厄介ヒロイン vs 本編終了後主人公くん 1



「ハッ、まずい。コクと私が一緒になったら、キャラと喋り方が被っちゃう」

「そんなにマズい事かな」

「だいじょうぶ安心してアポロ。そっちはいつも通りのコクで良いよ。私が語尾でキャラ付けするから」

「あ、はい……」






「遅いな、ポッキー……」


 彼が購買へと出かけてから、もう余裕で一時間以上が経過している。

 まさかそれだけの長時間お土産を悩むなんて事はないだろうし、もしかしたらトラブルがあったのかもしれない。

 そろそろ消灯時間も迫っている事もあって、焦りから脂汗が額に滲む。


「あれ。おいファイア、もう少しで先生の見回り来ちゃうぞ?」

「ごめん、すぐキィのヤツとっ捕まえて戻ってくるから。先生が来たらトイレ行ってるとかで誤魔化しといて」

「うぃー」


 クラスメイトに諸々を任せつつ、僕は浴衣の紐を改めて強く締め直し、小走りで部屋を出て行った。


 ……アポロは大丈夫だろうか。

 旅館内では教員が複数名定期的に巡回しているため、彼らに見つかればアポロも自室へ戻れと指示されるはずだ。

 それなのに一時間以上も戻ってこないという事は、彼の意思で戻ろうとしていないか、もしくは物理的に戻れない状況にあるか、の二択に絞られることになる。

 前者なら消灯時間に負けて帰ってくる可能性もあるが、もし後者だった場合は今すぐ手助けに向かわなければいけない。

 何かがあってからでは遅いのだ。


 どこだ、無事なのかアポロ──


「レッカ、レッカ」


 嫌な予感が脳裏をよぎったその瞬間、横にある職員用の狭い通路の方から、僕の名前を誰かに呼ばれた。

 何事かと思ってそちらを振り向くと。


「……コク。……はぁぁ、よかった」

「いいから早くこっち来て」


 そこには周囲をキョロキョロと見まわしながら僕を手招きする、見慣れた黒髪の少女の姿があった。

 本当に良かった、一安心だ。

 アポロと肉体を共有しているコクがここにいるという事は、つまり彼もいま目の前にいるということ。

 想像していたような酷い展開には巻き込まれていなかったようだ。

 コクは浴衣ではなくいつもの制服のような恰好になっているため、おそらくは彼女がコンビニに行くとでも言いだして、それに付き合わされていただけだったのだろう。


 手招きされるまま、薄暗い通路へと入っていく。

 ──するとコクの後ろに誰かの気配を感じた。


「コク? 後ろに誰かいるのかい?」

「あ、うん。ごめん少しアポロの両親と電話してくるから、この子と一緒にここにいて」

「えっ。ちょ、ちょっと」

「消灯時間になっても戻らないでね。それじゃ」


 あれこれ一方的に言い残して、コクはスマホを耳に当てながら通路の奥へと姿を消していった。

 そして、この場に残されたのは全くもって状況が飲み込めない僕と、コクによく似た別の誰かだけ。

 困ってしまった。


「あの、名前を聞いても?」


 僕がそう声を掛けると、薄暗くて顔が良く見えなかった彼女は一歩近づいて、僕を見上げながら口を開いた。



「どうも初めまして! マユぽよっ☆」



 ……どうしよう、これ。

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