おしゃれ

 疾風学園では毎年全中陸上の大会が終わって解散すると、三日間練習は休みで自由になる。夏休み中なので学校にも行かなくていい。

 寮生活を続けている私達は、家族が応援に来ていてそのまま一緒に実家に戻る人が多い。中には寮に戻る子達もいて、戻り組はその日に学校のバスで帰る。

 私もナナエも寮に戻った。私は実家が寮のすぐそばだから明日帰るつもりだ。ナナエは実家には帰らないらしい。

 バスの中で二人で明日のお昼を一緒に食べにいく約束をし、寮には夜遅くに到着した。


 翌日、朝食の時にナナエが話しかけてきた。

「寮からバスで三十分位の所に、お兄ちゃんがウエイターをやっている美味しいイタリア料理のお店があるんだ。お昼は一緒にそこに行ってみない?」

 

 私は寮の近くにあるいつもの定食屋さんに行くつもりでいたので少しビビった。

「え? 私、そんなイタリア料理のお店なんて行った事ないし、おしゃれな服なんて持ってないし、それに松葉杖だし」

 

 戸惑っている私にナナエは微笑んだ。

「大丈夫だよ。ねえ、私の服貸してあげるから着てみない? きっと似合う服あるよ。たまにはパッと気分転換しなきゃ。気軽に入れるお店だし、ナツをおとしめたりしないから大丈夫。今日は私に任せて。お兄ちゃん、今日は十五時上がりらしいから、終わったら一緒にナツの家まで車で送ってくれるって言ってたし」


 朝食後、ナナエの部屋にお邪魔して持ってる服を見せてもらった。

 ナナエは可愛い服をいっぱい持っている。私はスニーカーに松葉杖だし、ヒラヒラ系は苦手だと言うと、ナナエはスポーティーだけど可愛らしい水色の長袖シャツと藍色の膝下までのズボンを選んでくれた。


「わ、可愛いよ。ぴったりだね。ナツは可愛い格好を全然しないけど、お洒落したら絶対可愛いだろなってずっと思ってた。これも付けてみて」

 インディアンが身につけているような感じの、素朴な素材で出来た雫のように見えるネックレスをかけてくれた。


「似合う、似合う。ナツの方が似合うから、このネックレスあげるよ」

「え?」

 びっくりした。とっても可愛いネックレス。

「でも‥‥‥」

 戸惑う私に「いいから、いいから」と言いながら、ナナエはサッサと自分の身支度を整えている。

 

 私と不釣り合いにならないように、ナナエも似たような格好をした。ベージュの長袖シャツに八分丈の茶色いズボン。ナナエは美人だしスタイルもいいからとっても素敵だ。

 

 鏡に向かって薄っすらとオレンジ色のリップを塗り、私にもピンク色のリップを薄っすらと塗ってくれた。

「ナツ、可愛い」

 ナナエが調子に乗せてくるもんだから、何だか楽しくなってきた。上手くいくかドキドキしたけれど、今日はナナエにお任せしてみようと思った。



 お昼にはまだちょっと早い時間。

「いらっしゃいませ」

 開店時刻に合わせてやってきた私達は一番乗りで、カウンター席に案内された。正面は全面ガラス張りになっていて、綺麗な山々が一望出来る。

「よっ、よく来たな」

 席に案内してくれた店員さんがナナエに言った。


「これが私のお兄ちゃん。そしてこちらが昨日電話で話した小野菜津枝さん。ナツって呼んでる。お兄ちゃん、今日はよろしくね」

 ナナエが二人を紹介してくれた。


「食事はもうちょっとしてからの方がいいんだよな。食べたくなったら声掛けてな」

 ナナエのお兄さんはそう言って立ち去っていった。私はその姿を目で追っていた。


「ナツは好き嫌いなかったよね。お兄ちゃんがセレクトしてくれるからお任せでいいでしょ? 食事はもう少し後でいいよね。ちょっとナツに話しておきたい事があるんだ。聞いてくれる?」


 ドキッとした。何を言われるんだろう。嫌な事かな? それとも嬉しい事かな? ちょっと怖いけど、聞かないという選択肢はない。

「え? あ、うん。勿論聞く。料理はお任せでお願いします」

声は上ずっていたかもしれない。


 ナナエはお水の入ったグラスを取って一口飲むと話し始めた。

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