないが急かされるには十分な力加減だ。

(この人は、棍棒を自在に操ることができるんだ)

 妙なことをすれば殺すというのは、脅しではないだろう。少年から伝わってくる刺すような緊張感がそれを裏付けていた。


(でも、幻霞さんは)

 少年を抑え込もうと思えば、できるはずだ。膂力だけでなく、早さにおいても幻霞の方が少年よりも間違いなく勝っている。

 でも、そうしない。言われるまま諸手を上げて歩いていく。

(あたしがいるから…?いや、違う)

 おそらく、幻霞には何か考えがあるのだろう。

 だから一桜も、おとなしく歩いていた――が。

 

「!」

 斜面の先、闇の中に黒々とした影が二つ。

 一桜は背の剣に手をやった。その瞬間、背中を棍棒で強く突かれて思わず呻く。

「動くな」

「…何かいる」

 一桜が言うと、少年は短く言った。

「守り神だ」


 近付くと、それが柱のような物だとわかった。

「なっ…!」

 一桜は思わず、声を上げそうになった。

 闇の中、月の薄明りの下に、ぼう、と立つそれに、人の顔があったからだ。

 それが柱に彫られたものだと気付いて、ホッとする。柱には、笑った顔と怒った顔が交互にいくつも彫られていた。


「龍から村を守ってくれる戦士の像。九頭龍村の伝説では、聖なる剣士が龍から村を救うらしいぞ」

 まるで物見遊山にでも来たかのような口調で幻霞が言った。

「黙れ。無駄口をたたくな。もうここは村の中だ。俺の合図一つで、おまえに矢が飛んでくるぞ」

 不気味な柱を通過してすぐ、変わった形の民家が点在していることに気付いた。ところどころに、櫓があることも。

 櫓の上には、人影がある。確かに、弓を構えていた。

「はいはい。おっかないねえ」

 幻霞は肩をすくめると、そのまま散歩でもしているような涼しい顔で歩いていく。

 その様子を見て一桜はホッとしたが、緊張は完全に解けない。

(すごい数の見張りだ)

 櫓は辻の近くに必ずあり、そこには必ず人が弓を構えている。

(何かが変だ)


 村を守るための自衛の警備にしては、少し大袈裟ではないだろうか。


(……村全体が、緊張しているんだわ)

 少年だけではない。櫓の上からこちらを窺っている村人からも、緊張と怒りが伝わってくる。

 ピリピリと刺すような雰囲気の中、大きな屋根の影が見えてきた。

「着いた」

 少年が指笛を吹くと、どこに隠れていたのか、数人の人影が出てきた。見れば、一桜や少年と同じくらいの年頃の少年たちだ。

「おうおう、こりゃまたずいぶんな歓迎で――」

 幻霞は言いかけた軽口を止めた。少年たちが突き出した槍が、喉元まで迫ったからだ。

 その切っ先が小刻みに震えていることに、一桜は気付いた。


牛若うしわか。こ、こいつらは」

ではない。だが、油断できない。外から来た者は一切誰も信じるな」


 牛若と呼ばれたその少年は、棍棒を一桜の首元に突き付けた。

「風魔の名に免じてここまで連れてきたが、この館の中で少しでも怪しい動きをすれば――即座に殺す」

 歩け、と低く呟き、少年は一桜の背中を手で押した。

「おい。風魔の名に免じてってことなら、もう少し客人らしく扱ってくれねえかな」

 静かに言った幻霞を睨み、牛若は少年たちに合図をした。


 その少年たちからも刃を突き付けられながら、一桜と幻霞は村長の屋敷の中へ連行されたのだった。

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