さきに言っておかなければいけないことは、この作品が「視覚障害」や「パラリンピック」を扱っているからといって、いわゆる「感動ポルノ」では決してない、ということだ。そういう次元で語られている物語ではない。もっと、生きることの根源というか、本来の人間の姿というか、そういったものを陸上競技を通して描いていく話である。
子どもの頃からオリンピックを目指すナツは、ひたすら目標に向かってトレーニングを積む少女である。走ることしかないとストイックに自分を追い込む彼女が出会ったのは、山からやってきた少年ケンタ。
マタギの祖父を持つケンタは自然児のような少年である。彼が祖父から教わったものや、山で出会った動物たちとの日々は、彼の中核をなすものだ。これはケンタが「地上」で陸上競技を目指す時も、壁にぶち当たって悩むときもずっと彼を支え続ける芯のようなものである。
この二人がお互いの存在を励みに「走る」ことへ向き合い、二人でひとつの夢を掴み取ろうとする姿は、読んでいて胸が高鳴る。
アスリートの残酷でシビアな世界を見せつつも、「地上は楽しんだもの勝ち」というマタギの祖父の言葉どおり、走ることへの純粋な思いが貫かれている。
地上の常識をくつがえし、強い絆で結ばれた二人がどんなゴールを迎えるかは、ぜひとも物語の中で確かめていただきたい。クライマックスの展開はあっと驚かせるとともに、「一番大切なことはなにか」を目の当たりに見せられるようである。
「大切なことは目に見えない」というのは星の王子様だったが、この物語を読むと「本当に大切なことはちゃんと目に見えるのだ」と思える。それは心の眼で感じる、という、文字にするとなんとも陳腐な文句になってしまうが、この物語ではその部分がとても自然に読み手に入ってくるように描かれている。あたかもその「見える」感覚を共有しているようだ。
人間が本来持つはずの研ぎ澄まされた感覚を取り戻させてくれるようなお話である。心躍る陸上競技を楽しみながら、ぜひ彼らの青春を見守ってほしい。