ポッキー死す
──おっと、いきなり視界が真っ赤だぞ。
「紀依。……紀依お願い、返事をして……っ」
どうやら俺は仰向けの体勢で寝転がっているようで、その傍らには一人の少女がいる。
声からして恐らく衣月だ。
ぼやけていてよく見えないが、彼女が俺の顔を覗き込んでいるであろう事は分かった。
「コオリは氷魔法で傷口を塞げ! ヒカリは私と一緒に彼へ魔力の供給を──オトナシ! 二階からAEDを持ってきてくれ!」
近くでライ会長の鋭い指示の声が響いている。
ほとんど機能していない視覚に反して聴覚は正常であるらしく、周囲の慌ただしい雰囲気が音を通してハッキリと伝わって来た。
……はて。
何だろう、この状況は。
俺自身が仰向けに倒れているという、それ以上の情報が何もつかめない。
恐らくは後頭部を強打してしまったのか、頭の中で記憶がグルグルしている。
これじゃ何もできない。
混濁する意識の中で、俺は今この瞬間までにいったい何をしてきたのか、回想するような感じで思い出していくことにしたのであった。
ぽわんぽわんぽわわ~ん。
……
…………
夢の中でもう一人の自分に鼓舞されたその日の早朝のこと。
さてペンダントの修理に取り掛かろうと思いながら顔を洗っていると、突然隠れ家付近の上空にジェット機が襲来した。
そんなご大層な乗り物でお迎えに来てくれるなんて聞いていなかった俺は慌てふためいていたのだが、直後にヒーロー部の皆も焦った様子で隠れ家から出てきた。
どうやら彼女たちにとってもこれは予想外の出来事だったらしい。
そんな動揺する俺たちの前で、ジェット機から姿を現したのは、赤色の短髪が特徴的な若い男性だった。
長身に合うスーツをビシッと着こなすその青年はレッカによく似ていて、その既視感に答えるかのように彼は俺たちに自己紹介を行った。
グレン・ファイア。
彼の名乗った名前に俺たちはざわついた。
その名前から察せられた通り、俺たちの前に現れた青年は、我らがヒーロー部のエースであるレッカ・ファイアの肉親であったようだ。
三歳年上の兄がいる──というのは以前レッカ本人から聞いていたが、直接会うのは初めてだった。
あまり自分の家族のことは話したがらないレッカが唯一詳しく教えてくれた人物でもある。
レッカの家はかつて世界を救った勇者の血を引く一族で、中でもファイア家は特に血筋が薄く、魔法の力にも乏しいという事で他の一族から敬遠され侮蔑の眼差しを向けられていたらしい。
父も母もそんな状況の影響で実力主義な考え方が強くなっていって、そんな環境下で育っていった結果誕生してしまったのが、まるで中世の貴族かの様に高慢な振る舞いをするようになった兄なんだ、と。
確かこんな感じだった気がする。
平たく言えば性格の悪いお兄ちゃんってことだ。
親友から聞いた話を鵜呑みにするのであれば、レッカの家族はかなり偏った価値観をお持ちの方々という事になる──のだが。
俺たちの前に現れたレッカのお兄ちゃんことグレンは、何だかずっとばつの悪い顔をしていて、話に聞いたような高慢な態度を取る人物ではなかった。
それはレッカが嘘を言っていたわけではなく、どうやら彼が反省した結果だったようだ。
今まで落ちこぼれだと見下していた弟は世界を救った勇者になり、反して自分は何もできず洗脳されて魔王復活の手伝いをしていただけの
どうしようもないプライドの塊だった自分がいまさら都合よく手のひらを返して、弟に対して家族の様に振る舞うことはできない──ゆえにこうして陰からサポートすることにしたのだ、と。
良くも悪くもストイックな人物だ。
根底にある実力主義が変わっていないのは確かで、レッカを支える気になったのも、彼が世界を救ったという実績を手にしたからなのだろう。
逆に言えば、そういう特殊な考え方をする兄に認められるほど、レッカが成長したとも捉えられる。
ぶっちゃけレッカんちのお家事情など知った事ではないのだが、多少なりとも家族同士の確執が薄まったこと自体は良かったと思う。
ヒーロー部の旅でのレッカの頑張りも決して無駄ではなかったのだ。
よかったね親友。
で、肝心のグレンが自家用ジェット機を使ってまで俺たちの迎えに来たその理由は──言うまでもなくレッカのピンチだからだった。
ヒーロー部が計画していたアポロくん療養の帰宅旅や、俺のペンダントの修理も後回しにするほどの重大な出来事が起きている、とのことで。
まぁそうだよな、と思いながらヒーロー部全員で搭乗し、いざレッカの待つ魔法学園へ向けて出発。
俺の両親も船で日本に向かっていることを電話で知りつつ、少しだけ嫌な予感を覚えながら身構えていると、ほんの数時間で学園の上空まで到着してしまった。
結局俺がどこの国にいたのかは分からず終いだったが、そんなことを気にしている場合ではないと荷物をまとめ始めた──その時、緊急事態が発生した。
