ナツとの約束
次の日の昼休み、オレはナツを校庭に呼び出した。
心の整理は付いていて、自分の気持ちを素直に話そうと思った。ハルトさんが言ってくれた事も出来るだけそのまま正直に話そうと思った。
ナツが何ていうかが怖かった。
ハルトさんは「今、ナツが本当に好きで、助けてほしいと思っている相手は、残念だけどきっと僕じゃないと思う」って言ってた。
だけど、ナツに聞いたら、それはハルトさんだっていう答えが返ってくるような気がしてならない。
それでも、そんな覚悟ももう出来ている。
タイヤの上に座って話をした。
誇張する事もなく、ありのままを話せたと思う。
「そっか。話してくれてありがとう」
そう言ってナツは泣きそうな顔をしている。そして続けて言った。
「ハルトくん、凄いな。そんな風に思ってくれてたなんて」
そうだよな。オレだってそう思ったもん。仕方ない。
そのまま、ナツは自分の気持ちを話してくれた。
ハルトさんと出逢いオレを待っていた時の気持ち、入学式の時の気持ち、それから今まで、そして今の気持ちを。
「ケンタを待ってて良かったって心から思った。私はケンタが大好き。地上のケンタも、山のケンタも。
小学生の時に山犬と一緒になって走ってるケンタを見て、何て美しい人なんだろうって思った。そして命をかけて私をイノシシから守ってくれたケンタを見て、何て強い人なんだろうって思った。
オレの居場所っていつもケンタが言っている山は、私には手が届かない場所。ケンタとずっと一緒にいられたら一番嬉しいけど、山からケンタを、ケンタから山を奪う事は私には出来ない。だからいいの。この先ずっと一緒じゃなくていいの。
今、一番一緒にいたいのがケンタで、助けてもらいたいのもケンタなんだよ。
ハルトくんは、ハルトくんは私にとって、とっても大切な人。私の事をそっと見守ってくれているのがとっても嬉しい」
オレはナツの顔にしっかりと目を向けた。
ナツが思ってもいなかった言葉を返してくれて、嬉しいはずなのに心が痛んだ。
オレはナツの心をちゃんと見てあげられていなかった。ハルトさんは遠く離れているのに、ナツの事をちゃんと分かってあげていた。負けたと思った。
オレが見えていると思っていたナツの心よりも、ハルトさんに見えていた物の方が近かった事は確かだ。
なのにナツはオレの事を大好きだと言ってくれた。
思い返していた。オレがわざとナツの事を避けていた時、他の女の子にわざとちょっかいを出したりしていた時、ナツはスッと距離を置いた。
オレに話しかけてくる事も少なくなった。
ナツは怪我が重なって思うように走れない日が続いても、何も言わず一人淡々と出来る練習に取り組んでいた。
オレは必要とされてないって、勝手に思い込んでいた。でも本当は、ナツの一番の苦しみの原因がオレ自身にあったのだろうと思う。
オレは障害を持っているから、ナツにやってあげられない事が沢山ある。普通の人は好きな人に対してどんな風に接している? オレには出来ないから‥‥‥。
そんな事ばかりに囚われていた。何も分かっていなかった。
ナツのオレに対する気遣いでさえ、間違った捉え方をしていた。
オレは「ごめん」と言った。
そして「ありがとう」と言った。
「オレはナツから離れるべきだと思って、ずっとナツが苦しんでいるのを見て見ぬふりをして過ごしてきた。もうそんな事はしない。これからはナツを全力で守ってやるから。大丈夫だよ。
オリンピック、パラリンピック、一緒に行こう」
休み時間の終わりを告げるチャイムはとっくに鳴り終わっていた。オレの遅刻はしょっちゅうだけど、たぶんナツは人生二度目の遅刻なんじゃないかな。
「ごめん。遅刻だ。一緒に謝って教室に入ろう」
ナツは笑顔で「うん」と言った。
そこがきっかけになったのかどうかは分からないが、その頃からナツは良い練習をきちんと積み重ねられるようになっていき、段々と調子が上がっていった。
オレ自身も、鬱陶しく感じてモヤモヤしていた物が綺麗さっぱり晴れた感じになって、やるべき事に集中出来るようになった。
長い間持ち続けてしまっていたこういうモヤモヤした気持ちが、色んな事にすごく影響を与えてしまっていたんだと改めて思う。
遠くにいながらもその事に気づいて助言を与えてくれたハルトさんには本当に頭が下がる。
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