カルチャーショック

 渡航前日は東京の高級ホテルに泊まった。東京へはルイさんがナナエと一緒に、ナツとオレを車で送ってくれた。


 初めての東京。

 山育ちのオレは今住んでいる所でさえ、都会だと感じていたけれど、東京という所はまるで別世界だ。見えなくても雰囲気が全然違う。コンクリートとそびえ立つビルディングに囲まれて、多くの人々が行き交い、息が詰まりそうだ。人々はよくこんな所で生活出来ているなと思う。

 ふと、足元に小さな息吹を感じた。コンクリートの割れ目から季節外れの小さなタンポポが顔を出している。

「こんな所に。健気だな。負けるなよ。オレもしっかりしなきゃ」

 少し勇気付けられた。


 初めての高級ホテル。

 食事も何もかもが豪華でびっくりした。初めて尽くしの事ばかりで戸惑ったけれど、パラ陸上の選手団の中でオレとナツは最年少だったし、みんなが優しくしてくれた。ヒデさんとマサさんが一緒なのでとても心強い。

 二人はオレの伴走者が聡さんからナツに変わった事にとても驚いていた。

 その日は王様になったような気分で大きなベッドに大の字になってぐっすりと眠った。


 飛行機に乗るのも勿論初めてだ。搭乗には色んな手続きが必要だったが、オレはチームに迷惑を掛けないように、ただただ指示に従い、金魚の糞のようにくっついていった。

 アメリカまでは長時間の飛行だったと思うけれど、眠っている間にいつの間にか到着していたという感じだった。


 アメリカ。

 飛行機を降りた途端に日本とは違う空気が流れていた。飛び交う言語が異国である事を強烈に感じさせる。映画の中の世界に突き落とされたような気分だ。

 アメリカだなんて、あんな山奥の小さな村から、よくもまあこんな所まで来たものだと思う。



 選手村に入ると、色んな国の色んな人達が居るようだった。オレは見えないけれど、飛び交う言語や雰囲気がカラフルな感じで、これがパラリンピックなんだ〜と思う。ナツがその様子を細かく色々話してくれた。

 

 到着した日は、手続きを済ませるともう夜になっていたので、夕飯を食べて寝るだけだった。

 選手村の中も広くて迷子になりそうだ。ありがたい事に初日は団体行動だったので、ここでもオレは金魚の糞を貫いた。


 選手村の食堂も広い。ここだけでも簡単に迷子になれる。様々な料理が並んでいて、好きな物を好きなだけ取ってきて食べる。

 何だか疲れてしまったオレは適当にナツに取ってきてもらった物を食べていた。

 

 ナツが教えてくれた。

「ケンタ、一箇所すごく人が並んでいるコーナーがあってさ。何か美味しい料理があるのかな? って思って覗いてみたらマクドナルドのコーナーだったんだよ。本場のマクドナルドはそんなに美味しいのかな?」


 隣で食べていたヒデさんが笑った。

「マクドーはな、どの大会でも一番人気なんや。これまで行ったパラリンピック、ヨーロッパでもアジアでもマクドーは入ってたで。アスリートがファーストフード? って不思議やろ。どの国の選手にも馴染みがあって安心して食べられるんかな〜。まあ、そんな旨いとは思えへんけど、本場のハンバーガーやポテトは話のネタにもいっぺんは食べとかんとな。試合が終わったら食べてみよな」


 ふ〜ん、そんなもんなんだと思っていると、ヒデさんの所に次から次へと挨拶にくる人がいた。日本人だけじゃなくて、外国の人も沢山来た。

 ヒデさんは外国人みたいに上手な英語を使っている。関西弁しか聞いた事がなかったから、そのギャップがすごくカッコいいなって思う。海外の友達が沢山いるなんてヒデさんは凄い人なんだと思う。


 ここには様々な障害を抱えた人達が大勢いる。車椅子に乗っている選手も多い。

 普段は健常者の中に障害者のオレがポツンといる感じだけど、ここでは障害を抱えている人達がほとんどなので、それが当たり前っていう感じがして居心地がいい。


 これがパラリンピックなんだなって思う。ずっと自分の競技の事しか考えてこなかったけれど、競技以外の事に少し触れたように思った。



 軽めに夕飯を済ませて部屋に戻った。さすがにナツと同じ部屋にはなれないから、ヒデさんとマサさんと同じ部屋にしてもらえた。初めての場所は分からない事だらけなので、マサさんが色々教えてくれるのがありがたい。


「ケンタ、どないしてん? 何か元気ないんとちゃう? 長旅と初めての事ばっかりで、そら疲れるわな。シャワー浴びて、早う休んだらええわ」

 ヒデさんが声を掛けてくれた。


 オレはあまりにも世間知らずで何も分からないし、自分の競技以外の事を何も考えずにここにきてしまった事が、今更ながら恥ずかしくなったと打ち明けた。

「ヒデさんは凄いな。食堂で色んな人達がヒデさんの所にやってくるのを見ながら、競技以外のパラリンピックの意義みたいな物を少し感じた気がしたんです。こういう事ももっとちゃんと考えなきゃなって思いました」


 ヒデさんは普段のおちゃらけた様子を一変させた。

「オレが一つ思っている事はな。様々なハンディキャップを抱えて社会の中で生きづらさを感じている人達が、このパラリンピックという場では思い切り自己表現が出来るっちゅう事や。

 そやけどケンタ、そんなもんは今、考える事やない。

 オレらは長年かけて繋がった人達と自分らの経験が強みや。体力も衰えてきてる今はそれが唯一の武器や。

 ケンタは何も心配せんでええで。何も知らん事はケンタ達の強みや。恥ずかしい事とはちゃう。オレらは経験が武器や言うたけど、下手に色々知ってる事は弱点にもなるんや。色々考えてしもてな。

 それぞれに武器がある。その武器を活かして思い切り挑んだらええんや。

 パラリンピックの意義とか、そんな難しいもんを考えたかったら、競技が終わってからじっくり考えたらええ。今はな、そんな事に頭を使ったら勿体ないで。エネルギーを全て自分の競技に集中させるんや」


 ヒデさんの言葉に救われた。オレの心は危うくパラリンピックという物に潰される所だった。










 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る