vs 図書館で『男性器を生やす魔法』の本を借りた女 1


 ──風菜。

 フウナ・ウィンド。

 その少女は、この俺、アポロ・キィにとって。

 何の例えも見つからないくらい、他とは一線を画す程に特別な存在であった。



 彼女は世界有数の魔法教育機関である東京都魔法学園に在籍しており、いまや世界中の誰もが知る『市民のヒーロー部』の一員でもある、風魔法のエキスパートだ。

 以前までは影の薄い日陰の存在だった彼女だが、もはや現在はあの時とは比べ物にならない程に、周囲の人間たちから実力とその人間性を認められた大物になっている。

 悪の組織との戦いを通じて身も心も大きく成長し、ヒーロー部に相応しい高潔な精神とそれを貫けるだけの高い実力を持った、立派な戦士となったのだ。


 しかし、そんなことは関係ない。

 世界を救おうが、皆から尊敬される英雄になろうが、まるで何も関係ない。

 俺が風菜を特別視する、その理由はたった一つだ。


 彼女が、この世で初めて、明確に恋愛的な意味での『好意』を示してくれた人間だから──である。



「コクさん。……いえ、キィ君。何でもあたしに話してください」

 

 だからこそ、風菜が目の前にいるこの少女おれを、コクではなくアポロとして扱ったことが、何よりもショックだった。


「悩みがあるんですよね? 任せてください、あたしもヒーロー部の一員なんですから、必ず力になれるはずです」


 俺はセクハラをしようと、勇気を出して彼女の手を握った。

 その結果がコレだ。

 突然手を握られたことで妙な雰囲気を感じ取った風菜が、俺を連れて屋上まで移動し、鉄柵に腰を下ろして語り掛けてきた。

 こちらの予想をはるかに超えて、風菜は大人に成長していたのだ。


 手を握られても照れなかった。

 純真無垢にこの黒髪の少女を『コク』だと信じていたわけでもなかった。

 俺を──アポロ・キィを、未だにペンダントの力に溺れている哀れな人間として捉えている。

 救うべき人間だと認識している。

 コクを慕うあの振る舞いは全て演技、だったんだ。

 俺を気遣っての行動だったのだ。


「風菜……どうして」

「ふふ。分かりますよ、それくらい」


 俺の質問に、彼女は微笑を浮かべながら応対する。

 以前とは違って、その姿はとても大人びて見えた。


「そりゃまあ、音無ちゃんから話を聞いた時は……ハッキリ言って、ショックでした。コクっていう女の子なんか存在しなくて、全てキィ君の演技だったんだって聞いた時は」

「っ……。その、私──」

「謝る必要なんてありませんよ」


 風菜は既に俺の手を放している。

 自分を騙していた女男の手など握っていたくもないのだろう。


「衣月さんを守るために、仕方なくやっていた事なんですから。……勝手に、コクさんを好きになったあたしが悪いんです」


 これまでは自分の感情をひた隠しにしていたにも拘らず、今の風菜はあっさりと告白まがいのセリフを淡々と呟いていく。

 見て分かる通り、もう俺の知っている風菜ではない。

 片想い。

 失恋。

 そして世界を救ったという経験と実績が、彼女の精神年齢を底上げしてしまったのだ。

 風菜はもう、子供ではない。


「と、とにかく、あたしの事なんて今はどうでもいいでしょ。キィ君の方がもっと大変な状況にあるんですから。遠慮せず何でもあたしに話してください、ねっ」


 その現実を。

 余裕を持った彼女の姿を前にして、俺は。



 どうしようもなく──憤りを感じていた。



 は。

 ほーん。

 はぁ。

 なるほど。


 ……いや、これはちょっと受け入れ難いな。

 風魔法の練習にかこつけて手のひらをプニプニしてきたり、鼻息荒くして後ろから腰を密着してくるようなセクハラ女が、いまは高潔なヒーローですか。

 

 いや、もちろん良いヤツなのは知ってるけども、あの風菜に場の主導権を奪われるほど、俺の美少女ごっこって浅いものだったのか。

 浅いモンだったかもしれないけども。

 でも単純に悔しくない?

 これまで世界を股にかけて行ってきた美少女ムーブの成れの果てが、このセクハラ女に諭されるエンドなの、普通に納得いかなくない?


 彼女の成長は喜ばしいことなのだろうけど、それはそれとして悔しい。

 美少女ごっこはそろそろ辞めようとか考えていたわけだが気が変わった。

 少なくともこの少女に『ペンダントを手放せない可哀想な人』という認識をされたまま終わりたくはない。

 ……いや、実際に俺が可哀想なヤツなのかどうかは一旦置いといて、風菜からそう思われてるままコクを終わらせてしまっては、これまで築き上げてきた『コク』という存在があまりにも不憫だ。


 それに、たとえ俺がアホで馬鹿でクズで美少女ごっこを辞められない悲しい変態なのだとしても、それはそれとしてコクを本気で好きになってくれた風菜に『コクの正体はこんな情けないヤツでした』と思って欲しくない。

 彼女の中にあるコクを、何としても魅力的な謎の少女のままにしたい。

 風菜が恋した存在を虚構という結論で片付けたくはないのだ。


 よし、久しぶりに本気を出そう。

 コクは存在するんだよ、風菜。


 ここからは俺の番だぜ、謎の美少女人格──ライドオン!

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