第46話 伝説の大賢者に期待を寄せられる

「「——棄権します!!」」


 両者同時の棄権宣言に、会場がどよめく。


「予選の様子見てたぜ! あんな化け物みたいなパワーの持ち主に、勝てるわけねえだろ! 棄権だ棄権!」


 カストルがそう叫ぶ。


「リスクを見極めて、撤退を決めたのか。冷静な判断が出来るようになったなカストル。僕は嬉しいぞ」


「主殿、弟に対して甘くはありませんか?」


 一方のナスターシャは


「わ、私があんな強そうな人に勝てるわけないですぅ。だって、剣持ってるんですよぉ? 怖すぎますぅ〜!」


 と涙目で訴えている。


「そうか、レインボードラゴンのナスターシャから見てもカストルは強そうに見えるか。成長したなぁ、カストル」


「主殿はやはり弟に甘過ぎますよ……」


 隣でカエデが少し呆れていた。そんなことはないと思うのだけど……。


『えー、ただいま審判員の判定を行います。しばしお待ちください……』


 2人同時の棄権宣言という前代未聞の事態に、司会者も動揺を隠せていない。


『……判定が出ました! ナスターシャ選手の方がほんの一瞬棄権の宣言が早かったため、ナスターシャ選手の棄権が有効となります!」


「やりましたぁ〜!」


 ナスターシャは、ぴょんぴょん跳ねながら喜んでいた。


「クソ、一瞬遅かったか……! いや、でもこれであの女と戦わずに勝ち進めたんだから良いのか。……良い、のか……?」


 カストルは不思議そうな顔をしている。


「これでお互い勝ち進めば決勝でカストルと戦えるな。楽しみだ……!」


 僕はますます気合が入る。絶対に油断せずに勝ち進もうと心に決めた。


 しかしこの後、とんでもない大物が会場に姿を現し、決勝進出は一気に危うくなるのだった。


『続きましての試合は、エンピナ選手VSダニエル選手!』


「エンピナ様だって!? あの伝説の!?」

「数年に一度しか出ないけど、出た年は必ず優勝するっていうあの伝説の大賢者エンピナ様!?」

「ラッキーだぜ、今年は当たりの年だ!」


 超大物の名前に、会場のボルテージが一気に高まった。


 会場に、風が吹き荒れる。そして空から、何か巨大な物体が降ってくる。


「あれは……竜の頭蓋骨!?」


 竜の頭蓋骨は地上寸前でピタッと静止する。その上には、小柄な人影が腰掛けていた。


 “大賢者エンピナ”。年齢不詳。長寿命のエルフ族。中世的な容姿で、性別も不明。顔立ちは少年の様にも少女のようにも見える。ゆったりとしたエルフの民族衣装を着ているため、体のラインもよくわからない。


 王国内に住んでいるらしいが、どの地方かはわからない。たまに気まぐれにふらりと王宮を訪れて、王宮内の魔法使いに非常に価値ある魔法の知恵を授けてはまたふらりと消える、とても気まぐれな方だ。


 体の周りには、常にいくつもの魔法陣が浮かんでいる。きっとあのうちの1つが、乗り物である竜の頭蓋骨を浮遊させているのだろう。


「あれがエンピナ様……僕も初めて見る。他の参加者とは次元が違うな…」


「はい。凄まじい魔力を感じます」


 隣にいるカエデもエンピナ様の迫力を感じ取っているようだった。


「久しいな。人の子らよ」


 穏やかな、それでいて迫力ある声が会場に響く。


「胸をお借りします、エンピナ様」


 対戦相手であるダニエルさんが深々とエンピナ様にお辞儀をする。ダニエルさんは3回前の大会で準優勝まで進んだ実力者だが、エンピナ様の迫力の前では完全に見劣りしてしまう。


『それでは、エンピナ選手VSダニエル選手、試合開始——』


「氷属性魔法“アイスニードル”、5重発動」


 エンピナ様の周りに一瞬で5つの魔法陣が出現し、氷の杭が高速で飛び出していく。


「ぐああああぁー!」


 ダニエルさんは、一本も杭を防ぐことができず一瞬で敗北した。まさに“瞬殺”だ。


「うむ。次の試合の相手は……」


 そう言ってエンピナ様は、選手席の僕を見る。


「汝と戦える日を楽しみにしていたぞ、メルキス。去年の大会、我もこっそり見にきていてな。汝が強力なギフトを手に入れれば、我と互角に戦える存在になり得るかも知れぬ。そう思って今年の大会参加を決めたのだ」


 エンピナ様が僕の戦いを楽しみにしていた? なんて、なんて光栄なことだろう。


「ありがとうございます。僕も、あなたと戦える日があればと夢見ていました」


 伝説的な魔法使いであるエンピナ様と戦える高揚感で、僕はワクワクしていた。


 それに、僕の【根源魔法】の新しい力“魔法融合”を存分に使える相手に出会えたことも嬉しい。エンピナ様が相手なら、火力過剰でやりすぎてしまうこともないだろう。


 僕は期待を胸に闘技場へ降り立つ。

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