最終選考レース決勝
ゴールラインを越えて、ナツは仰向けになって寝転がり、真上に広がる空を見ていた。
雲一つ無い真っ青な空。
終わった。
流れ落ちる汗と一緒に涙が頬を伝っている。
ナナエがナツの手を取り、ナツを起こして二人は抱き合って泣いた。
☆
決勝レースはスローペースで始まった。
ここでオリンピック参加標準記録を突破しなければ選ばれる可能性のない選手が飛び出したが、有力選手達はそれを見送り泳がせる形となった。
速いペースでの練習が足りていないナツにとって、最初からハイペースにならないのはありがたい。内容など関係無く、三着以内に入る事だけを考えてナツは走っている。
オリンピック最終選考会ならではの異様な雰囲気のレース。ナツは同じようなレースを観戦した事があると思っていた。怪我で出場出来なかった最後の全中陸上。
あの時と同じように、ここで自分のレースに切り替えたのは、やはりナナエだった。
レース中盤からグッと集団のスピードを上げていき、トップをいく選手を捉えた。前を走りたがらない選手達に臆する事なく、ナナエはグングンとペースを上げていった。あの時のナナエとは違う。
「大丈夫。私はずっとナナエと一緒に頑張ってきた。付いていける。ナナエの頑張りに私は負けない」
ナツは自分に言い聞かせて、ナナエの背中をギュッと睨んだ。
ラスト一周、ナナエの背中が少しずつ自分から離れていくのを感じる。
離れちゃダメ、離れるな、なんとか食らいつかなきゃ、という気持ちとは裏腹に、ナナエのペースに遂に耐えきれなくなり、ナツが先頭集団から遅れる。先頭集団は四人で、そのうち三人は参加標準記録を突破している選手だ。
このレースでの記録突破は望めないので、既に突破している選手を一人抜けば切符を掴める。前の四人は少しずつバラけ始めている。
きっとまだチャンスはある。落ちてこい。ナツは前だけを見て追いかける。自分の一つ前を行く選手さえ抜けばいいんだ。絶対に追い付く。絶対に追い抜く。最後まで何が起こるか分からない。
しかし、その差を詰め切る事は出来ず、前を行く選手がゴールラインを越えてしまった。
一瞬、終わったと思う。
が、瞬きする間もなく私のゴールはここじゃないと心が叫ぶ。
最後まで、最後まで。
ナツは最後まで全力を振り絞りゴールラインを越えた。
優勝したのはナナエだった。そして三人の代表が内定した。
ナツはこのレースでは五位、代表切符を掴み取る事は出来なかった。
☆
オレにはそのレースが見えていなかったけれど、その場の空気感で、誰に聞く事もなくナツが落選した事は分かった。そしてナツが最後まで全力を尽くした事も。
競技場から出てくる所でオレはナツを迎えた。
オレに気づいたナツが駆け寄って抱きついてきた。オレはナツの身体にそっと腕を回した。
「足、大丈夫?」
「うん、負けちゃった」
無理に明るい声を出そうとしているのが分かる。小さなその身体は震えている。こんなに
うまい言葉が見つからない。オレはナツの頭を撫でた。
「頑張ったな。凄く」
「ごめんね」
ごめんね、なんて言うなよ。そんな言葉、言わせたくなかったよ。オレは何て返せばいいんだ。
「ナツ、楽しかったか?」
こんな時にオレは何を言ってるんだ?
「うん。ケンタのおかげだよ。ありがとう」
思ってもみない言葉が返ってきた。こんな時に‥‥‥
悔しさを堪えた涙交じりの明るい声を聞いて、ナツをもっと、本当に楽しませてあげたいと思った。
ナツを見た。
何かほんわりとした色が見えた。
それは今まで見えるように感じていた物とは違って、もっとはっきりとした、ナツの中から溢れ出している光のような物。ほんわりとぼんやりと、それでいて確かな物。
突然、オレの中で何かが
「足、すぐに冷やす? それともダウンに行くの?」
「ちょっとだけダウンする。足は大丈夫。気持ちも落ち着けたいし」
「オレも一緒に行っていいかな。ちょっと試してみたい事があるんだ」
「え? 何だろう。勿論いいよ。一人になりたいって思ってたけど、ケンタならいてくれた方がいい」
涙はまだ止まらないようだ。オレがその涙、すぐに止めてあげるよ。
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