ナナエの話

 この三日間は去年のリベンジなの。私、去年はこのお店で大失敗しちゃったから。

 

 お兄ちゃんは大学生の時からこのお店、フォッリアっていうお店の名前なんだけどね。イタリア語で葉っぱっていう意味なんだ。

 フォッリアでアルバイトしてて、去年正社員になったんだ。九歳離れてるの。

 去年の全中が終わった後に、家族でこの店に来てお祝い会をやってもらったのね。すっごく美味しくって、今日くらい食べたい物を好きなだけ食べていいよねって話して、ピザとかケーキとかいっぱい食べちゃったの。

 その日に私も両親と一緒に実家に帰るつもりでいたんだけど、次の日もフォッリアで食べたくなっちゃって私は寮に戻ったんだ。いっつも食べたい物我慢してるでしょ。だからこの三日間くらいは思い切り羽根を伸ばしちゃおうと思って。お洒落して楽しもうって。

 

 三日間フォッリアに入り浸って、すっごくいっぱい食べちゃった。楽しかった。でもそれが悲劇の始まりになっちゃったんだよね。 

 三日間で体重が一気に増えちゃって、走れなくなって。思うように走れない事がストレスになって、やたら甘い物とか食べたくなって。罪悪感にさいなまれながら、私は食べては吐いてを繰り返してた。

 

 ナツは練習も生活も凄く真面目に一生懸命取り組んでどんどんと力を付けていたでしょ。

 私はこのままきっと越されて、取り残されていくんだと思った。それが怖くて怖くて。その時から、ナツと競り合いになるたびに、身体に変に力が入って、急に上手く動かなくなるようになった。頑張らなきゃって思えば思う程、心に反して身体が拒絶反を起こしている感じで。とっても辛かった。


 コーチは私の異変にすぐに気づいて、練習方法を変えてくれたり、色々アドバイスをしてくれた。だからどん底にまでは落ちないですんだんだよね。

 

 お兄ちゃんも家族も、自分達のせいで私が走れなくなったって思っちゃったみたいで。私のせいなのにそう思わせちゃった事が申し訳なくて。だから絶対にまたちゃんと走れるようになってやるって思った。

 病院に行ったら摂食障害だって言われて、きちんとその病気と向き合う事にした。一年近く掛かっちゃったけど、何とかそれを乗り越える事が出来たんだ。今はもう、病気の方は全然大丈夫だから心配しないで。

 

 でね、それをきっかけにお兄ちゃんはこのお店の新しいメニューを色々考えてくれたの。身体に良くて太りにくくて満足感のある美味しいメニュー。それが好評でお店の売上も上がったみたいだから、私も少しは貢献出来たのかな? なんて。

 今日はそんなお料理を出してくれるから心配しなくていいよ。私の失敗をナツにはさせないから大丈夫。


 今回のレース。正直凄く怖かったんだ。去年まではあんな風に走れてたし、いつも勝って当然って見られてきて、記録を期待されてたでしょ。私も走れてたからそれが苦にならなかったし、そういうのがあったから余計に頑張れたと思うんだ。でも、走れなくなって周りの目が気になって。自分の弱さを見せたくなかったし。

 

 ナツが怪我する前、ナツには勝てないって分かってたし、中学記録も目の前で塗り替えられるかもしれないから出たくないって真剣に考えたんだ。で、思い切ってコーチに話した。そしたらコーチがこう言ったの。


「それなら、負ける練習をしてこい」って。「今回は勝たなくていいから一番納得出来る負け方をしてこい」って。

「去年までの自分と比べるな。ここから少しずつ積み上げていけばまた絶対に強くなれるから」って言われた。そんな風に言ってもらえて嬉しかった。


 ナツが怪我しちゃったでしょ。その時コーチはこう言ったの。

「ナツはあんなに頑張ってきたのに最後の全中を走れない。お前は走れる。大会を走れる事は当たり前だと思うなよ。走らないといけないっていう義務感だけで走ったらバチが当たるぞ。この大会を絶対に無駄にするなよ。大会を楽しむ事は難しいかもしれないけれど、最後の全中だ。今の自分なりに精一杯楽しむんだ」って。


 大会が始まるまで、どうやったら楽しめるのか色々考えてたけど、はっきりした物が見えてこなかったんだ。

 ナツはこの大会に来ないって私は思ってたけど、来てくれたでしょ。

 疾風学園に入って、ナツの頑張りはずっと見てきた。戦うのは嫌だったけど、ナツが走れないのは私も辛かった。怪我をするならナツじゃなくて私だったら良かったのにって真剣に思った。

 でもこれは変えられる物じゃない。松葉杖を突いて大会に来たナツを見て、私に出来る事は、今の私の精一杯を出す事だって、何か吹っ切れたんだよね。


 レースはさ。全然いい走りは出来なかったけど、決勝は何回も挫けそうになりながらも、何とか耐え切ってゴール出来た。今まで負ける事なんか考えられなかった選手達に負けちゃって悔しかったけど、それでも自分に負けなかったから、ここから先に進めそうな気がした。

 ゴール後にナツが迎えてくれるなんて思いもしなかった。最高に嬉しかったよ。走って良かったって心から思えたよ。ありがとう。


 あ、ごめん。何か一方的に一気に話しちゃったね。

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