結婚前夜(アレシュと先輩たちの独身の夜)
結婚の儀を前日に控え、王直属の第一小隊の面々は、独身最後の夜となるアレシュを酒場に連れ込んでいた。
「ほらほら、もっと飲め!」
この小隊で最も若いのはアレシュである。
が、一番早く結婚を決めたのは、隊長のバジナを除くと彼であった。
「安心しろ。俺が責任もって家には送り届けてやる」
「流石小隊長!」
大柄な男が八人が二つのテーブルを占領しており、店内はこの騒ぎの原因を知り、便乗しようと客たちも騒ぎ立てている。
「で、新居はどうなんだ?準備は済んだんだろう?」
「はい」
バジナの質問にアレシュは頷き、彼の新居について説明を始めた。
結婚の自由に基づいて、ラダは平民のままアレシュと結婚する。そして、彼らはそれぞれの家に住むのではなく、新居を構えることにしていた。
すでにケンネルが王配となり、両親は寂しく思ったのだが、ラダとアレシュの想いを理解して新居に移ることに同意している。
新居からお互いの勤務地(城とお店)に通い、週一で交互に実家を訪ねる。
お互いに身分に縛られない結婚を目指して決めたものだ。これは先に結婚したイオラとホンザを見本にしており、のちのち身分違いの婚姻の模範になっていく。
「そういえば、おかしなこと続いたよな」
「ああ。アレシュに近づこうとした令嬢が吹き飛んだり、差し入れしようとした食べ物が凍ったり。あと急に消えたりな」
アレシュの隣に座ったジョニーとハヴェルは笑いながらそんなことを話すが、彼はそれを聞きながら引きつった笑みを浮かべる。
彼に対して精霊は相変わらず悪戯をするが、それは元からの性質であり、ここ一年は割と大人しくなっていた。以前のようにラダに触ろうとすると風に邪魔されたりすることはなくなっていた。
さすがに唇に触れたりすることは困難であったが、まあ、以前よりは待遇はよくなっていた。それに対して、アレシュに近づく女性への精霊たちの仕返しが始まった。ラダという婚約者がいるとはっきり答えているにも関わらず、アレシュへの差し入れや声掛けを止めないので、困っていたので助かりはしたが内心苦笑は禁じ得ない。
ある女性など、突然ずぶ濡れになって、化粧が落ちて目の周りが真っ黒になり、化粧で隠した肌が現れ、アレシュの先輩たちを驚かせたこともあった。
「まあ、アレシュのおかげで、女って怖いなあってわかったからよかっただろう?」
「他にも何かあったんですか?」
バジナがそう言うと、黙ってビールを飲んでいたフゴとイゴルが話題に食いついた。
「ああ、お前らは知らなかったか。横恋慕した令嬢が人をつかってラダに危害を加えようとしたんだ」
「うわ、酷いですね」
「ラダちゃんは大丈夫だったんですか?」
「勿論だ。大丈夫だから。アレシュの様子が普通だったんじゃないか。もし何かあったら、こいつのことだすぐに駆け付けようとして、俺たちにも騒ぎが伝わってくるだろう?」
「そっか。じゃあ、小隊長。計画は未然に防げたんですか?」
「まあなあ。未然も未然。実行犯が自首したんだからな」
「未然に自首ですか?」
「そうだ。ラダを絶対に傷つけないから、命を助けてくれと自首したそうだ」
「可笑しな話だよな」
話の合間に、ジョニーが口を挟む。バジナはそれに苦笑しながら話を続けた。
「まあなあ。でもこのおかげで、黒幕の令嬢がわかり罰せられて、表立って危害を加えようとするものがいなくなっただろう。んで俺たちも女の怖さがわかった。お前たち、今回アレシュに近づいた令嬢たちには気をつけろ。間違っても手を出すんじゃないぞ」
「はい。バジナ小隊長。アレシュありがとうな」
フゴとイゴルは深く頷き、感謝されたアレシュは複雑な心境でビールを煽る。
そして同時に、自分のためにラダに危害を加えられそうになったことを思い出して、唇を噛んだ。
