市民のヒロイン 2
──死 ぬ ほ ど 忙 し い 。
アレから一週間が経過しているが、俺の学生生活は社畜そのものだ。学生なのに社畜とはこれいかに。あまりにも多忙すぎて禿げそうです。
バイトをしながらヒーロー部の職務を一手に担うという行為の重みを、一週間前の俺は理解していなかったようだ。反省してくれポッキー。
「あ゛ぁー……つっ、かれた……はぁ」
暖かい昼は身を潜め、肌寒い風が夕暮れを乗せて首筋を撫でた。
身震いしながら公園のベンチに腰かけて、体の中から疲労を吐き出すように溜息をする。もうしばらくは立ち上がりたくないと、体全体が主張しているかの様な気だるさだった。
「人気すぎだろ、市民のヒーロー部とかいうグループ。ただの高校の一部活じゃないの……」
レッカたち部員が、世界的に名の知れた著名人になってから、ヒーロー部への依頼の量は右肩上がりだ。
相変わらずアプリの方に来る依頼は少ないが、それを補って余りあるほどの大量の依頼が、電話や魔法学園公式サイトを通じて、ヒーロー部に流れ込んできやがるのだ。
迷子のペットを一匹探し出すだけでも一苦労だというのに、ボランティアの手伝いや街のイベントのサポートなど、助けが本当に必要なのか怪しい依頼まで紛れ込んでいるため、単純に活動量が異常だった。
「……ていうか、今日もだいぶ嫌な顔されたな」
はは、と自嘲気味に笑い飛ばしたが、やはり気分の良いものではない。
ぶっちゃけた話、依頼主たちはヒーロー部のメンバーに会いたいとか、もしくは彼らの知名度を利用して人を集めたいだとか、そういった裏の事情が透けて見えるような連中がほとんどだ。
なので、華のある彼らではなく、知名度の欠片も無い俺一人が『ヒーロー部でーす』と依頼解決に赴いても、依頼主たちは分かりやすいため息を吐いて、物凄くテキトーに扱ってくるのが、ここ一週間の現状である。
期待外れ、お前じゃない、そんな言葉を胸中に留めながら、奴らは表面上だけ笑顔のまま接し、終わればさっさと俺を追い出していった。
「……さむっ」
前方から木枯らしに吹かれて、反射的に身震いした。早く帰った方がいいのは分かっているが、体を動かすのがとても怠かった。
求められていないのは、最初から分かっていたのだ。
だが、実際に雑用のような扱いをされると、意外なほどムカっ腹が立つ自分もいるのもまた事実だった。
ヒーロー部も最初期はこんな感じだったんだろうな……と、彼らの苦労を慮ることで耐えたが、これがこの先何ヵ月も続くのだと考えたら──少し、嫌になってくるかもしれない。
「どーすっかな……流石に、まだ大丈夫だけど……」
このままだとストレスで頭がおかしくなって、また周囲を顧みない壊れた美少女ごっこを始めちゃうぞ。どうにか自分をコントロールしないと社会生活に支障が出てくる。
カゼコのおかげでやれる事自体は増えてるし、彼女のサポートもあってか、まだ耐える事は出来ているが、それも時間の問題な気がしてきている。
このままだとカゼコに甘えきりの、カゼコお姉ちゃんたすけてルートに突入するかもしれねえ。……レッカとの二択になって、結局俺がフラれる未来まで見えちゃった。かなしいね……。
『うわああぁぁァァッ!!』
コクの声でバーチャル配信者にでもなってオタクから金を巻き上げてやろうか──なんて邪悪な思考が脳裏によぎったその時。
遠くから年若い男性の悲鳴が、俺の耳に飛び込んできた。
「…………マジか。……えぇ、まじか……」
レッカやヒーロー部の女子たちなら、思考する前に声の方向へ飛び出していけるのだろう。
しかし、俺が今までに思考抜きで助けに飛び込めたのは、衣月とマユの二人だけ──つまり身内だけなのだ。
面倒ごとに巻き込まれたくない心と、危険なイベントには頭を突っ込みたくない恐怖が、俺の足を地面に縛り付けている。
というかこの街、危ない事象が起こり過ぎてない?
『だずけてーッ!!!』
悲痛な叫びに頭を叩かれたような気分だった。
流石に見て見ぬふりは出来ないと、頭の中をリセットする。
「が、がんばれポッキー……、お前ならできるぞポッキー……!」
以前、一度だけ怪人から子供を庇ったことがあり、それを思い出した。
命を投げ出すつもりはないが、少なくとも助けに向かえる行動力はあるはずなので、俺は『自分は出来る』と半分自己暗示をしながら、声が聞こえたビルの路地裏の方へと駆け出すのだった。
◆
駆け付けたその場所では、両手にメリケンサックを装着した大柄な男が、魔法学園の制服を着た男子生徒を襲っている姿があった。
男子の方は以前見たことがある。
校門で俺の腕にヒカリが抱き着いていた時、遠くから恨めしそうな視線で睨みつけていた生徒だ。
言わずもがなヒーロー部のファンであり、俺を快く思っていない人間の一人である。
とはいえ彼も一般市民。
助けないわけにはいかない為、メリケン男を突風魔法で怯ませ、その隙に彼を俺の後ろに庇った。
「お、お前っ、グリントに抱き着かれてた男子……!?」
やっぱそういう認識になってるのね……。
連鎖的にあらぬ誤解が生まれそうだし、ヒカリといる時はもっと距離感を意識しよう。
「きみ、名前は?」
「えっ? さ、サイトウ……」
「俺はキィだ。サイトウ君、今のうちに警察に電話を」
「むっ、無理だ! さっきあの男にスマホを奪われちゃって……」
言われて前方に向き直ると、メリケン男が素手でスマホを握りつぶしていた。あの握力は人間やめてない?
