未来を視る者 (2)

 レーナが沈黙したところで、おずおずとティアナが手を挙げた。


「質問してもよろしいでしょうか?」

「どうぞ。何だね?」

「先ほどおっしゃった『事実だが真実ではない』とは、どういうことでしょうか」

「ああ、そうか。すまない、あなたはあの場の事情を知らないんだね。ハインツ、説明してくれるかい?」


 ハインツが昨日の談話室での出来事について順を追って説明すると、ティアナは納得したように何度かうなずいてから、呆れたような視線をレーナに向けた。周りに迷惑をかけた自覚がたっぷりあるレーナは、居心地悪くみじろぎした。


 ハインツの説明が終わると、国王が後を引き取って続ける。


「そういうわけで、真実はさておき、ここに書かれた出来事が実際に起きたわけだ。これだけで終わることなら、もちろんわざわざ君たちを呼び出したりはしない。問題なのはね、ここに書かれていることがこの先も実際に起きるだろう、ということなんだ。この本は実質的に予言の書なんだよ」


 「予言の書」などという、この上もなく非科学的な言葉を聞いて、学生たちは一様にうろんげな表情を浮かべた。前日には「アレがただの夢じゃなかったらどうしよう」などと騒いでいたレーナも、他人の口から「予言」などという言葉を聞くと冷静になるようで、口にこそ出さなかったものの胸の内では「ありえないでしょ」と思ってしまった。


 こんな荒唐無稽な話を聞かされて大人たちはどう思っているのだろうかと様子をうかがうと、意外なことに全員落ち着いた表情で聞いている。これが「大人の対応」というものなのか、と納得しそうになったが、どうも父や長兄の様子を見るにそういう感じでもない。普通に受け入れているようなのである。ふたりとも受け入れているなら「ありえない」と感じる自分がおかしいのだろうか、とレーナはだんだん自信がなくなってきた。


「何を非科学的なことを、と思ったかい? だがね、『未来を視る者が現れたとき、その者の視た未来は必ず現実となる』という言い伝えが、王家にはあるんだ。ただの迷信に聞こえるだろうがね。私だって、自分が経験していなければそう思ったかもしれない」


 リヒャルトによれば、歴史に残る出来事の陰には「未来を視る者」が現れることがあるのだと言う。それはたいてい、王家の存亡に関わる出来事であるらしい。そう頻繁に起きるわけではなく、せいぜい数十年に一度のことにすぎない。だから王家では「未来を視る者」が現れた際に対応を誤ることのないよう、代々に渡って言い伝えているのだそうだ。


「これが杞憂に終わるなら、それでかまわない。しかし、避けられる悲劇なら避けたいんだ」


 リヒャルトの知る「未来を視る者」が現れたのは、この国ではなく隣国だった。もう二十年以上も前のことである。隣国の王家は「未来を視る者」への対応に失敗した。その結果、王座を別の者に明け渡すことになったのだった。


「君たちも隣国の『辺境の乱』のことは授業で習ったのじゃないかな」


 レーナは「授業で習った」と聞いて、まるで予習してない授業で指名を受けそうになったときのような心細さを覚えた。まったく記憶にないので、尋ねないでほしい。国王と目を合わせないよう、うつむき加減に視線をさまよわせていると、ありがたいことにアロイスが正答を口にしてくれた。


「国王派の横暴に怒った王弟派の貴族たちが反乱を起こして、王位を簒奪したという事件ですね」

「そう。その『横暴』というのが、まさに『未来を視る者』への対応を失敗した結果なんだよ」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 「辺境の乱」の発端は隣国シーニュで、とある貴族が粛正されたことだ。その貴族とは当時の第二王子シャルルの婚約者の家であり、財務大臣という要職を務めていた侯爵家で、不正蓄財の罪に問われた。証拠もあり、有罪が確定。一家は刑の執行前に逃亡を図ったが、追っ手との間で銃撃戦になり全員死亡した。


 しかし侯爵家の一家全員が亡くなってほどなくしてから、不正蓄財が冤罪だったと判明する。有罪の決め手となった証拠はいずれも、偽造されたものだった。忠臣を冤罪で断罪してしまった国王は、貴族たちの批判にさらされる。処刑したわけではなくとも、王家のかけた追っ手との銃撃戦で一家が亡くなったことが特に批判の的となった。追っ手の側に怪我人がひとりも出ていないことから、一方的な虐殺が疑われたのだ。


 批判の声は時間とともに消えるどころか、大きくなるばかり。ついには中立派の貴族の多くを取り込んだ王弟派がクーデターを起こし、国王一家は粛正された。王弟派の筆頭が辺境伯であったことから、このクーデターは「辺境の乱」と呼ばれる。


 当時十八歳だったリヒャルトは、社会勉強の一環として隣国に一年間留学していた。隣国の第二王子シャルルとは同学年で、それなりに親しい仲だった。そしてその婚約者アンヌマリーとは、シャルル経由である程度の交流があった。なのにその留学中に、アンヌマリーの一家が冤罪で追い詰められていくさまを目の当たりにしたのだ。留学を終えて帰国したリヒャルトは、アンヌマリーの一家の悲報を耳にする。


 リヒャルトは、それが冤罪だろうことに気づいていた。

 「未来を視る者」が現れていることを、知っていたからだ。

 「未来を視る者」の語る未来の出来事は必ず現実にはなるが、それが真実であるとは限らない。そう、ちょうどレーナたちの「小さな黒い悪魔」事件のように、表面的に見える事実と、きちんと事情を理解して初めて見えてくる真実とが異なっていることが多いのだ。


 アンヌマリーには同い年の義妹がいて、ニナという名のその義妹が「未来を視る者」だった。どういうわけかニナはリヒャルトを自分の同類と思い込み、未来に起きることをリヒャルトには無邪気に話して聞かせた。ニナが同類と思い込んだのは、異常にタイミングよくリヒャルトやシャルルの前に姿を現すニナを不審に思ったリヒャルトが「もしかして君は未来に起きることの筋書きを知っているの?」と尋ねたせいかもしれない。

 とにかくそんなわけでリヒャルトは「未来を視る者」がいると知っていたのだ。


 学院内でアンヌマリーが追い詰められていくさまを見ているのは、つらかった。

 何かあるたびに誤解があるはずだとシャルルに告げても、現場に居合わせたわけでもないリヒャルトの言葉は軽く流されるばかりだった。何しろ当事者のニナが、誤解を助長するような言動を繰り返すのだ。


 どうにかしたくても、リヒャルトは無力だった。

 王太子という肩書きがあろうとも、異国にあってはただの少年にすぎない。たとえ父王を頼ったとしても、他国の内政干渉などできようはずもない。状況を変える力を持たないことを悔しく思いながら、一年の留学期間が終われば帰国の途につくほかなかったのだった。

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