地上でレッカと戦っている何者かの能力『重力操作』によってジェット機が故障し、俺たちは帰国早々にして人生初のスカイダイビングを決行する事に。
災難な目に遭いながら、どうにかこうにか地上に無事到着して、ヒーロー部の面々はようやく事態の概要を知る事となったのだった。
群青──という少年がいた。
彼は悪の組織に拉致された人間の一人であり、かつて『純白』と呼ばれていた藤宮衣月と同じく、組織が世界を牛耳る為に必要な計画の駒だったらしい。
その群青くんが魔法学園の校庭に現れて、俺たちの目の前でレッカと戦っていたのだ。
純白だの群青だの、悪の組織のネーミングセンスって単調だよな。
あいつら国語辞典から名前決めてそうだ。
ちなみに漆黒はいないらしい。被ってなくてよかった……。
はいどうでもいい話終わり。
群青はいなくなった衣月の代わりに特殊な改造を受けさせられた実験体で、あの全世界洗脳装置の一部にされていた少年だ。
確かレッカがあの装置を破壊した後に、中から気絶した誰かを助けていたのは見ていたが、そのあとに警視監の男を追ったり巨大魔王が出てきたりとかした影響で彼に関心を向けることは終ぞなかったな。
それどころじゃなかったし、あんなやついたんだ、ってレベルだ。
グレンから聞いてようやく知った。
年端もいかない──というか衣月とほぼ同年代の少年である群青だが、彼は衣月の空いた穴を埋めるために必要以上の改造を組織に施されてしまったらしく、能力や魔法の強さが桁外れになっている。
そのせいでレッカも苦戦中だ。
正直めっちゃ強い。
組織が壊滅しリミッターも無くなって自由になった群青くんが求めたのは、自分と同じく悪の組織に幽閉されていた実験体である『純白』だった。
「自分の気持ちを理解できるのは同じ境遇だった純白だけ。
オレは純白と一緒に二人で生きていくんだ」というのが彼の目的だ。
そんな思いを胸に秘めながら彷徨っていた群青が、やっとの思いで見つけた純白は、見知らぬ男と仲良さげにお話をしていて。
純白を奪われた(そもそも彼の物でもないが)と勘違いしてキレ散らかした群青が
……うん。
なんつー勘違いの連鎖なんだろうね。
そもそも群青くんの命を救ったのは他でもないレッカだ。
気絶していて知らなかったとはいえ、まさか自分の命の恩人を殺しにかかっているとは思うまい。
戦闘中の興奮状態じゃその事実を伝えても信じないだろうな。
なにやら群青はレッカたちヒーロー部が倒した魔王の力の一部も無意識に吸収していたらしく、勇者の力に覚醒したあの時の力が使えない今のレッカでは少し厳しいところがある。
おまけに傍にいる衣月を守りながらの戦いで、なおかつ相手が怪人ではなく人間だから本気を出せないとなれば、防戦一方もやむなしだ。
そのため他のヒーロー部の力が必要になり、レッカのお兄ちゃんであるグレンは俺たちを連れ戻しにきた──といった感じで繋がってくるわけだな。
群青くんは確かに強い。
だが流石に全員揃ったヒーロー部の方には敵わない。
その実力差を肌で感じ取ったのか、群青は彼女たちが参戦する前に高濃度のエネルギービームを、レッカに向けて発射した。
彼はレッカのヒロインたちを見た途端に、短期決戦にしようと考えたのだろう。
衣月の守りの要である人物を倒せば、あとは本人を攫うだけでいい。
わざわざ真正面から全員と戦う必要はない──なんて。
そんな彼の短絡的な、焦りから来る行動は大きなミスを齎した。
あまりにも強すぎるビームは、あのレッカといえど衣月を守りながらでは簡単に防ぎきれるものではない。
その為レッカは巨大な炎の盾でギリギリ防ぎつつ、衣月を離れた場所に避難させようとした。
結果、群青は逃げていく衣月に気を取られて、自分が放っているビームのコントロールが疎かになってしまったのだ。
ビームの方向がズレて、レッカの炎の盾にぶつかっていたそれが、まるで光の屈折の様に反射して別方向へ飛んでいった。
そのビームの先には──衣月。
群青が咄嗟にエネルギーの放出を止めようと、既に発射されたビームは消えることなく、衣月に向かって飛んでいく。
炎の盾で視界が奪われているレッカでは間に合わない。
彼女を助けられるのは、つい先ほど現場に到着したばかりのヒーロー部しかいない。
だがこの状況は俺たちがスカイダイビングで魔法学園に着地してから、たった数分間の出来事だ。
走って助けが間に合う位置にみんなはいない。
なんとか目で今の状況を理解するのがやっとな状態だ。
そういった複雑な状況が錯綜する中で、衣月の身の危険に対してほぼ反射的に、もはや本能とも言えるレベルで即座に反応が出来たのは、この俺をおいて他にはいなかった。
咄嗟に風魔法による突風で自分の体を勢いよく吹っ飛ばし、衣月を付近の砂場に突き飛ばした──その結果。
彼女を庇った俺の胸部を、細長いビームが貫通したのであった。
ちゃんと思い出せましたね?