「アレシュ。いよいよ。結婚だ。さすがにおかしなことをする者はいないと思うが、ラダちゃんを守ってやれよな。守られないときは、俺が兄貴に殺されるからな」
「物騒だな。エイドリアンの兄貴。っていうか、そういえば、あの演劇もよかったよなあ。休みの時に、見に行ったんだけど、いやいや、かっこよかった。……っていうかアレシュに似てたな」
「おい、ジョニー。一人で見に行ったのかよ」
「そんなわけないだろう。友達とだ」
「女か?」
「女だろう」
先輩たちの話はアレシュから離れ、それぞれの話題に移っていく。店全体でアレシュの結婚を祝うように……いや、すでにそれとは関係ない飲み会と化しており、店内はいつもに増して賑やかなものだった。
その賑わいの中を縫うようにアレシュの背後にまわったヴィクターがジョッキを片手に話しかけてきた。
「アレシュ。結婚おめでとうな。これからもっと騎士として落ち着いてくれそうだな」
「ありがとうございます。ヴィクター先輩にもご迷惑をおかけしました」
「そうだな。凹んだり、なんやら。結構振り回されたものだ。まあ、落ち着いてくれて何よりだ」
「すみません」
「まあ、謝るな。これからは、どしっと頑張ってくれよ」
「はい!」
「よい返事だ」
ヴィクターはアレシュの肩を叩くと、ふらふらとカウンターへ戻っていった。いつの間に、カウンターには可愛らしい女性がいて、二人で話し込み始めるのが見えた。
「ヴィクターの奴も上手くやりやがって」
「エイドリアンは兄貴の世話で大変だよな」
「いや、そろそろお役目ごめんですよ」
「おお、やっと相手が現れたか」
エイドリアンに対して何やら事情を知っているらしいバジナがニヤニヤと笑う。
「小隊長はどうしてこうよく知っているのか。そうですよ。だから、今度は俺が相手を探す番です」
「まあ、焦るなよ。アレシュにまとわりついていた令嬢などに手を出したら人生を棒に振るぞ」
「わかってますよ」
ここでまだ話のネタにされてアレシュは苦笑するしかなかった。
明日は準備もあるだろうと、独身最後の会は惜しまれながらも早めに終了となる。
家まで送ると言っていたバジナを断り、アレシュは一人で屋敷に戻ることにした。明日、結婚の儀が終われば、新居に住むことになる。
こうして実家に戻るのも最後の夜だと、ゆっくりと歩きながら、色々な思いに耽る。
ふと名を呼ばれ見上げると、何かがよぎった気がした。
アレシュは期待に胸を膨らませて、その何かを追う。
「ラダ……」
「ごめんなさい」
「謝ることなんてないのに」
空からふわりと降りてきたのは、ラダでアレシュは彼女を抱きしめる。
精霊たちの邪魔はない。
「眠れないのか?」
アレシュの腕の中で、ラダはただじっとしている。
「……本当は、あのお屋敷に住んでほしかったですよね?」
「ラダ。それを言うなら、俺もだ。本当は、あなたの家に俺が住んでほしかった?」
彼がそう返すとラダはただぎゅっとアレシュの胸に顔をくっつけた。
「俺たちはみんなが幸せになる道を選んだ。誰も不満に思わないように。だから不安がらないで」
「……はい」
小さく震えるラダが可愛くて、アレシュはその額に唇を寄せる。
それ以上抱きしめていると時間が来たとばかり、風が吹く。
「アレシュ様」
ラダに名を呼ばれ、惜しみながらも彼は彼女から手を離した。
「また明日。明日からずっと一緒だ」
「はい」
彼女がそう返事をするのを待っていたのか、風がその体を空へ舞い上げる。
危なかしいと見ていたのだが、風は彼女をのせるとゆっくりと夜空を移動し始める。
闇に溶け込むまでその光景を見送り、アレシュは明日からの生活を思い、軽い足取りで実家へ帰っていった。
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