初めての全日本パラ陸上

 もうすぐ高二に上がるという早春に、初めて大会に参加した。

 全日本パラ陸上。年に一度、日本一を決める障害者スポーツの中で一番大きな大会だ。


 学校の運動会意外、生まれてから一度もこんな大会に参加した事はなかったし、障害者スポーツも観た事がない。中二の時にテレビでパラリンピックは観戦したけれど、目は見えなかったから、テレビで聞いただけだ。

 様子はまるで分からなかったので、大会について聡さんと一緒に一通りの下調べを行った。


 日本ではトラック競技に参加する視覚障害の選手は少なく、障害の重さが異なるT11、T12、T13のクラスが同時に出走して戦うようだ。

 オレは一番障害の重いT11クラス。公平を記す為にこのクラスは全く見えないようにアイマスクを着用する。少し障害が軽いT12の選手は伴走者を付けても付けなくても良くて、T13は伴走者無して走る。


 表彰は障害の程度に応じて別々に行われるが、日本にはT11にパラリンピックでメダルを獲得した事のある強い選手がいる。沢村秀男さわむらひでおというその選手とT13の中の一人の選手が全体の一位二位を争うのではないかという下馬評だ。

 もしかしたらオレ達もそこに絡めるんじゃないかと意気込んでいた。


 様子が全く分からないオレに対して、聡さんは健常者の大会で1500m のレースは何回も経験している。

 初めての大会だし、まずは経験してみる事が一番の目的なので、聡さんに付いていく事だけを考えていた。

 どんなレースになるのか、オレはワクワク感だけで全く緊張していなかったのだけれど、聡さんの緊張感が伝わってきたので、気を引き締めた。



 スタートして、オレはちょっと戸惑った。いや、かなり戸惑っていた。

 色んな物が入り乱れているようで混乱が酷い。聡さんと二人で走っている時でさえ、地上では混乱があるのに、そんなもんじゃない。

 周りに人がいっぱいいて、色んな足音や息遣いが聞こえ、闇が歪んでいるようだ。

 聡さんの声と絆の感触に集中しようとしても中々上手くいかない。オレはブレーキを掛けまくりの走りになり、あっと言う間に最後尾に下がってしまった。


「ケンタ、大丈夫だ。オレを信じてくれ。安全に誘導していくから。周りは気にするな。外側から一人ずつ抜いていくぞ」


 聡さんの声にハッとして、自分を取り戻す。聡さんは声を掛け続けてくれる。

「大丈夫だ。そのまま、いいぞ。その調子で」


「さあ、トップを捉えられるぞ。ラスト二周。前は沢村選手達と伴走者を付けてない人が一人。競り合ってる。5m手前のあそこに追いつこう」


 その言葉を聞くと前方が見えるような気がした。

「よし!」

 オレはピッチをあげた。


「おい! オレに従え!」

 聡さんの声は聞こえたが、何かスイッチが入ってしまったオレは言う事を聞かずに突っ走っていた。


 絆で結ばれているオレ達は、トラックの内側をオレが、外側を聡さんが走っている。

 前を行く三人は内側からT13の選手、沢村さんの伴走者、沢村さんが横一列になっているらしい。


「外だ。もう少し外から抜け!」

 しきりに聡さんが外へ外へと誘導していて、オレもかなり外に向かって走っているつもりでいた。


 衝撃はいきなりやってきた。天地がひっくり返ったように思えた。一瞬、会場全体が静止したように感じた。

 そこに大きな声が飛んできた。


「どこに目ぇ、付けとるねん。ドアホ!」


 真っ暗闇の中で、右も左も上も下も分からず、ただオレはとんだ失敗をやらかしてしまったという事だけが分かっていた。

 聡さんは? 転んでしまった人は? 大丈夫だろうか?



「ケンタ、大丈夫か?」

 聡さんの声に少し冷静さを取り戻す。

「すみません。オレは大丈夫だけど聡さんは?」


「大丈夫だ。悪かった。走れるか?」

 悪かったのはオレなのに。そして勿論走れると思った。


「はい」

 そう言って立ちあがろうとすると聡さんが支えてくれた。どこに向かって走ったらいいのか分からない。

 動揺しているオレに聡さんは優しく声を掛けてくれた。

「ゆっくりでいいから。オレ達、失格になると思うけど、ちゃんとゴールしよう」


 力が入らないし、オレのせいで転んでしまった人達の事も気になって、ノロノロ走るオレに聡さんがまた声を掛けてきた。


「沢村さんと伴走者の人も一緒に転んじゃったけど、すぐに立ち上がって走り出したから、大きな怪我はないと思う。ゴールしたらすぐに一緒に謝りにいこう」と。


 オレ達は最下位でゆっくりとゴールし、ゴールの方に向き直って深く礼をした。

 そして、聡さんに誘導されて、先にゴールしていた沢村さんと伴走者の所に急いで駆け寄った。

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