ここに来るまで その2

 盲学校の中二の時にオリンピック・パラリンピックをテレビで観た。聴いたと言った方が良いのかな? テレビ画面だと画像はまるで感じられないのだけれど、ありがたい事に解説放送で楽しむ事が出来た。

 オリンピック放送を見ながら、トラック中距離で日本選手が決勝に進むって凄く大変な事なんだと知った。

 けれど、世界のこんな凄い選手達と戦えたらどんなに楽しいかなって思う。

 

 そしてパラリンピックの陸上競技に視覚障害のクラスがあるって事をこの時初めて知った。鳥肌が立った。

 見えている時にこの競技を知りたかったな。実際に見てみたかった。

 今はイメージするしかなくて、二人三脚のようなものなのかなって思う。二人で息を合わせてやらなきゃいけないって事だけは確かに感じる。


 目がダメになった時の事を思い出していた。

「高三で一緒にオリンピックに出る」という小六の時にナツと交わした最初の約束は守れない物になってしまったけれど、ナツの目標は成し遂げてほしかったし叶えてやりたいと思った。同じ疾風学園に入って助けてやりたかった。

 だからちゃんとナツを守ってあげる事が出来るようになりたくて、オレは今頑張っている。

 ただそれだけだったけれど、たった今、疾風学園に入る目的がもう一つ出来た。

 オレは陸上部に入ってパラリンピックに出場する。ナツはオリンピック、オレはパラリンピックだ。


「これ、やりたいです」

 森本先生に直ぐに言った。先生に頼んで一緒になって色々と調べてもらった。

 視覚障害者の1500mの世界記録と、女子の日本記録が殆ど一緒だって事を知った。

 マジか。そんな事ってあるんだな。もしかしたらナツと競い合えるんじゃないかって思った。

 この盲学校に視覚障害者の伴走者をやった経験がある村田先生という人がいる事が分かった。そんな美味い話があるなんて、オレはなんてついてるんだろう。


 デザーというガイドロープを手で握り、村田先生とオレは結ばれた。デザーはきずなという愛称で知られているらしい。

 何も見えない地上で、この絆はオレにとっては命綱のような物だ。絆で先生とオレは結ばれて、グラウンドを一緒に歩く事から始めた。

 

 笑っちゃう位出来なかった。山や森と違って、地面がどうなっていてどこに向かっていけばいいのかも全然分からない。これが地上ってやつだ。

 お手本を見る事も出来ない。それでもオレは村田先生の力を借りて、少しずつ前に進んでいけた。


 そして、失明してから初めて事を体験出来た日の事は忘れられない。おっかなびっくりノロノロでも、というのは少しでもを感じる事が出来て、歩く事とは全然違う楽しさがあった。

 

 それでも恐怖の感情は常に付きまとってくる。

 暗闇の中を走ると、この先起こる事を察知できず、衝撃は突然やってくる。オレが転べば先生をも転ばせてしまう。

 オレは転ぶ事には慣れているけれど、村田先生に怪我をさせたら大変だ。だから全力疾走なんてとても出来やしない。


 走る感覚を少し覚え始めた頃、オレは森の中でも一人で少しだけ走ってみた。

 そこはやっぱり別世界だった。一歩二歩、まだそこまでが精一杯だったが地上のオレとは別人のように上手くいくような気がした。 

 森や山にどんどん惹かれていく気持ちを抑えられない自分がいた。


 地上では森とのギャップを楽しみながら、真剣にパラリンピックに向かう努力を積み重ねていった。

 疾風学園に入りたいというオレの希望を叶える為に盲学校の先生達もオレと一緒になって沢山調べ、学園に色々と掛け合ってくれた。前例の無い受け入れを通してもらう為に、色んな人達を巻き込んでオレも頑張った。

 

 疾風学園も受け入れるからには様々な体制を整える必要があったようだ。

 学校生活を問題無く送れるとしても、陸上部として活動を送る為には難題がいくつもあった。

 校内で伴走者となりうる人を探し、特例を作り、最終的に入学と入部を認めてもらえたのは本当に色んな人達の力があったからだ。

 こんなに大変な事だとは思いもしなかった。オレは高校生活を充実させて結果で恩返しする事を誓った。



 あの事故から三年。まずは一つ、オレはナツとの大きな約束を果たす事が出来たと思った。そして、ナツが変わらない姿でここで待っていてくれた事が何よりも嬉しかった。

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