「じゃあ俺のを使って──」
「禁止ィィィィィィッ!!!」
「おわっ!?」
ズボンのポケットから携帯を取り出したその瞬間、メリケン男が壊したスマホの破片を、俺たちに向かって全力投球してきた。
狙いすましたかのように破片は俺のスマホに直撃し、路地の奥へ吹っ飛ばされてしまった。
振り返ると、スマホは煙を立てながらバチバチと嫌な音を響かせている。どう見ても完全に破壊されてしまったようだ。
人通りの少ない路地裏。
後ろは行き止まりの壁。
機転が利いた相手の行動により、俺たちは完全に孤立してしまったのだった。
「禁止、禁止、禁止ッ! 拘置所の刑務官はそればっかりだったので! ……オレも倣って禁止してみた。どう?」
「……よくできました、って言えばいいのか」
「いらねェよこのクソガキィッ!! ありがとう」
ヤバイ。やばいやばい。
待って、本当にコレはまずい。なにアイツ。何なのマジで怖すぎる。
完全に情緒がぶっ壊れちゃってて、まるで話が通じないんだが。もしかしてバトルアニメ出身の方?
少なくとも学園生活で四苦八苦してる学生の前に出てきていい敵キャラではないだろ……。
「あっ、あいつ! テレビで見た事あるぞ!」
知っているのかサイトウ!?
「数ヵ月前に死刑判決が出てた凶悪犯だ……も、もしかして脱獄を……っ!」
解説してくれたサイトウ君の顔が青ざめた。どうやらマジで相手は死刑囚のヤベー奴だったらしい。
バキバキ童貞のバキ童、最凶死刑囚編が開幕してしまった。冗談じゃねぇぞおい。
「……なんでオレが死刑なんだ? 顔面をグチャグチャにしただけなのに」
自分で理由を言っちゃってるじゃん……。
「そうそう、整ってる顔を見るとイライラするんだよな。だからグチャグチャにしたくなる。とりあえずオレと同じくらいにはグチャグチャになって貰わないと、とても困る」
いや誰も困らないから! お願いだから自制して!
「お前えええぇぇぇっ!!! ……普通だな。イケメンじゃあない。普通だ。髪ぃ真っ黒だし、組織に聞いたレッカとかいうヤツではない」
組織ってたぶん、警視監が言ってた正義の秘密結社ってヤツの事なんだろう。
まさか一般人に危険な魔法を渡すだけではなく、死刑囚レベルの凶悪犯までもを脱獄させるなんて、あまりにも無法すぎる。
自分たちが所有する怪人だけで組織を構成していた悪の組織の方がマシに見えてくるレベルだ。正義の秘密結社は見境が無さすぎるぞ。
……なんで俺がこんな事考えないといけないんだ? バトルアニメの住人ではないんですけど……。
しかしレッカが狙われてるとあれば話は別だ。
少なくともコイツだけは、この場でなんとかしなければ。
「殺さないッ! お前の顔面は普通だが、やはりグチャグチャにする。殴りまくって顔面をグチャグチャにするだけだ! 殺しはしない、安心しろ」
「今のセリフの中に安心できる要素がどこにあったんだよ」
イカレ野郎だ。野に放ったままにしていい人間じゃないのは確かなんだ。
倒せるかどうかは半々だが、逃げるという選択肢はない。そもそも逃げられないからだ。
「き、キィ……どうするんだ……!」
「逃げたいところだが逃げられない。風魔法で宙に浮いても、空中浮遊のスピードでは奴の投擲を躱せないんだ。立ち向かうしか手は残されていない」
「立ち向かうったって、あんなヤベー奴に勝てるワケないだろ!?」
そう考えるのが普通だ。サイトウの言っている事は正しくて、何もおかしなことはない。
俺だって衣月を守る旅に出る前だったら、きっと同じことを口にしていただろう。
しかし今の俺は、良くも悪くも普通ではない。
こういった悪に立ち向かえるだけの経験がある。
衣月と音無からは勇気を、風菜とカゼコには戦う為の手段を与えて貰った。
もう敵を前にして怖気づいたりはしないし、あまつさえ守らなければならない存在が後ろにいるのだから、猶更退くわけにはいかないのだ。
……た、戦うぞ。がんばれポッキー!
