全中陸上 その2
私は全体がよく見えるスタンドで観ていた。色とりどりのユニフォームとすらっとした選手達の姿が綺麗だなと思った。これが私がやっている競技なんだと思うと何だか少し嬉しかった。
号砲と共に一斉に選手達が動き出した。
異様な雰囲気が流れる。
選手達は周りを伺いながら先頭を譲り合っている感じで、レースは見た事もないようなスローペースで始まった。
スタートからナナエがガンガン飛ばしていった昨年とは真逆だ。
今年はナナエの不調がささやかれ、調子を上げていた私の欠場も重なり、混戦が予想されている。誰が勝ってもおかしくない。誰もがチャンス有りという気持ちを持っている事が異様な雰囲気を作っているのだろう。
痺れを切らしたようにナナエが先頭に立ち、少しずつペースを上げていく。いくら不調とは言え、みんなナナエをマークして前に出てこない。
ナナエは覚悟を決めたようにペースを上げていき、ラスト500mで集団が割れ、先頭は二人となった。
そのままラストラップの鐘が鳴る。その鐘を合図とするように、ずっとナナエの後ろに付いていた選手が前に出た。ペースが上がる。ナナエはピタリと後ろに付き、二人のマッチレースになると思われた。
「あ!」
思わずナツが声を上げた。
ナナエのペースが突然ガクッと落ちた。あっと言う間に前の選手との間隔が広がる。
「やめるな!」
三人の心が同時に叫んだ。コーチの心、私の心、そしてナナエ自身の心が。
すぐに後続の二人がナナエを抜いていく。ナナエはもう一度何とかペースを上げて二人に付いた。
「そう、付いて」
私は思わず立ち上がって拳を握っていた。ナナエの顔が歪んでいる。こんな顔は見た事がなかった。
それでもどうしても身体が上手く動いてくれないようで、またペースがガクッと落ちた。
私は見ているのが苦しくなった。
後続の五人がナナエを横目に抜いていく。普通のナナエなら流しても勝てるような相手だ。
ナナエ、もうやめていいよ。そう思いかけた。
しかし、ナナエはその五人の後方にピタリと付いた。そして力を振り絞り、もう一度前に上がっていった。
五人は競り合い、四〜九位争いのゴールは混戦となった。
ナナエは八位でゴールした。ゴールラインを越えて少し流すと、ゴールラインを振り返りいつものように深々と礼をした。一度頭を起こしたが、今度はうなだれて膝に手を付いた。肩が大きく揺れていて苦しそうだ。
それでも再び顔を上げると、笑顔を作って一緒に戦った選手達に一言掛けたり、握手したりしている。
入賞は八位までだけれど、ナナエにとっては四位争いなんて屈辱でしかなかったはずだ。八位の賞状を貰うくらいなら、何も貰わない方がまだマシなんじゃないかとさえ思う。
こんな時、笑顔を作れるなんて信じられないと思った。私はナナエに釘付けになり、しばらく見ていてハッとした。
彼女の笑顔と一緒に、彼女の心の涙と心の闘志が見えた気がした。
「織田奈々恵も終わったな。昨年の面影なんて微塵もない。あんなレースして笑ってるようじゃな。オレらの期待、見事に裏切られちゃったな」
報道関係の人だろう。私のすぐ横でそんな声がした。
「ナナエは終わってなんかいません」
無意識にそんな声を出してしまった自分に驚いた。そして松葉杖を突いてその場からとっとと逃げ去った。
そのまま急いでグラウンドの方に行って、ナナエが引き上げてくるのを少し待っていた。
「あっ」
私の足元近くに青い花びらを付けた小さな花が咲いていた。可愛いな。気持ちが少し落ち着いた。
ナナエと目が合い、私は駆け寄って松葉杖を投げ出して彼女を抱きしめた。涙がいっぱい流れた。何の涙なのかは分からない。自分自身の悔しさとか、ナナエの悔しさとか、色んな物が入り混じっていたんだと思う。
何か言ってあげたかったけれど、どんな言葉を掛けても薄っぺらな言葉になってしまうような気がした。
「ナナエ、休み中にご飯一緒に食べに行こ」
そんな事しか言えなかった。
ナナエは私の背中をポンポンと叩いた。
「ナツ、ありがと。一緒に行こ」
涙声で、でも嬉しそうにそう言ってくれた。
その後すぐに男子の1500m 決勝が行われた。疾風学園の選手も二人出場していたので、ナナエと一緒にスタンドで応援した。
学園の二人は残念ながら入賞出来なかったけれど、このレースで中学日本新記録が誕生した。その選手のラスト一周はキレキレで凄くカッコよかった。
感動と同時に、ケンタの走る姿が思い浮かんだ。もしもケンタがあんな怪我さえしていなければ‥‥‥
きっと、もっとカッコよくて、もっと凄い記録を出していたんじゃないかな。そう思うとまた涙がいっぱい流れた。
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