はいでは現在に戻ります。
……
…………
「ぁ゛……がっ」
それでこの 瀕 死 の 状 態。
うわ、うわぁ。
ようやっと記憶が戻ったわ。思い……だした!
何かすげぇ急展開といきなり湧いて出てきた新キャラのおかげでこうなったんだった。
ひどい話だ。
真面目に泣きたくなってきた。
まさかヒーロー部のメンバーとのんびり旅をしながら帰るでもなく、ペンダントを修理して男に戻るわけでもなく、急に学園に向かってほんの数分で致命傷を負うとは。
即落ち二コマかな?
今朝コクに『いってらっしゃい』って壮大に送り出されたばっかりなんですけど。
あれ
アイツもう一人の俺とかじゃなくてただの死神じゃねぇか。
くっそ会わなきゃよかった……。
「紀依、紀依……っ」
あぁ衣月ちゃん肩揺らさないで。
頭グワングワンになってるから。
下手するとマジで一瞬にして意識飛ぶから。
「ぶ、部長、アポロ君の血が止まりません……っ」
「コオリ、狼狽えてしまっては元も子もない。とにかく氷魔法で傷口を塞いでくれ。きみの魔法なら凍傷させることなく止血できるはずだ」
「むっ、無理です……! これっ、下手したらアポロ君の血液も凍らせちゃうかも──」
ようやく理解できた。
これ俺がヒーロー部のみんなに応急処置してもらってんだ。
たぶん肺とかそこら辺を思いっきりぶち抜かれてるから、今ここでうまく応急処置しないと即死するって事なんだろうな。
フリーザに負けたベジータの気持ちが今になってようやく分かる。
ほとんど息ができない。
これめっちゃ苦しいわね。
例えるならず~っと首の根元を手で絞めつけられてる感覚だ。
「……ち、違うんだ純白。オレはきみを悲しませるつもりは」
「アンタは黙ってなさいッ!!」
なんかどんがらがっしゃーんって激しい音が聞こえてきた。
今のはカゼコの声だ。
恐らく戦意喪失した群青を彼女が風魔法でぶっ飛ばしたのだろう。南無。
「コオリさん落ち着いてください、わたくしもコントロールをお手伝いしますから……」
「ひ、ヒカリ……ぅ、うん、やってみる……」
熱い友情のやり取りをすぐ傍で感じる。ほんとアンタたち仲いいわね。
……さて、どうしたもんかな。
ぶっちゃけ俺に出来ることは何もない。
衣月を無事に庇えたのは何よりだが、おそらくこのままだと俺は死ぬ。
人間不思議なもので、こうして死にかけると意外にも冷静になってしまうらしい。
ドーパミンだかアドレナリンだかよく分からんが痛みはほとんどないし、視界こそぼやけてよく見えないものの意識自体はハッキリしている。
みんなの声が良く聞こえる。
「AED持ってきました! このままやらせてください!」
愛しの後輩こと音無の声だ。
どうやら忍者というのは緊急救命装置の取り扱いにも長けているらしい。
流石ニンジャである。にんにん。
「大丈夫ですからね先輩……絶対、ぜったい死なせたりなんかしませんから……っ」
感動だ。
お前は良い子に育ったなぁ、感慨深いよ。
「──そ、そうです! 魔法学園の第一校舎前の校庭! ……はい、はいっ、お願いします!」
風菜は救急車を呼んでくれたようだ。
そのあとすぐさま俺のもとへ駆け寄り、ヒカリやライ会長と同じく俺の手を握って、自らの魔力を俺に注ぎ始めた。
魔力は生命力の源とも言われていて、とりあえず外でぶっ倒れた人を見つけたら魔力供給をしてあげましょう──というのは授業で聞いたことがある。
大怪我を負った人間は魔力のほとんどを生命維持に使うため、体が弱れば魔力は減っていく一方だ。
魔法学園の生徒なら誰でもやれる救命方法であり、なおかつ効果的なものがこの魔力供給なのだろう。
「コクさん、しっかり……あたしが付いてますから……!」
そう言いながら俺の手を強く握る風菜。
……あ、なるほど。
この土壇場でコクの名前が出てくるあたり、やっぱり風菜は彼女への気持ちを諦めてはいなかったんだな。
確かにコクとしての振る舞いは男とは思えないくらいの演技だったし、本気にしてしまってもしょうがない。