「下がってろ。怪我をしないように離れているんだ」
「えっ? ま、まさか」
「早くッ!」
急かすと、ようやくサイトウは俺から離れて、壁にへばりつくように身を固めた。
これでようやく戦える──そう考えた瞬間。
唐突にメリケン男が駆け出した。
「お前の顔面を治せなくしてやるよぉッ! 殻が割れた生タマゴみてぇになあーッ!!」
変わった比喩表現をお使いになりますねと、煽る暇もないスピードだ。
鋼鉄のメリケンサックを装着した右手が、何の迷いもなく、一切の躊躇なく俺の顔面に伸びてきた。
ある程度は予想していたが、本当にヤツの狙いは顔面のみだったらしい。
「っぶね!」
体を動かすだけでは間に合わない為、更に風魔法で自分の肉体を吹き飛ばし、横へ吹っ飛ぶ形で攻撃を避けた。
「あ゛ぁ゛ッ!?」
叫びながら、誰もいない場所を殴りぬけるメリケン男。
奴の拳は空を切ったわけだが、そこはまるで金属バットをフルスイングした様な、凶悪な轟音が吹いていた。
……やっば。
当たってたら首が千切れてたんじゃねぇの、アレ。
「こわすぎる……」
「反射神経だけは一人前じゃあねぇか。ただの高校生のガキだと思ってたが、意外とやるようだな」
初撃を躱した程度で、そこまで過度な期待はしないで欲しい。
こっちとしては向こうが本気を出す前に決着をつけたいのだ。
というわけで先手必勝──この場合は後手になるが、ともかく攻撃を避けてからは俺が仕掛ける番だ。
カゼコに教わった護身用の風魔法を使う時が来たようだぜ。
「空気弾ッ!」
指を二本前に突き出す鉄砲の形に変え、叫んだ瞬間目に見えない高速の風が射出された。
これは空気を圧縮して魔法でコーティングし、物体にしてから弾丸の様に発射する技だ。
わざわざ名前を叫んだのはカッコつけたわけではなく、口に出して正確に意識しないと、魔法のコントロールが上手く出来ないからである。既に風魔法のエキスパートである風菜やカゼコは無言で発射できるらしい。すごい!
「オレにはバリアがある。無駄だ」
「……マジで」
メリケン男の周囲に半透明の壁のようなものが出現して、本当に弾かれちゃった。ウソでしょ。
「う~~ん。やはり組織からバリア魔法を受け取ったのは正解だった。ただ暴れるよりも効率が良い」
「……暴れるのが目的なのか。幼稚だな」
「なに?」
困ったので適当に会話で時間を稼ぐ事にした。
この間に魔力を指先に集中させつつ、バリアで現状ハイパームテキになっているコイツを、倒せる手段を考えないと。
「俺のことをガキだ何だっていう割には、行動原理が幼稚だって言ってんだよ。癇癪起こして駄々こねてる子供となんら変わらねえ」
「キサマッ!! きさま……きさまぁ、なるほど時間稼ぎか? そうはさせんぞアポロ・キィ!」
バレてるぅーっ!!
うわぁ来たっ!!
「あぶっ! ぉ、おまっ、何で俺の名前をっ!?」
「抹殺リストには目を通した! 今思い出したんだよ、お前の顔と名前をなぁッ!」
「──ッ゛」
パンチは数発躱したが、まるでラッシュの様に早いそれを全て避けることは出来ず、頬に一発貰ってしまった。
男が振り抜いたことで吹っ飛び、付近にあったゴミ袋の山に落下。
たった一発だというのに、かなりのダメージを受けてしまった。
「……ぅっ、鼻血が……っ」
「キサマァ゛ッ! ……なるほど、オレの拳に突風をぶつけて、パンチの勢いを軽減させたか。直撃すれば骨が砕けるはずだからな。賢いぞ、戦い慣れている。ふざけるなぁッ!!」
「まじで、情緒どうなってんだよ……」
ホントに怖いよこの人……。
鼻の中が切れてしまったのか鼻血が出てきたし──というか脳みそが揺れている。フラフラだ。
「うぷっ……」
頭痛がする! は、吐き気もだ! なんてことだ、このアポロが……気分が悪いだとォ……ッ!?
普通に考えて屈強なムキムキマッチョの成人男性に殴られたら、こうなるのが普通なんだよな。……うわっ、口から歯が一個出てきた。
「ハハハッ! いいぞ! 歯が抜けるのは『顔面が崩れる第一歩』だ! ざまぁみろマヌケ面めッ!!」
「こ、こんなガキ相手に本気になって、楽しいのか、おまえ……」
「楽しい……弱い者イジメ大好き……」
ダメだこれ喋りじゃ時間稼ぎができねぇ。
戦って勝たなきゃいけないわけだが、アイツに勝つには肉体に直接空気弾をブチ込まないとならない。
当たれば勝てるが、当てる事が出来ない。……詰んでない?
「殺してやるぜ~ッ」
お前さっき殺さないって言ったじゃん……。
クソ、遠距離ではまるで話にならないし、こうなったら少しずつ距離を詰めて、アイツがバリアを張れない距離を探らないと。
……
…………
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