あれは演技ではなく俺の中には本当に『コク』という少女がいるのだと、風菜はそう考えているのだろう。レッカと同じだ。
「先輩、先輩──ぃ、息してない……!」
音無が焦燥に駆られた声音で呟いた。
傷ついた内臓や傷口はたぶんコオリが何とか誤魔化してくれているのだろうが、それではどうにもならない程に肉体が弱っているのかもしれない。
情けないなポッキー。貧弱貧弱。
この際だから何度か人工呼吸をされていることは気にしないが、これも口づけだと判断するのであれば、俺のファーストキスは音無ということになる。なんかごめんね……。
単なる医療行為なのにこういう考え方になってしまうあたり、俺の脳内は大概お花畑なんだろう。
「……場所をあけて、音無」
「れ、レッカさん……?」
うおおおい! まさかレッカも人工呼吸すんの!?
……いやまぁ、コクの姿だし問題ないか。
そもそも医療行為だしな、うん。
「僕の体内の炎を直接ポッキーの魔力と繋げる。勇者の力なら生命維持の効力も大きいはずだ」
え、それ大丈夫? 俺の体が燃えたりしない?
ちょっと怖いんだけど──あっ、意外とあったかい……。
温泉に浸かってる気分だ。ちょっと気持ちいい。
どうやらレッカの額と俺のおでこをくっつけてるようで、この態勢だと人工呼吸はできないものの、それよりも効力のありそうな応急処置になっているから大丈夫そうだ。
まぁ、そもそも俺がもう限界なんだけども。
「っ!? ポッキーッ!!」
「せっ、先輩、ダメです先輩……息をして……っ!」
ごめんなんだけど、身体が言う事をきかないんすよね。
呼吸したいところなんだけど、喉に何か詰まってる感覚がさっきからずっと続いてるんだわ。
こりゃダメかも分からんね。
「いやっ、死なないで、紀依──」
……おっと、遂に声も聞こえなくなっちゃったな。
いよいよ死ぬか。
てかこんな唐突に死ぬことある? と言いたいところだが、これまでいつ死んでもおかしくないような旅をしてたんだった。
世界中が洗脳されたり、四六時中命を狙われたり、よく考えたらめっちゃハードモードだったじゃん。
むしろ今までよく生き残れたと褒めてやりたいところだ。えらい!
潮時だとは思っていたんだ。
もし俺の所業のすべてを知っている人間がいたとして──もし、贖罪の機会が訪れたとして。
俺はどうやったらこれまでの罪を償えるんだろうって考えていた。
世界を救っても、男の体を捨てても、右目を失って命を狙われ続けても足りないのなら、あとは何をしたらいいんだろう、って。
……いや、そんなのもう死ぬしかなくね?
払えるモン払いきったんだから最後は命でしょ。
ずっと前から考えていた。
また美少女ごっこを続けたりとか、修学旅行に行きたいだなんて考えが甘すぎた。
結局れっちゃんと衣月にもう一度謝る事は出来なかったが、因果応報と考えればしょうがない。
すべての罪が罰となって返って来たんだ。
最後に一言も遺言を発せず、両親とも会えなかったのなら罰としては上等だろう。
誰かを守って死ねたのなら俺の人生にも意味はあったと思う。
まあデスノート使ったら天国にも地獄にも行けないらしいし、いろんな人たちに迷惑かけ続けてきた俺も、きっと良いところへは向かわないんだろうな。
願わくばなるべく異世界転生はしないでこのまま死ねますように。
◆
「……アポロ、戻ってくるの早すぎない?」
「ごめんて」
気が付けば、なんだか見覚えのあるボロい家の中で。
俺は再び──コクと向かい合って座っていた。
彼女からすれば一日経たずに俺が戻って来たはずなので、たぶん呆れてる。
「……コク。もしかして俺、これから異世界転生する?」
「いやしないと思うけど……」
見覚えのある不思議な夢空間に来たことで、たぶん自分が死んでいないんだろうなという事を察しつつ、俺は目の前にあったお茶を手に取るのであった。
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